陰に潜む暗殺者(2)
「カマルが…盗賊…?」
傍付から信じがたい真実を突き付けられたジャリル。テルは嘘を付かない奴なのでこれも真の話らしいが。
「ふっ……あいつが盗賊!? 戯けたことをいうのもいい加減にしろ」
「少なくともあなた様よりは真面目に言っていますよ」
「そうだろうな」
彼女は全く信じていなかった。それどころか大げさに笑ってベッドの横に掛けられている剣を握り、テルに切っ先を向ける。人一人容易く殺した相手だ。簡単に話ができるものではない。
「何を根拠に貴様は言っている」
ジャリルは低い声音で問いかける。一つ動けば刃が貫くかもしれないという位置に剣があるのだが、テルは微動だにしないで答える。
「目ですよ」
「目?」
そうです。とテルは頷いて続ける。
「あの者の目は人目を避けている。自己を高く評価しない、あわよくば消えてしまいたいという。妙だと思いません?商品を売るのが本業でコミュニケーションも必要になる商人がそのようなことでは仕事になりません。あのような目をするのは過去に罪を犯している証」
彼は恐らくこの国で盗みやら殺人やらをしているのでしょう。私が接触したのも全ては目的を果たすため。
「嘘だとお思いなら直接本人に聞いて確かめたらどうです?」
しかし聞けるのは刑が執行されてからですが。そう言ってほくそ笑む傍付もとい暗殺者は血塗れた剣を仕舞う。死人は口が訊けない。それが解っているから余裕を見せている。これまでのことを整理すると二人に騙されていたことになる。
目の前のテルは確実に敵。しかし、あの商人もそうだとは思えない。ジャリルは突き出していた剣を静かに仕舞うと、無言で部屋の外に向かって歩き出す。
「おや、どちらへ?」
「カマルを助けに地下牢へ行く」
「夜会はもうじき始まるのですよ」
「父様には悪いが遅れて出席すればいいのだ。もう貴様の言葉は聞かない」
そして真実かどうか確かめる。他人から聞くより自ら聞いた方が信じられる気がするから。まだ生きているなら本人の口から聞ける。そう思って廊下へ出ようとするジャリルの前をテルの白い手が遮った。
行く先を邪魔されたジャリルはテルの顔を見上げて睨む。
「何故邪魔をする。そこを退くのだ」
これは命令だというジャリルだが、テルは引こうとしなかった。ジャリルの肩を掴んでは勢いよく壁際へと押しやる。
「何をする!!」
「あなたは罪人を助けるという国民への裏切りをするのですか。王子という身分を利用して」
「……!」
裏切る、だと。私が国民を? 反論したいのにいざ口に出そうとすると何かが詰まっているのか言葉にすることができない。テルの瞳は黒いままなので魔法は使われていないのだと分かる。だとしたらなぜ声が出ない。出せない?
身動きのできなくなった王子の耳元に向かって囁く。
「いいですか。あなたは一国の王子です。万が一盗賊を助けるなどという行為をすれば瞬時にあなたも盗賊の仲間入りです。それは立派な裏切りにすぎません。国王を……国を敵に回すのですか?」
何を言っている。民を想う私が裏切るわけがないだろう。心の底から思っているのにどうしても言葉が紡げない。ならば、と右手を拳にテルを殴ってやろうかと動かそうとする。指で軽く壁を叩いて動くのを確認し、次いで手首を左右に動かして自由がきくことを確認する。それが解ればあとは殴りかかるだけだ。ジャリルは拳を握り、一思いに傍付に殴りかかろうとした。
が。
「なっ……動かない!?」
振り上げようとした右腕が微動だにしなかったのだ。腕だけではない。まるで何者かに意識以外のすべてを乗っ取られたかのように体も手首以外動くことができなくなっていた。
困惑するジャリルに「気づきましたか」とテルは嘆息を吐く。
「あなたが殴ろうとしているみたいなので、私の召喚獣が怒って阻止したみたいです。止めなさいと念じているのですが気が早いものでして」
気が付けばテルの陰に四足の獣の姿があった。低く嘶いてはジャリルの方を爛々とした双眸で見つめる。黄色と黒の縞模様が特徴の足はゆっくりした動作でジャリルの陰を踏み続けていた。獣は、主の指示を待っているのか、唾液を垂らして待機していた。
「王子も気をつけてください。この子は常にお腹が空いていますから」
テルの召喚獣。いつも彼の周りはジャリル以外の人がいないと不思議に思っていた。一人が好きなのだろうと勝手に考えていたのだが、違う。先程まであった死体が見当たらない。獣の口の周りには脅えるほどの血液が付いている。テルに協力し、無力、邪魔と判断されたものは皆、この獣に。想像すると背筋が震える。
一つ間違えれば餌食になる。残された道は数少ない。
「……私は、どうすればいい」
歪んだ表情で悔しそうに言うジャリルにテルは「簡単なことです」と言った。
「何もしなくて結構。ただ、時が過ぎるのを待っているだけでいいのですよ」