王子としての理由(2)
――女性でありながら、何故王子として生きる?
商人からの質問にジャリルは答えることが出来ずにいた。昔から王子でいることは当たり前なのでなんら違和感はなかったし、周りもそれが解っていて当然のように接してくれていた。
慣れてしまったのかもしれない。だから応えられるようなことにいつまでも足踏みをしてしまう。
「答えられないのか?」
「そんなことはない! 私はっ、王子としての…」
自覚がある。国を守る役目を忘れてはいない。答えはあるのに、ただ答えてはいけないような気がして、口を開いても声にすることはなかった。
待てども無言でいるジャリルにカマルは無理をしなくていいと言おうとしたところ。
「こんなところにおられたのですかジャリル王子」
聞いたことのない声に思わず警戒する。横目で確認すると、昼時の人ごみの中から一人、空気の異なる人物が現れた。この国ではありえない整えられた黄褐色の表情は微笑んでいる。高そうな衣装からして王族関係者の人間だろう。左耳に金のピアスを付けた男はまっすぐ此方へ近づいてはジャリルの前で立ち止まる。
何者だろうか。正体を問おうとしたカマルだったが、男を確かめたジャリルが「テル…」と見知っているのかとした様子で名前を呼んだ。男はカマルを確かめると礼儀正しくお辞儀をする。
「知り合いか?」
「王宮での私の傍付だ。いつも私がこうやって街に抜け出すたびに連れ戻される」
「抜け出すって、たまには大人しくしろよ…」
「そうですよ。特に本日は陛下の生誕祭です。王子としての役割も用意されているというのに」
「それは夜会で行われるだろ。時間までに戻ると前日からしっかり言ったはずだが」
「夜行うからこそ、今から片付けなければいけないものが沢山あるのですよ」
王位継承者である貴方様なら当たり前に熟す筈ですが。これでもかというくらい否応言わせない笑みを浮かるのを見て、ジャリルは「そ、そうだが…」と声量が小さくなっていく。
扱いに慣れているのか、テルと名乗った男は容赦ない淡々とした物言い。最初は強気だったジャリルも会話が進むごとに弱気になっていく。一瞬助けを求められるように少女は視線を送ってきた。だが、これ以上迷惑をかけられないと思ってなのか、謝罪の言葉を述べるだけで本当に黙ってしまった。傍付に戻るように促され、とぼとぼと頼りない足取りで去ろうとする背中に向かってカマルは名前を呼んだ。
「今答えられないなら別にいい。その気になったら俺の所に来い」
「待っていてくれるのか?」
「無理に聞いた俺にも責任があるからな」
「……すまない…必ず再び貴様の店を訪ねる」
それまでの間は迷惑をかけてしまうだろうが、致し方ない。ジャリルは他にも何か言いたげな様子で見つめていたが、結局何も言わずに王宮へと帰っていった。
「あまり、王子を惑わせないでください」
「別に惑わせたつもりはない」
「そうですか。ですが、貴方の言葉で元気を無くしておられました。もう一度このようなことがあれば、解っていますね?」
「……気を付ける」
一応の忠告を聞きいれたカマルに満足したのか、テルはもう一度深く礼をすると王子を追うように離れていった。
「……?」
気のせいだったか。ジャリルの元へ戻っていく傍付が一瞬不気味な笑みを見せた。目を凝らしてみるも、足早と去ってしまったのだろう。既に二人の姿は人ごみの中に消えていた。
カマルは暫しの間王子が去った方向を見つめ、三人分の食事代を払うと昼までの赤字を取り戻すために店に戻っていった。
◇
振り返れば気づいたのだが、少女は本気で現在の状況を打破したかったのだと思う。己の中にある迷いを断ち切るために。成すべきことを果たす力と知識を得るために。
そう気づいた時には、俺の周りを黒装束が囲んでいた。有無を言わさず取り押さえられ、口元を香りのする布で覆われる。素地から漂ってきた香りを嗅いだとき、眠気が襲っては気を失った。




