囁かれるもの
◇
バザーで商人がジャリルに対するわいせつ容疑がかけられていた頃。
王宮では王子の姿が無いと女中たちが騒いでいた。もしや何者かに連れ去られてしまったのかと大げさに事を荒げている。宮内ではジャリルの所業は誰しもが知っている。祝いの時だからこそ街に出たいという気持ちが抑えきれなかったのだろうと思うのだが、つい先日雇われたばかりの女中は、そんなことはつい知らず、落ち着きを見せることはできずにいた。
近頃、王の暗殺計画が企てられているという噂がそこかしこに広まっている。ジャリル王子ももしかしたらと思っているのかもしれない。
「早くこのことを陛下にお知らせしないと…」
「心配しなくとも、あの方は戻ってきますよ」
祝いの日に王位継承者がいなくなったと報告しようと決意した女中たちの前に、落ち着いた様子の男が現れた。
「テルさま!」
「またジャリル王子がいなくなったのですか?」
「ああ、ご存知でしたか」
「いつもの事です。まったく、こういうときは落ち着いて役割をこなしてほしいものです」
「何者かに攫われたりとかはないですよね!?」
「貴方は王子がそこらの男よりも強いということを知っているでしょう。大丈夫ですよ」
大げさに言う女中にテルと呼ばれた男は優しげな眼差しを向けた。ジャリルの傍付である彼はこれまでに何度も主のやってきたことを見てきた。王宮を抜け出すなど日常茶飯事で、テルはその度に連れまわされたり、大事ないかと落ち着くことのない気分に駆られる。二人の事はテルが傍付となった二年前からなので、同じ宮内で働くもののほとんどは慣れている。いつも近くに居たからこそ分かるあの方の行動。
「私が探してきますよ。どうせまた王宮の外にでも抜け出しているでしょうから」
「お願いしてもいいのでしょうか」
「これくらい慣れているので平気です。さ、貴方たちも仕事があるのでしょう。怒られないうちに戻ってください」
そう言って女中たちを落ち着かせ、元の仕事に戻るように仕向けた。テル自身は、自分が他のことで手が回らなくなっている間に消えてしまった王子を探しに行こうと街へ続いている門へと向かって歩き出した。
先ほどは国王の誕生祭くらいは落ち着いてほしいと女中たちに向けて発したが、むしろいない方が気が楽だ。己の計画にも支障が出なくて済む。祝いの日だからこそ浮かれることもある。ジャリル王子はそういう面で利用しやすいのだ。
「さて、私も準備に取り掛かるとするか」
誰もいない場所でぼそりと呟き、口の両端を上げる。祭りが終わりを迎えるのは明後日の夜。それまでにこの国で成すこと全て片付けるとしよう。邪魔さえ入らなければすぐに終わる仕事だ。愚かな王子が気づくのも時間の問題。
「もし邪魔するようなことがあれば……」
どこからか獣が唸る声がする。建物の陰に隠れているのか姿は見えない。テルは正体が解ってなのか、静かにするように宥めた。唸り声はしばらく鳴りやむことはなかったが、テルの言葉を聴くように大人しくなった。
「絶対に成功させるんだよ。王を殺せば、あの方は喜んでくださるからね」
黒い瞳が金色に光る。そう、自分にはこの力がある。万が一失敗しかけたとしても、王子の力をも利用すればいいだけの話だ。目的を達成できればあの方もきっと解ってくれるはず。
謎の余裕を見せる男は、現在仕えている主人を迎えに静かに王宮を出た。
◇