バザー騒動(3)
「断る」
人間、余程のことが無い限りはお願い事を聞いてやるのが道理だという。困っている人を助けてあげることがこれに似ていると思う。
しかし、それはあくまで知り合いだった場合である。見知らぬ人の頼みが簡単に聞き入れられると思ったら間違いだ。そのため、カマルは初対面の王子の命令に近いお願いをあっさりと断ったのだが、本人は納得していないようだ。
「何故だ。私を外に連れ出すだけだぞ?」
「ついさっき会ったばかりの奴の言うことをやすやすと聞き入れると思っているのか。大体、なんで俺なんだよ」
「決まっているだろう。貴様のことが気に入ったからだ!」
堂々と言い張るが、内容は呆れたものだった。返答を聴いたカマルは体のバランスが崩れた気がした。理由にもなっていない言い方だ。気に入った、それだけの理由だけで連れて行けと言ってくるのはどうかしている。いやまて。他にも何か訳があるのではないか。そう思い立ち、カマルはもう一度聞く。
「他にもあるんだろう、理由」
「そうだな。貴様が先ほどの男の持っている短剣が偽物だと見抜いたところか」
怒っている相手がすることなど予想が付かない。刃物を取り出せば力の無い者はすぐに逃げ出す。大してカマルは動じず、いとも簡単に偽物と見抜いた。それだけではない。少女が襲われようとする中、男を止めに入ったのはカマルとジャリルの二人だけだった。
「人は関係の無いことには関わりたくないらしいが、貴様は違った。気が立っている相手に向かって者が言えるのは只者ではないと感じた。だから私を外に連れていってくれ!」
「……理由にもなっていない。駄目だ」
カマルはそういうと、売り場所を変えるため荷物をまとめる。場所を変え、新たに商売をしなおすしかない。
「じゃあな、ジャリル王子」
名前くらい呼んでやればいいだろうと軽い気持ちで別れを告げる。あとのことは髭の男に任せればいい。しかしジャリルは諦めるどころか怒ったように追いかけてはうなじ部分を掴んで引き留めた。
「連れて行ってくれと頼んでいるのだぞ?」
「いきなり掴むな! バランスが…」
崩れてしまう。そう言おうとしたのも空しく、掴んだ本人に向かって体が傾く。更にカマルが振り返り文句を言おうとしたため、結果、二人は覆いかぶさるような体制になってしまった。まとめた荷物が商品もろともその場に散らばる。
「まったく…おい、大丈夫か?」
「う……うむ」
カマルの呼びかけにジャリルは大事ないと応じる。マントの中に潜んでいたのか、小さな狐が王子を心配するように寄り添っている。カマルは上に重なるように倒れたので怪我をせずに済んだのだが、相手も無事だったみたいだ。
立ち上がろうとしてカマルは地面を支えにしようとした。が、何か柔らかな感触が掌の中にある。不思議に思って二度三度触ってみる。男ならば誰もが羨むであろうその感触。触り心地のいいものの正体がわかった途端に動きがピタッと止まった。
「……っ!?」
「どうしたのだ?」
相手の様子がおかしい。なにかあったのだろうかと考えていると、ジャリルは商人が自分を見て驚いているらしい。視線の先に移すと、何故固まっているのか原因を突き止められたものの、今度は自分が赤面することになった。
互いに動かなくなる二人。その光景を見てざわめく周囲。近くで目撃していた髭の男もカマルを羨む目つきで「カマルよ……」と嘆いていた。
先に反応したのはカマル。いつまでも掴んでいては失礼だと感じ、すぐに手を放してジャリルから離れる。慌てたように両手を素早く振った。
「いや、あれだ……別に故意にやったわけではないんだ」
「ほう、故意にではないと」
無論、気になる点は別にあるのだが、今はそんなことより弁明と謝罪が必要だと判断した。反面、ジャリルは静かに立ち上がり、腰に携えている刀二振りに手を当てる。瞳の奥が光った気がした。
身の危険を感じたカマルは距離を取るよう後ずさる。今まで同性だと思っていた彼――否、彼女はにこやかに笑っては刀を振り上げた。
「卑劣なことをすることが故意でなくなんだというのだ!」
「ちょっと待て! 第一お前が女だと分からなかったんだよ!」
「男は欲望に見舞われた生き物だということも承知している!」
「だから違うって言っているだろっ、得物を仕舞え!」
最早聞く耳持たずの相手に何を言っても効果はない。殺されないようにカマルは説得を試みた結果、斬られはしなかったものの、拳で殴られる始末となってしまった。