王女奮闘記
商人たちが水を買い求めようと宿舎を出たばかりの頃。王女はというとバザールにて仕事を探していた。
「カマルはもう優しく商売をした方がいいと思うんだが」
これまでもカマルのやり方を横で見ていたが、やり方が横暴すぎると思った。まず店に来た客にお薦めの品はどれかと聞かれると一番高そうなものを進め、一切の値切り交渉は受け付けていなかった。他にも、金儲けのために売りつけてきた輩にはきっちり品定めをして格安の値段で買い取るなどをしていた。交渉成立すればそれでいいと本人は言うが、どうにも納得できなかった。商人なら商人らしく、決められた値段で売ることが出来ないのか。またレイリーが病気の母親がいる子供に薬を分けてやろうとすると、「もったいないことをするな」と咎められた。
「困っている者には持っている者が分け与えることが大切ではないか」
不機嫌そうに文句を言うと曰く、金のある奴にしか売らないということだった。王宮暮らしが長かった自分には必要性がどれほどなものか分からなかったので、子どもには後でこっそり薬を持って行ってあげたことがある。戻ってきたときに商品を無断で分けたことがバレて、きっちりと怒られてしまったが。密かに隠し持っていた音響結晶ももう一度あの綺麗な音を聴こうと取り出した時にたまたま見ていた商人に見つかって取り上げられた。あれ以来、木箱に入っている商品には触らせてもらっていない。
ならば、店を手伝わせてもらえないなら、自分から仕事を見つければいいのではないかと考えた。体調不良で倒れた少女のこともあり、思い立ったらなんとやら。今朝早くに寝起きの商人たちにそのことを伝え、街に出て荒稼ぎ。頃合いまで金が溜まったら薬と水を買って得意気な顔で宿に戻り、彼らを圧倒させてやるつもりだった。
「……しかし、仕事というのは難しいものだな」
丁度宿を出た場所に果物売りの女性がいたので「仕事を探している」と伝えたところ、街の中心部にある役所に求人募集の看板が立てられていると教えてくれた。貰った情報を頼りにその場所へ向かうと、確かに看板の至る所に貼紙があった。あのいかにも怪しげな青年にも商人が務まっているのだ。自分に出来ないはずがないとはりきって貼紙に書いてある場所へ仕事を貰いに行ったのだが。
最初に働いた店ではというと。
「なにやってるんだ嬢ちゃん!」
「これを言われた場所に運べばよいのだろう?」
「それはこれから売りさばく奴だ。勝手に持って行くな――!!」
次の居酒屋でも。
「君、これをあちらのお客様へ運んでもらえるかい」
「美味しそうだな! では一つ味見を……」
「つまみ食いするなら出てってほしいね!」
さらに薬屋においてはレイリーの噂が届いていたのか、仕事を貰う前に「お断り」をされてしまった。旅に出てからというもの、仕事をしたことがない自分にとっては教えてもらうのが筋だが、どこにいっても思うように役に立つことが出来なかった。身分を明かせばそれなりに対応してもらえるだろうかと考えたが、甘えてしまう分、親の権力を利用してしまいそうな気がして嫌だった。今や故郷の地下牢に閉じ込められているであろう元従者がこのことを知ったら絶対に皮肉を言われる。
「働くというのは意外と難しいものだな」
単に経験が少ないこともあるが、それにしても悔しい。自分だって役に立てるというのを証明したかったのにこれでは自慢することもおろか、馬鹿にされるのが目に見える。
「せめて水を手に入れることが出来れば、ディマも元気になるだろうに」
ここまで執拗に金を稼ぎたい思いがあるのはディマのためでもあった。水魔法を使う少女の魔力が極限まで無くなり倒れたのを目にした。故郷でも度々の水不足や飢餓に陥って床に臥せた国民を見たことがある。その時はレイリーの助けたいという思いから父王を説得した結果、年一杯凌げるぎりぎりまで削り、飢えで助けを求める国民たちに給仕することに成功した。自分も食べることを我慢して奔走したので飢餓を乗り切った時には安心したのか数日寝込んでしまった。
あの時は飢えを凌げたのだが、今回は目的が違う。ディマの魔力を回復させることを最優先にしなければ。しかしこれ以上受け入れてくれる職場はあるのだろうか。先程までの経緯を思い返すと不安になる。
「やっぱり、大人しく宿で待っていた方がよかったのか……ん?」
深いため息とともに肩を落としていると、隣の通路から客寄せの声が聞こえてきた。意気揚揚に張り上げているその声は周りより煩いくらいで家一軒はさんでも性別が女性と分かるくらいに聴こえていた。
「何かやっているのか?」
気になったので隣に続く通路を通って行ってみると、抜けた先で三十路を超えたばかりだと思われる女性が木箱の上で何か叫んでいた。
「水を買い求めようとするそこな通るお客さーん! とっておきの入手法があるからちょっと寄っておいでよー」
通り過ぎる人を止めては水の手に入れ方を進めているようだ。声をかけられた人はうっとうしそうに手を振り払うと何処かへ行ってしまった。それでも負けじと次々に声掛けを行うも失敗している様子を見ていると、今度は「そこのお嬢さん!」と言われたので自身に指差した。
「私の事か?」
「そうだよ。お嬢さん、お水欲しくないかい?」
水ならそこらで売っていると思ったのだが、そういえば宿からここに来るまでの間、どこにもそれらしい店が無かった。個人で水売りをしているのかと仕事を探している間に他を当たってみたのだが、あまり売ることが出来ないと言われた。
水を求めていたのは確かなので、その通りだと頷くと、女性はにやりと笑った。
「良い情報があるよ。なんと、一口飲めば元気になる宝石の水があるらしいのさ!」
「一口飲めば?」
「そうさ、一口飲めばさ!」
「……それは魔力も回復するか?」
「魔力も何も、飲めば誰だって元気になるのさ!」
女性はどうだ、とレイリーの視線に合わせて見つめてくる。宝石の水というのは、どうやら何にでも効くらしい。本当だったらそれさえあればディマを元気にさせられるし、なにより余った分は商品として持ち帰ることが出来る。
(これはいい情報を手に入れたぞ!!)
レイリーは早速宝石の水の話を聞くために女性と話をすることにした。




