砂海の港のフードファイター
その晩は刺身に焼き魚に煮魚と揚げ魚、食べきれないほどの砂魚に囲まれて過ごすことになった。街は危機から脱し、英雄達をもてなすのに便乗してお祭り騒ぎ。人々の談笑が絶えることはない。度数の高い酒も家畜を振る舞うのも今日だからこそ出来ることだった。普段なら外に出るのも嫌になるほどの冷たい夜風は興奮の熱を程よく醒ましてくれる。踊り子のステップはその夜風を操るようで、砂の水面に立ち上る魔力の光の飛沫が身に着けている宝石に反射してきらびやかだ。
「楽しんでいるか? 」
カマルの後頭部を突いたのはサフィアの持っているジョッキの底だった。今まで何を思うでもなく祭りの輪の外側で自分が手に持つ煙管の煙を眺めていただけに少しばかり驚いてしまい、慌てて相手に焦点を当てる。
「楽しんでいるさ。ただ、この祭りの雰囲気に少し酔ってしまっただけ……かな」
「無理はすんなよ」
サフィアは物思いに耽るカマルを見てため息をついた。良いものを飲み食いし、声をあげて笑い、音楽に合わせて身体を動かしているベドウィン達の間に高濃度の魔力が漂っているのは誰の目から見ても明らかだった。きっとその空気に当てられて気分が悪いのだろう。本来自分の中にあるはずの魔力に触れて弱ってしまうこの青年に心の底から心配するサフィア。記憶が飛び飛びになっているようでどこから説明したものかなと悩んでいた。
それにあの王女の目もある。自分を疑う目が。
「あ、あのな、カマル」
「どうした改まって」
いつもより星の少ない空へと吸い込まれていく煙は行き先に向かってゆらめき上っていく。ついついその動きを目で追ってしまい言葉に迷いが出た。
「いやその、魔法研究機関のこととこれからのことだが」
いつもの軽い口調が身を潜めており、カマルもサフィアが真剣なことに気付いた。黙って頷き話の続きを促す。
「お前が魔法を使えないことについては俺のせいでもある」
「……!」
突然の告白にカマルは息を飲んだ。サフィアは胸に手を当てて目を閉じる。
「昨日出会ったうちに伝えておきたかった」
ゆっくりと開かれた瞳は輝くエメラルドグリーンだった。白人のコーカソイドが持っているはずのない魔法の兆候にカマルはうろたえる。どうして、なんでと疑問ばかりが浮かんできたが口に出る前に説明が先へと進んだ。
魔法研究機関コーカソイド。白人が魔法を使えるように砂漠の民の力を研究する機関。その研究は白人が魔力を作り出す結果にはならなかったが、他の方法で魔法を行使することができるようになっていた。それは砂漠の民ベドウィンから魔力を奪って自分の中の資源とすることだった。
「俺はこの兵器ともなりうる力のために犠牲になっていくお前達を見ていられなかった。そのうめき声や叫び声から逃げたかった。魔法研究機関のやっていることは自分たちが繁栄するためだけに行った自分勝手なものだと気づいていた。それなのに、俺は……」
そこで言葉に詰まり、ジョッキを仰ぐ。カマルは昨日意識を失う前に見たことをぼんやりと思い出していた。
「お前も機関の一員。ならば俺の持っていた魔力を盗んで使っていた、ということか? 」
説明の内容から点と点を線で結び、正解を導き出す。それではこの目の前にいる男は自らが否定している機関と同じことをしたことになる。
「そうだ。逃げ出すためとはいえ俺はお前を利用していたんだ」
魔力を盗んで魔法を使い障害を吹き飛ばす。意識のないカマルを連れて外へ逃げ出す。想像しただけでも気の遠くなるような労力が必要だったはずだ。少なくとも自分にはできないことだと思った。
煙管を逆さに向け火の消えた灰を落とす。
「構わない。今日だってお前が手伝ってくれなければ今頃胃の中で消化されるのを待つだけだっただろうし」
思ったより随分と簡単に許しを得ることができ、サフィアは嬉しさから笑みをこぼした。
「ありがとう」
あとはあのお転婆王女に誤解を解いてもらわないとと呟くサフィアにカマルがどういうことだと聞く。
朝食の席で呼び出され、お前がカマルから体温を奪ったんだろう、ならば私が許さないと凄まじい剣幕で怒鳴られたと面白おかしく説明すればカマルも吹き出した。
「呼び出されたと思ったらそんなことを言われていたのか」
「いやいやほんとすごかったんだから。彼女の怒鳴り声なら虎だって逃げ出すね。静かになってもらうのに苦労したんだって」
当の本人は踊り子たちの中で動きを教えてもらっているところだった。長い髪が揺れればそれに赤い魔力の光がついていく。ベドウィンの王女としての恥ずかしくない気品が珍しく表に出ていた。きっと本人にそれを伝えれば頭上に光る星の仲間入りをすることになると思うが。
「彼女、世界を見たいんだって? 」
曖昧で世間一般から見れば不要そうな彼女の夢。しかしひとつずつ世界を知り、こうやって楽しそうにしているのを見れば、そんな夢もあながち悪くないような気がしてくる。使った分の音響結晶も信じられないほどの高値で売れた。財布の重さに憂う日もしばらくは来ないだろう。
「生まれて初めて生きてることを実感したと思う」
かすかに空気を揺らした声は祭りの騒ぎの中に溶け込んでいってしまった。それでも満足そうに瞼を閉じればサフィアがその身体を受け止める。一日中働いてすっかり疲れてしまったのだろう。二人はディマが寝て待つ宿へと歩き出した。
朝、目を覚まして話を聞けば、レイリーが四人で旅をすると決定していた。昨日の今日で何があったのかと聞いても本人は何も答えてくれない上にサフィアもディマも断らない。カマルの意見は無視された。
「その分ちゃんと働いてくれよな」
そして開いた地図を広げ、次の街へのルートを相談することにした




