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Bi ssalama  作者: 篠梛琅&姫宮大豆
二話:砂海の港のフードファイター
17/26

砂魚と音響結晶

「……嫌いだ」

「私も大嫌いだ!」

「お前が思っているより嫌いだね」

 太陽の照りつける砂漠に影がゆらりとひとつ。

「お前なんか連れてくるんじゃなかった」

「もとはと言えば貴様のせいだろう!?」

 そしてそのあとを追い掛ける巨大な影がひとつ。


「つべこべ言っている場合ではない、逃げろおおおお!!!」




 2人が無事オアシスの街にたどり着いたのは日が暮れる直前だった。

「おい、カマル。生きてるか」

「生きてるよ。お前が余計なことをしたせいで死にかけたがな」

 事の始まりは砂漠を横断中、レイリーが荷台に積んでいた商品を整理していたことだった。ひとつ前の街で仕入れたのはどこへ行っても重宝される医薬品、旅人なら持ち歩きたい日持ちの優れた保存食、価値の分からない骨董品。そしてその街の名産とも呼ばれる「音響(おんきょう)結晶」だった。

「なんだこれは」

 物珍しいのか麻の袋に手を突っ込み、手のひらに乗せてみる。見た目はただのガラス片なのだが仄かに中心部分が光って見えた。摘んではしげしげと眺め、軽く転がしてみた。しかし特に変化はない。

「それはな、音響結晶といって力を加えて割ると中から音が出てくる。魔法アイテムの中では低級のものだが、なんとも言えない綺麗な音が出るらしいんだ」

 御者台からこちらを向いてカマルが質問に応えた。そのあと「人気だからこそ高く売ってもいいだろう」だとか「おもちゃに魔力を詰めるなんて勿体ない」だとかぶつぶつと呟いていたがレイリーは聞かないふりをした。それよりも先ほどの説明の方が気になる。

「音が出るのか」

 好奇心に目が輝いているのが見て取れる。レイリーの顔に割りたい割りたいと書いてあるような気がした。

「売り物だから割るなよ。興味本位で商品を使われたら困る」

 つまらなそうに言うカマルにレイリーが食ってかかる。

「では私が買う」

「一文無しがよく言う」

「王宮に帰ったら返してやろう」

「働けよ」

 短い言葉の切り返しにレイリーのイライラが溜まっていく。以前よりカマルの融通の利かなさを嘆いていたが、本当に改善される予感がしなかった。何度話し掛けても必要以上は話さない。1か月ほど前の事件では命をかけて助けてくれたのに、レイリーの「世界を見たい」という我が儘に付き合ってくれているというのに、それ以上馴れ合おうとしないのだ。

「ならば、次の街で働いて返す! そぉい!」

「おいちょっと待て」

 パキィン!

 カマルの制止を聞かずに短剣の柄を結晶に押し当て、力を入れて押しつぶした。小気味よい澄んだ音があたりに響く。

 そしてその音に引き寄せられたのか砂に大きな影が映し出された。だがカマルもレイリーも気付いている様子はない。

「おお、これはいい!」

 想像していたよりずっと綺麗な音だったので荷台が揺れるのも気にせずはしゃぐ王女。カマルはそんな彼女の我が儘に頭を抱えていた。

「カマル、もう一度やってみたい。いいか?」

 返事を聞く前に麻袋に手を突っ込んでいるあたり、これ以上は駄目だと答えてもきっと意味はないだろう。

「あと1回だけだぞ。それと、出来るだけ小さいのでやっ」

「やった!」

 勢いよく取り出したのはさっきとは比べ物にならないほど大きな結晶。そのまま床に置き短剣を振り上げる。

「人の話を聞けよ!」

「そぉーい!」

 カマルの目に映ったのは楽しそうなレイリーと爆音に釣られて襲いかかる巨大な砂魚の開いた口だった。


 そして己の力を振り絞りなんとか結界が張られている街まで全力疾走してきたのだった。




 街に到着してから数刻後。2人は荷台を宿に預けて近くの食堂へ到着していた。

「カ、カマル」

 壁にかけられたメニューを見ながらわなわなと身体を震わせるレイリーを見てカマルはため息をついた。

「安っぽくて悪かったな。王宮や城下町と違ってこういう街では物資が行き届いてないんだ」

「そうではない。どれもこれも美味しそうで想像しただけで腹が減ってくるのだ」

「ああ、そうですか」

 何度か行商で訪れているのと初めてでは知識量も変わってくる。カマルも視線をメニューに移すと指を差して説明しだした。

「まず値段。街が広いから食堂なんてのはどこにだってある。だがこのご時世だ。ぼったくろうとする奴がいてもおかしくはない」

 レイリーには分からなかったが、この食堂はどれもお手頃で、それでいてボリュームが少ないわけでもない。行きつけの店であれば店主と顔馴染みになれるのでサービスがついたりすることもある。だから知らない店に考えなしに入ってしまうことは極力避けるようにした方が良いのだ。

「しかしそれでは初めて来た街でどの店に入ればいいのか分からないではないか」

 至極当然の質問を投げてくる生徒に先生はそれでいいと頷いた。

「その時はその街の知り合いに聞く。仕事仲間や相手、信頼出来るなら宿主に聞いてもいい。もちろんそれも鵜呑みにはできないがな」

 わけが分からんぞと言われてもそれ以上説明のしようがない。経験と人脈がないと食べていけない世界なんだと教えるのには実際に見て体験しなければ意味がない。……だが。

「経験はともかく、貴様に人脈があったとは。なんというか」

 言葉が見つからないのかジロジロと不躾にカマルの顔を見つめる。

「なんというか、なんだよ」

「うむ、貴様は独りの方が好きそうな印象がある」

 小さく胸の中でくすぶる違和感を無理矢理吹き飛ばすようにレイリーは明るく言った。カマルはうるさいとばかりに手を振る。

「別に悪い意味で言ったのではない。それならそれでいいではないか」

 深入りすることをやめたのか再度メニューに視線を戻した彼女に、カマルもうっかり漏らしそうになった言葉をしまう。しばらくして頼んだのは砂魚の塩焼きだった。


「カマル、改めて言おう。旅に出て良かったと」

 世界で一番幸せな笑顔と言ってもいいかもしれない。運ばれてきた皿の上にはホクホクと身のたっぷりつまった砂魚が乗っていた。粗塩と香辛料が食欲をそそる匂いを届けてくれる上に、無駄に脂っぽくなく胃に優しそうだ。自分達を食べようとした砂魚を自分達が食べることになることになり、復讐心も満たされる。雑穀の粥に浸しながら食べれば、次から次へとスプーンが進む。ふたりは長い時間荷台に揺られていた疲れを忘れようとするかのように黙々と手と口を動かし続けた。

「さて」

 あらかた食事も終盤に差し掛かり、食後のお茶が運ばれてくるころ。カマルは足元に置いていたカバンから地図を取り出した。頭を上げる時に机にぶつけていたのをレイリーが散々笑ったあと、神妙な顔つきに戻り話を続ける。

「そろそろ今後の予定を決めるぞ」

 この1か月間はただカマルの行商について行くだけだった。だがカマルとしてはこの状況を続けることはしたくないらしい。

「もともと1人生活するだけでもギリギリだったんだ。食費も宿代も2倍になるならあっという間に貯蓄がなくなる」

 命をかけて商品を運ぶリスクも考えれば行商はぼろ儲けする職ではない。レイリーも金を稼ぐなり何とかしてもらうか早々に王宮へ帰っていただく方法をとるしかない。

「帰らない」

「と言うと思った」

 カマルは唸った。この状況を打開できる方法が思い浮かばないのだ。

「俺の仕事を手伝うのはナシだ。商品の扱いが難しい上になにより触ってほしくない」

 割と本気でこの娘をこの街に置いていこうかとも考えていた。そんなことを言えば絶対に怒るから口にするのも恐ろしいが。口より先に手が出るなんて想像上の王女様のイメージとはかけ離れている。

「なら、どうしろと言うのだ!!」

「もっと自分でも考えろって」

「どうしたんだい、おふたりさん。声が外まで丸聞こえだぜ」

 また喧嘩が始まるかと思った矢先、それを遮る声がふたりの耳に届いた。

「よう、久し振りだな」

 聞き覚えのある低い声、この国では珍しい白い肌、さらりと揺れる金色の三つ編み。

「お、お前」

 カマルが視線を上げるとそこにはかつての仲間が立っていた。

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