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Bi ssalama  作者: 篠梛琅&姫宮大豆
一話:砂漠の国の出会い
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反撃開始(2)

 王目掛けて駆け出した虎を寸前のところで引き留めようと兵たちが前に出る。兵士隊長の号令により各々の瞳の色に合わせては魔法と召喚獣で応戦していく。だが、交わされたり相手に届いてもかすり傷程度で済んでしまうことが多かった。

 兵の壁を押しやり壇上の椅子に悠然と座るレイリーの父を捕らえるべく改めて姿勢を整える。呼吸一つ分の時間が過ぎたときには虎は王の真上へと跳躍していた。

「父様!」

 己が父を護るべくレイリーは急いで駆け付けたいが間に合わない。兵たちを超えてきたて敵を目の前にし、王はまっすぐその光景を見据えていた。猛獣の鉤爪が王の頭を裂こうとした刹那。


「何を焦っているんだ」

 王と虎の間に召使の青年が割って入ってきた。周囲の者は「危ないから逃げた方が賢明だ」と言い放つものの、殺されたくないがために決して助けに行こうとする者はいなかった。青年も逃げることはせずに体を捻らせて片足を虎の腹部に当てる。強い打撃を食らい、空中で身動きが出来なかったのか爪を出した姿勢のまま段下に転げ落ちる。

 予期せぬ展開に周囲は唖然としていた。そんな中、レイリーは青年に呼びかける。

「遅すぎるぞカマル!」

 王子の怒りに近い叫びを聞いた青年はやれやれと嘆息を吐き、被り物を取った。灰色の髪に赤銅色の瞳。物事に関わりたくなさそうな視線は僅かに本気を出している。

まぎれもなくカマルだった。変装するとは聞いていたが正直気づかなかった。商人がいつも着ている日の色を中心にした服とは異なり、今は召使が着るようなゆったりと通気性が良いもの。

 何せ今か今かと待ちわびていたので思わず声を張り上げてしまう。

「この恰好じゃ動きにくいんだ。慣れるのに時間がかかる」

「ならば私の服を貸してやろうか?」

「お断りだ。女装には興味がない」

 茶々を入れるのは少しでも余裕を見せるため。第一、女装には興味がない。どこぞの幼馴染が面白そうだと悪乗りしてきそうだが、絶対にやりたくない。

「おや、罪人はそこにいたのか」

 傍付は然程驚いていないようで、カマルの姿を認めても動揺はしなかった。代わりに深いため息を吐いては不敵な笑みを見せる。

「どうやら私の代わりに王を暗殺してくれるのか。これは何ともありがたいことだ」

「勘違いしているな。俺はお前をおびき出すためにわざわざ毒を仕込んだんだ」


 昨晩、二人はある作戦を考案した。

まず、レイリーがいつものようにテルに近づく。刃向わないという意思表示をして一緒に王の元へ向かう。当日は祭りの最終日であるので国に集まった貴族たちが一同に集まり、祝いの言葉を述べるのだ。レイリーはその後に王位継承権を正式に受け取るということで呼ばれている。カマルはというと、召使の一人に変装をし、王の様子を窺う。そして隙を見ては持ち込まれた器に毒物を混入させるという行動をとった。もし相手が行動に移す前にできればその場で奴の正体を露見させることが可能だと思ったのだ。

「カマル。貴様は父様を殺すというのか!?」

「話を聞けレイリー。俺は毒を入れると言っただけだ。実際には殺さない」

「なら、何故」

「元々臣下の間で王暗殺の噂は囁かれていたんだろう」

 さらりと言うが、確かにその通りであったから今更言い返すことはできない。未然に防ぐことが出来ないのならば、こちらから敵の罠に乗じてやろう。

 これはカマル自身が考えたもの。作戦はテルを含めて誰にも明かしてはいけない。万が一失敗しても、それはレイリーではなく実行に移したカマルが責任を問われる。もう一度牢獄行きだけでは済まされなくなる。


「死に急いでいるのでしたら、貴方から()ってあげましょう!!」

 テルは召喚獣が王ではなくカマルを襲うように指示をする。主の声を聴いた虎は応答する様に咆哮し、カマルに視線を向けて低い体勢を取る。機会を見計らっているのだろう。唸り声と一緒に唾液が零れ落ちた。一方のカマルも見ているだけではなく、いつ襲い掛かってきても応戦できるように構える。虎と目を合わせながらゆっくりと胸元から何かを探す行動を取っていた。

 衣類から小さな包紙を取り出したのとほぼ同時に虎は飛びかかる。最後の仕上げにと準備しようとしたカマルは咄嗟に防御を取ることしかできず、虎と重なったまま頭から倒れた。

「くっ……」

 食らいつこうと虎は本能のままに大口を開ける。食われてなるものか、カマルは必死に抵抗しながら次の手段を考えていた。人一人と猛獣では力の差がありすぎる。ましてやテルの召喚獣は虎。防戦一方ではいずれ潰されてしまうのが見えている。カマルは取り出した包み紙と一緒に片腕を虎の口内へと突っ込んだ。

「カマル!」

 圧倒的に押されている商人に助太刀しようとレイリーは一歩前に踏み出す。しかし、その前をテルの剣によって阻められた。

「貴女は行かせませんよ」

 どうしても行くのなら私を倒してからにしてください。元傍付は丁寧に砥がれた剣を向ける。

 彼の行動が取り囲んでいる兵士たちに逆賊と思われたのだろう。テルを捕まえる号令が出され、一斉に斬りかかる。

「邪魔だよ」

 しかしテルは、そんなの数のうちに入らないのかというように次々と薙ぎ払っていく。これまで仲間だった人間に手も足も出ず急所を突かれて動かなくなった体が床に一つ、二つと増えていった。運よく斬撃を交わした兵士もいたが、瞳が金色に変わったテルがボソボソと口の中で呪文を唱えては相手の頭を掴んで雷を繰り出す。

 血の海と化した謁見の間の光景を目の当たりにした役人たちは隠れたもの以外は全員近くに居たが、おぞましいものを見た瞬間、悲鳴が湧きあがった。あまりの恐ろしさに腰を抜かす者、物陰に隠れて難を逃れようとする者もいた。

「一度ならず二度までも。かなり血に飢えているらしいな」

「褒め言葉と受け取っておきますよ」

 同じ光景を見せつけられたレイリーは怒りのままに語調を強くする。愛刀二本を振り上げた。金属音が交わり火花が飛び散る。両者の顔が近距離に見えた。言葉など交わすことはない。相手の目を見ればそれは傍付の目は血に飢えた虎のごとくに現れていた。

 再び間が離れた時にはテルは次の攻撃の準備をしていた。彼の剣に光が生じている。何度も屈折している光は魔法による稲妻。

「なんだ、それは」

「王子も朱く染まりたいらしいですからね。ご褒美ということで」

 そう言うとテルは身体をくの字に曲げて斬撃を繰り出した。稲妻を帯びたそれは上下左右と広範囲に及ぶもので交わすことも出来ずレイリーに直撃する。我慢しようにも苦痛の声が漏れる。立っていられなくなり、足元から崩れ落ちる。寸前のところで剣を杖にしてどうにか体勢を立て直そうとしていた。

「大人しくしていれば、直ぐに終わらせてあげるものを。抵抗するからですよ」

 レイリーの側まで来ては剣先を彼女の顎へと乗せる。不利な状況にありながらも憎悪の瞳で睨み付ける王女は、心の内は悔しくてならなかった。

 もう少し、もう少しだけ力があれば。いや、こいつを倒す体力があればいい。それだけで逆転できるかもしれないのに、なんという不様だ。

 民のために立派な王子として国を支えようと、強くあろうと決めたのに一人の策略にさえ気付けない。家族を護ることが出来ないのだろうか。

「さようなら、ジャリル王子」

 俯いたレイリーにテルは別れを言いながら止めを刺そうと静かに振り上げる。避けられない。レイリーは自らの命を諦めようとした。



 しかし。いつまでも刃が起こす傷みは訪れることはなかった。見上げるとテルは剣を振り上げたままの姿勢で停止。口から溢れる血を片方の手で押さえ込んでは膝から崩れていった。ガシャン、魔法を帯びた剣が音を立てて落ちる。呼吸は激しくなり本人も何が起きているのか解らず「何故だ」と疑問形を繰り返していた。

 突然苦しみだした暗殺者にレイリーも状況を理解できなかった。まさかと思い、壇上に視線を移すと仰向けに倒れた青年が血塗れた片腕を挙げていた。覆いかぶさっていた凶暴な虎の姿は何処にもない。

 レイリーは痛むところを我慢して立ち上がり、苦しんでいる敵から離れて青年の下に駆けて行った。

「どうなっているのだ」

「さっきの虎に即効性の毒物を飲ませたんだ。もっとも、そいつは飼い主の暗殺者と通じていたらしいな」

 カマル自身も初めて知ったという表情で頷く。召喚獣と同じ毒が体内に入り込んだことで動けなくなったテルを王の護りに徹していた兵士たちのうち二人が身柄を確保。そのまま地下牢へと連れて行かれた。

 これで国王が暗殺される心配もなくなった。また今まで通り国は続いていく。

 レイリーは心からそう考えていた。だが、既に暗殺の心配はしなくても良い筈なのに、一部始終を見ていた国王がとんでもないことを口にした。

「私を殺そうとしているのは、よもやお前か?」

 召使に扮していた青年よ。


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