反撃開始(1)
誕生祭最終日であってか王宮内は前日よりも騒がしく動いていた。理由は次の王位継承者を引き継がせるため。直系のレイリーはその儀式を受けるのだが準備をそっちのけにして女中と話している傍付に話しかけた。
「テル」
「おや、おはようございますジャリル様」
テルはいつものように微笑み返す。もっとも裏には暗殺という残酷なことを考えているのだが。
「ところで今朝、地下牢の様子を見に行ったのですが、罪人の姿が見当たらなかったんですよ。王子は何かご存じで?」
「!」
レイリーは立ち止まる。この男は王子が抜け出したのではなく地下に行ったことも、カマルが逃げ出したことも見通している。動悸どうきが逸るのを抑えながら、あくまで自分らしく振舞おう。レイリーはテルに向き合った。
「確かに私は昨日カマルに会いに夜会を抜け出した。しかし地下牢に行った時には既に誰もいなかったのだ。看守もろともな」
「本当のことで?」
「貴様に嘘を言っても意味がないからな」
テルは疑り深くなっているのか、「ほう」一つ頷いて前を向いた。
「貴女様にしては賢明な判断ですね」
「褒められてもうれしくはない」
「それは残念です」
まったく残念そうにしていないのに仕草だけやれやれと両腕を上げる。通路の途中に大きな扉が見え、二人は前に立ち止まり待機した。この先に父王が継承の儀を執り行うため待ち構えている。レイリーの女性の身体であるがゆえに正当なものとはなり難いが。
しばし待つと、ゆっくりと扉が開いた。中では両脇に国に仕える役人が一堂に並んでいる。壁際には怪しいものがいないか警戒するため兵士が佇んでいた。中央に立つと数段高い場所に王であるレイリーの父親が王座に座っている。
「父様、参りました」
「うむ」
その場で儀礼をしながら挨拶をする娘に王は一つ頷く。このまま継承の儀を行うのだと思っていたのだが、王は「ジャリル」と王子の名を呼んで見下ろした。
「こんな時だ。お前にもそろそろ婚約者をと思ってな」
「は……?」
婚約者?
突然の王の発言にだけでなく周りの役人たち拍子抜けているのか何も発することはない。
「無論、お前のことを充分に教えた上で決めた者だ。安心するがよい」
「ちょちょちょっと待ってください父様! 私はまだ婿を取る気は」
「何。冗談だ」
ありません、旨を伝えようとしたがさらりと嘘だということを言いのける。王はしてやったりという意地の悪い笑みを作った。確かに婚約してもいい年ごろになっていると思うが、その冗談は洒落にならない。
流石にこの場で結婚云々の話が出るとは思っていなかったのか傍付も周りにいる役人や兵士たちも笑いをこらえている。
早く事態を収束させなければらないというときに。わが父は飛んだことをしてくれる。これから殺されるかもしれない状況に居るのになんという楽観視。実の父ながらレイリーは歯痒い思いを堪えようとして「はは……」頬を引き攣らせつつ苦笑いを貼りつけた。
王はというと、おおらかに笑っては後ろで待機している給仕係から菓子をもらっていた。
「毒見をさせていただきます」
「頼んだぞ」
すぐに食べるわけにはいかないので危険性が無いか受け取った菓子を器ごと毒見係の召使の青年に渡す。一瞬、青年が横目で此方の方を黙視した気がするが、レイリーは敢えて視線を逸らす。青年はさも気にせずに渡された鉢の中にいる魚に食わせようとひとかけら落とした。
水中に入ってきた菓子を餌と思い込んで魚は突いた瞬間。魚はしびれたように魚体を水面に浮かせた。これにより、菓子に毒が持ち込まれたことが判明。
「これはどういうことだ」
信じられないという様子で王は呟いた。すぐさま兵士の何人かが国の主の周りを取り囲み、危険が無いように警戒態勢を取る。ざわざわと様子を見ていた役人と他の兵士も「やはり、暗殺というのは真実だったのか」とひそひそと話している。給仕していた人も知らぬ間にすり替えられていたのか自分ではないと言い続けては脅えている。
「これはいったい……」
テルも驚きを隠せない様子だ。怪訝な様子でレイリーは「どうした?」と振り返る。
「暗殺を企んでいるという貴様の仕業ではないのか」
「違いますね。少なくとも私は」
テルが紡ごうとしたのを王子は手で遮る。だろうな、と分かりきった表情を浮かべた。
「貴様の場合は陰に隠れている召喚獣の力を借りるのだろう。自分の手を汚さずにいかに犯罪に手を染めるか」
そして実行犯をカマルに押し付けて自分は素知らぬ顔でやり過ごすという手段を考えている。そこまでは予想のうちでしかないが、こいつは何をしでかすか分からない。遠目ながら話を聞いていた王はもしやと目を見開いた。
「ここ数日の私の暗殺が囁かれていたのは知っていたが、よもやそなたなのかテル殿」
「本当です!」
いまいち信じがたい真実を飲み込めない王は真偽を問い、レイリーははっきりと是と表した。
「テルは王宮に入った頃からこの計画を企んでいたのをこの耳で聞きました。そして私の目の前で暗殺の日取りを聞こうとした仲間の兵士を殺めたのです!」
張り上げたレイリーの言葉に辺りは騒然とする。まさか、そんなはずはと一向に信じようとしない者や王宮内で人殺しがあったことを初めて聞き恐怖に顔を歪める者。自分は殺されたくはないと逃げ出す者もいた。
王は娘の傍付が暗殺者だということを知ると、兵たちに捕らえるように命じた。
「貴女様はやっかいものだ。私の計画を邪魔するのかしないのか、そのどちらかにしてもらいたいものですね」
テルの周りを兵士が剣を携えて囲む。一斉に刃を向けられたのにもかかわらずテルは憐れみと悲しみを併せ持ったような表情で、しかし楽しそうなそんな複雑な笑みを浮かべてはまっすぐ玉座に向かって刃を差し向けた。瞳が金色に光ると同時に彼の陰から「グルルル……」金色の毛並みをした巨大な虎が横に現れた。
「本来なら祝祭が終わればすぐにでも取り掛かろうとしていたのですが、早いうちに片付けるのも楽ですしね」
彼を捕らえようと兵士たちは隙を窺っている。そんなものはとお構いなしに「行ゆけ」虎に命ずる。腹を空かせた虎は唸り声を上げながら兵の壁を押し倒して目標目掛けて駆け出した。




