本当のこと(3)
ジャリルは面と向かってカマルに己の心境を話す。
「貴様は聞いたな。どうして私が王子として生きているのかと。この国には正式な王子は存在しないのが一つの理由だ」
本来は男が王政を引き継ぎ、国を護っていく。だが、ジャリルの両親は男子に恵まれることはなかった。占術師に頼んで占ってもらっても「見込みはない」と横に振られた。それでも夫婦は諦めず政をしながら男子が生まれることを望んでいる。
「弟が生まれる間だけでもいい。民の為に生きていけるのならばいいと思っている。しかし、その為には私は世界を知らな過ぎるのだ」
国内で動くことで国民からの信頼を得ることは出来る。喜ばれる。
だが、それだけでは済まされない。男として生きているのならば武術の訓練も怠っていない。それなのに実際に敵と対峙したことが無いとは何事かと非難している人間がいる。将来を背負っているのに勉強の為に王政を手伝わず、遊びほうけているとしか思われていないのだと。
「実力をつけて、王子として皆の前に立ちたいのだ」
少女が語り終わると同時に砂漠の夜特有の風が部屋の中を通り過ぎる。カマルは静かに彼女を見つめていた。単なる我儘から外に連れ出せと言ってきたわけではなかった。ちゃんと理由を持ち、自らの意志の上の事だった。
「別に、王子じゃなくてもいいんじゃないか?」
「何故、そう思う」
「男じゃないと剣術や政治を学ばせてもらえないとか、勝手すぎる。体が女だから国の外に出してもらえないんじゃ、何のためにいるんだと思わないのか?」
「そんなことくらい私だって幾度なく思っている!!」
「だったら騙し事は止めろよ」
うむむ、とジャリルは言い返すことが出来ずに唸る。女だから相手にされないことが多く、彼らを見返すために必死に訓練をしてきた。信頼を得るために努力を重ねてきたつもりだったのだ。
自分で作ってきた道を、王子としての路を今更止めろと商人は言ってきたのだから、困惑を隠せない。これまでの努力を無駄にしろと言われているみたいで。
「ならばカマル」とジャリルは青年を見つめた。
「私はどうすればいい」
「簡単なことだ。王女として生きる」
「!? それでは……っ」
「女で規制されるのが嫌だったらその壁を突き破ればいいだけの話ってこと」
「つ、突き破る?」
カマルの言葉に最初はどういう意味か解らなかったが、少し考えれば気づくことが出来た。性別のせいでこの国では自由にできないのならば、自らその運命を変えればいいだけのこと。誰もが笑顔に暮らせるようにと少女は望んできた。夢をかなえるために何だってする。
それにはまず、青年に一緒に外に出る許しを得なければ。少女は拳を強く握りしめる。
「……レイリー」
「は?」
「レイリー。それが私の、本当の名前だ」
「何をいきなり」
言い出すのだとカマルは首を傾げる。が、その態度が癇に障ったのだろう。レイリーは信じられないと言いたげな顔をして掴みかかる。
「私がこうして真名を明かしているのだ!」
「それで?」
「それでだと? なんて緊張感のない奴……城の者でもごく限られた、私の信頼できる人間しか知らない真名を教えるほどの覚悟があるということだ」
テルにさえまだ教えたことのない秘密。勇気を出して言ったつもりだった。なのに。
「ああ、なるほど」
相手はようやく合点が行ったのか小さく頷く。あそこまで好きなように言っておきながら一番大事なところになると途端に興味が無くなるのかこの男は。せっかくの決意が無駄になってしまう。
「貴様、馬鹿にしているのか!?」
「いや、全然」
あまりにも真剣に話すので性格に似合わないなと笑いたくなるのを我慢しつつ、カマルはレイリーを見据える。少女はまじめに聞いてくれてないとふて腐れている。
少しからかい過ぎたか。少し考えてカマルは「おい」と声をかける。何事か、レイリーは不機嫌な眼差しで此方を向いたのを確認すると乱暴気に頭を叩いた。
「レイリー、か。いい名前だな」
彼女は砂漠の中に浮かぶ月の光に照らされて肌がほんのりと白く見えた。風になびく髪。カマルはその姿を暫しの間見とれていた。
レイリー。夜を明かす者の名前。人々を朝日へと導く光。
素直にいいと感じたので思ったままを口にすると、レイリーはそっぽを向いた。最初は嬉しそうにしていたがやがてカマルが見ていることを気にしたのか彼女は恥ずかしそうに「そ、それより!」と話題を変える。
「アイツ……テルのことについてだが」
「お前の傍付か。俺には盗賊だというのを確か話していた」
「私には父様を殺してその罪を貴様に押し付けると抜かしていたぞ」
暗殺の決行は誕生祭が終わる前だろう。彼が事を起こす前になんとしても阻止しなければ。
「しかし、テルには召喚獣が付いている。それも恐ろしい気配を持っているのだ」
「そいつの形状は?」
カマルは聞くと、レイリーは「知らない」と首を横に振った。テルの近くに気配を感じただけで姿は見ていないのだ。同時に慣れない血の匂いが鼻を襲ってきたので恐怖のままに言いなりになるしかなかった。
どのような召喚獣かさえ分かれば、あるいは弱点を付けられるかもしれない。
「何か策でもあるのか、カマル」
「実際やってみなきゃだが、確率はゼロじゃあない」
勝機がある限りは挑戦できる。失敗は許されない。
カマルはゆっくり窓の外を見る。地平線の彼方はまだ暗く、点々と星が瞬いていた。
「夜明けを待とう。作戦はそれからだ」
「うむ。この国の為にもな」
出会ってから間もない二人が、暗殺を企んでいる者に対しての策を決行しようとしていた。