本当のこと(2)
ゆっくり眠りにつけたと思ったら、騒がしい足音が聞こえてきたのでカマルは閉じていた右目を開ける。見ると、入り口近くに見覚えのある少女の姿。少女は机で作業している女性に目もくれず、まっすぐこちらに向かって駆け寄るので、寝たふりをして相手の様子を窺った。
少女は動かない青年に視線を落とす。激しい息切れからここまで走ってきたのだろう。力なく座り込み「カマル……」と名前を呼んだ。
「貴様……こんなところで、そんな……」
絶望しきった声にカマルは安心させたくて起きようとする。が。
「なぜ死んでしまったのだ、カマルー!!」
「死んでないのに勝手に殺すな! 第一寝ている横で叫ぶなよ!!」
あまりに突然、神の元に召されました宣言されてしまい、大声で泣き叫ぶ少女にカマルは我慢できずに飛び起きた。目が覚めた商人を目の前にした少女は泣きわめくのを止める。昼間とは違う時が止まる。
「……嵌められたな」
見つめあう二人。ジャリルの顔は笑っている。それも嫌なくらいの悪戯をするような笑い。カマルはまんまと調子に乗せられてしまったのだと頭を掻いた。
「物好きだな、お前」
「こうでもしなければ貴様はいつまでも寝ていたのだろうからな」つまりは俺が起きていたのに気づいていたのかこいつは。呆れたようにいうと少女はしてやったりと口の両端を上げて笑った。
だが心配はしていたのだぞ。と、ジャリルは神妙な表情でここに来るまでの経緯を語る。
開かれた夜会に出席したはいいが、どうしてもカマルの様子が気になり「体調が優れない」と嘘をついて抜け出した。一応傍付のテルも後をついてこようとしたが、一人で大丈夫だと言って傍から離れて、商人が閉じ込められているであろう地下牢へ直行。
だが、地下階段を下った先にある牢は割れた鉄枷と鎖だけが残されており、囚人も、それを見張る看守の姿はなかった。もしやすでに刑が執行されてしまったのか。不安だった心は一層強くなり、カマルを探すべくそこらじゅうを走り回ったという。
何処を探しても商人を見つけることが出来ず、いよいよ諦めて部屋で休もうとしたとき。通路の奥にぼんやりと光る影があった。光る影はずっとこちらを見据えており、じっとして留まっている。目を凝らすとその影は鹿の形状ということが分かり、それは昼間商人が連れていた召喚獣だった。
召喚獣は此方が気づいたことを認めると、静かにふわりと歩き出した。ジャリルも慌てて後を追いかけると、離れた場所に立ち止まり、こちらが近づくと離れていく。まるで自分が望む場所に連れて行ってくれるかのように思えた。
もしかしたら会えるのかもしれない。無事ならそれでいい。何でもいいからせめてカマルに会いたかった。元はといえば自分が王宮を抜け出したのが原因なのだから、これ以上責められても文句は言えない。
王子の想いを感じ取ってなのか、召喚獣が最後に消えた場所はこの国の王妃。ジャリルの実の母親が住まう部屋だった。一瞬嘘かと思い、中を除くと母が作業する机から離れた寝台に商人が横になっていた。近づくと、胸が上下に動いている。まだ生きていると思ったときはなんだか安心して悪ふざけをしたくなった。試しにやってみると面白い反応と同時に元気な姿を見せてくれたのだから本当に無事なのだと笑いたくなったのだ。
「……俺なんかの為にわざわざ来るなよ」
正直、ここまでするとは思ってもみなかった。この国に住む民のためとはいえ、外から来た自分の安否を確かめるために夜会をすっ飛ばしてきたのだから飽きれるほかないが、少女はそんなカマルの態度に怒ったのか寝台に身を乗り出した。
「なんだその言いぐさは! 私はどれほど心配したと思っている。テルが貴様が父様を殺すなど冗談にもならないことをぬかすし、冤罪の人間は捕まるしで落ち着かなかったのだぞ!!」
だから貴様を見たときは本当に嬉しかったのだ。しんなりという王子に何故かカマルの方が怒りが湧き上がってきた。
「お前は自分の人生を棒に振る気なのかよ。国民ならともかく、外から来た一介の商人を憐れんで助けようとするか普通?」
若干棘のある物言いになったカマルは別に言うつもりはなかったが、開いた口は塞がらず次々と言葉を並べまくる。自分のことなどどうでもいいという商人が信じられず、今度はジャリルの方が怒ってしまった。
「貴様自身の問題なのに、どうてそう無頓着なのだ!?」
「俺のことが心配ならそのままにしてもらいたかったな。少なくとも一生牢屋に閉じ込められていた方が楽だったな」
「そこまでになさい」
更に言いつのろうとしたジャリルは後頭部を掴まれ、またカマルも同じようにされる。何事かと思った時には互いに衝突し合っていた。痛みと共に視界が眩む。いつのまにいたのか王妃は仕方ないような表情をしてカマルを見つめる。
「娘が失礼なことを言ってしまってごめんなさいね。この子、正直すぎるから」
「母様、私はっ」
「ジャリル。あなたも言いたいことは別にあるのでしょう?」
「あ……はい」
素直に言うことを聞く娘に「なら、喧嘩はお止めなさい」と微笑んで机に戻っていった。さも呆気なくどちらの勝利にもならずに終わった喧嘩が終わり、数秒の間静かな空気が流れる。
最初に口を開いたのはジャリルだった。
「……すまない、言い過ぎた」
「俺も、お前がそこまで心配してくれるとは思ってもみなかったから」
先の喧嘩の嵐が嘘のように治まり、互いに謝罪する。再び無音に近い空気が流れるのを防ぐため、カマルは女性が言っていたことを問いかける。
「そういや、お前が言いたいことってなんなんだ?」
「う、うむ。……」
ジャリルは立ち上がり、自信なさそうにカマルを見る。王妃の放つ雰囲気がどこか似ていると思ったら、この王子と同じだと気付いた。絶対に揺るがない瞳。この二人は親子なのだと不思議と思ってしまう。ジャリルは改めて何か言おうとして躊躇し、しかし言わなければ始まらないと決意したのか真剣な眼差しで口を開く。
「昼間の答えを、言わなければならないと思ってな……」




