閑話「罪人とそれを見守る看守の話」
「…………ん…」
薄暗い闇の中、重たい瞼を開ける。意識が朦朧としている。此処は…牢屋?
顔を上げた前方には簡単に出られないような石造りの壁。外へ続く扉はあるみたいだが、下手に出て警備兵に見つかりたくない。それに、何だか身体が怠く感じる。何故此処に来たのか、その理由すら思い出すのも億劫だ。
確か街中で黒い衣を来た集団に襲われ、気を失ったのをいいことに連れてこられた。
身動きしようとして、両手が後ろで一つになっていることに気付く。肩越しに見ると、手首に黒い鋼鉄が頑丈に嵌められており、表面には文字のような印が記されている。赤く光るそれは魔力を吸収するもの。そのせいか、さっきからすさまじい眠気と疲れが襲ってくる。
『君は死ぬんだよ、王を暗殺したという罪を背負ってね』
兵と入れ替えに現れた白人の男にそう言われた。
――役立たずには生きる価値も見出だせない。
盗賊業をやっていた頃から周りにそんな目で見られて生きてきた。テルと言った白人も俺の事を盗賊(正しくは元盗賊)だと見抜いていた。動けないことを良いことに、テルはあらゆる手段で暴行を繰り返す。俺は何もできない。ただされるがまま。殴り蹴りで身体は限界まで達していた。
瀕死の状態にされた俺をテルは冷酷な瞳で見下ろした。
『なんで私は、こんなやつの代わりをしなければならないんだ』
そこまで考えて、しかし結論に至るであろうところで止めた。
「アイツの正体を知ったところで俺になにができる」
価値のない人間は、より価値のある人間によって消されていく。
「…………もう、死んでも…いいんだよな…………?」
楽になりたい。苦しむなら、いたぶられるならいっそのこと死んだ方がマシだ。
処刑はいつだ。今晩は夜会があり、国王誕生際は明日で終わる。片付けや整理があるから全部が終わり次第処刑は執行されるだろう。自分が処刑台で命が絶たれるのを想像し、恐怖を感じたが不思議と笑いが込み上げてきた。
「ふ…はは………はははははははははは」
牢の中で一人、笑い続ける。誰かが聴いているわけでもないから笑う。無様に散るのも、運命というやつだろう。いいさ、受け入れてやる。
俺の様な人間が生きていたところで誰かの迷惑になるだけなのだから。
『必ず再び貴様の店を訪れる』
昼間であった少女。この国で王子として生きている彼女は自分に国の外へ連れて行けと命令した。相手のこともわからない、しかも一日も経っていないのに随分身勝手な奴だと思った。彼女は俺の問いかけに答えられずに別れたんだっけ。答えは気になるし、もう一つ聞くこともあったが会えなくなったところで俺は外に連れ出すこともないからアイツの期待に応えることはできない。
(処刑される前って、こんなにも静かなんだな……)
王宮内では祝いのための賑わいを見せていると思うが、地下牢の静寂さは驚くほどに火花が飛び交う音だけで、他の音は聞こえない。接触している地面が冷たく、土の感触が伝わってくる。加えて夜なのもあり、外気が侵入しているのか肌寒く感じる。死に際にふさわしいなと、とりとめもないことを想ってしまう。
いい加減考えるのも飽きてきた。殺すなら早くしろと。でないとお前の悪事を暴いてやるとか最後に悪態をつくぞ
その前に少し、ほんの少しだけ休む時間が欲しい。凄く、眠い。俺は自分の体を負担がかからないように、しかし乱暴に横に倒し目を閉じる。頬に触れる地面が気持ちいい。もういいや本当に寝てしまおう。
◇
国を挙げての祝祭だというのに俺には酒を持ってきてくれないのか個々の連中は。
王子の傍付テルが罪人を捕らえたので逃げないように見張っていてほしいと言われたのが夕暮れ時。昼間から当番でいるのだが、正直やることもないので暇をしていたところに仕事が舞い込んできた。見張ると言っても出入り口は一つしかないので人が出てくればすぐに判明するのだが。
「ったく、俺だって飲みたいよー」
ぶーたれても望みの酒は飛んでこないのは解っているので見回りに来た仲間の兵士に頼んでおこう。立っているのなんだし足も疲れてきたので休むついでに壁に寄り掛かって座り込む。腰骨が鳴る音が中で響き、まだ年寄じゃねーのにと嘆息を吐く。
まあただいるのもなんだし、中の様子でも見に行くとしますか。一人だと物悲しいので会話相手も欲しいと思っていたところ。
開錠して中に入ると、冷たい空気の中に罪人が寂しく横たわっていた。もしや息絶えたのかと歩み寄って口元に手を当てたが呼吸はあった。なんだよ、寝ているだけか。せっかく来てやったというのに起きてないなんて寂しいじゃねえか。
「相変わらず気の抜けた面してるね」
思ったことをそのまま口に出すと、意識が戻ったのか罪人はうっすらと目を開けた。完全には覚醒していないようで目の前にいるにもこれといった反応が無い。昔も今も、性根はそのままってところか。
「なあ、どうしたいのさ」
青くなっているその顎に手を当てて引き寄せる。
「まだ生きたいんだったら俺がその手伝いをしてやるよ」
むしろ本人にその意思がなくとも生きてもらう。そうしなければここに来た意味がない。
無表情に近い褐色の青年に微笑み、隠し持っていた短刀を思い切り振り上げる。ガシャン! 地下牢全体に響く音の後、罪人の鉄枷は真っ二つに割れた。体を起こし「よっこらせ」と背負い立ち上がる。後で罪人がいなくなったと知れたらお咎めを食らうだろうが、今はそんなのどうでもいい。コイツに死なれたら後の楽しみが無くなってしまうのだから、少しくらい頑張ってくれよ。
看守は罪人を抱えて地下牢の扉に手をかける。
次の巡回が廻ってきたときには、地下牢から罪人の姿はなく、当番の看守もいなくなっていた。