其ノ四
遠くから佳奈絵と明芳を視ているものがいた。先ほど佳奈絵と戦っていた男だ。
「あーーーーッ! 痛っっってェーーーーーーーーーー!!」
男は右手を押さえながら転げ回っていた。
先ほどの戦いでは逃げることには成功していたが、攻撃をかわすことはできていなかった。
結果、右腕一部神経の損傷及び軽度の火傷。
雷の一撃が直撃していても、この程度の怪我で済ませて生きているあたりが、この男の異常さを表していた。
「~~~~~~~~ってぇーーーー!!」
「だから言ったでしょ。結界張ってる間はあまり強い奴と戦わない方がいい、って」
「……確かに言われたけど、大人はそう簡単に逃げちゃいけないんだよ」
「それであたしに助けられているんだよね~、カッコ悪ーい」
「助けられたんじゃない連れ戻されたんだ」
「どっちも同じで、しょっ!」
「ぎゃああああァアアアアアアアアアアアアアアアア!! いたいいたいいたいいたいいたいいたい痛いっ!!!!」
火傷を負っていた腕を思いっきり叩かれる男。ヒリヒリするというよりも、まさしく電気が走るような痛みでしばらくのたうち回る。
「で瀬川義人くん。また人を殺したでしょ?」
のた打ちまわっている男、瀬川義人に問う。義人は目に涙を浮かべながらも、ポーカーフェイスを決めて何食わぬ顔を向けてくる。
「なんでそう思う? 火太刀戦姫ちゃああああああああああああああああああいたいいたいいたいっ!! ごめんなさいごめんなさい下の名前読んでスミマセンでした!!」
ゴミを見るような目で義人の手を踏みつけていた戦姫は、最後に大きく踏み込んで、かえってくる悲鳴とともにその足をどけた。
「……あんたが悲しそうな顔をしてたからだよ……」
呟くように言った戦姫のひとことの隣で、義人はにっこりと笑っていた。
「へえ、そう見える?」
「まあ後処理のことは何が正しいかはあたしにはわかんない。言う権利もないしどうでもいい。けど、全体としてあまり勧めないよ、ほら……」
下を見下ろして、先ほど義人が戦っていた場所を指差す。
「あそこにいるの見える?」
「……オレが殺した子とオレを殺そうとした子」
「そう。あんたが拒絶して、殺した子だよ。その隣にいる子は……様子からして知り合いだったみたいだね」
「そっかぁ……悪いことしたなあ、そりゃあ」
笑いながら言う義人は、戦姫からしてみれば嘘のように思えた。
下の方では少女が泣きながら少年を抱いていた。様子からして、かなり親しい仲だったようだ。
それを見て義人は何を思うだろうか。戦姫はそれが気になった。人を殺すという行為に対して、その死を誰かが悲しむ様を見て、何を感じているのだろうか。
「いやあ……まいるよなぁ、こーゆーの」
誰かを救う力は持っているはずだ。
だけど、たすけられなかった。
『御技』という不思議な力を使って、義人のことを発見したの早かったはずだ。駆けつけた時間だって早かったはずだ。
だけど、たすけられなかった。
力の差はかなえの方が強い。それも圧倒的に。
だけど、たすけられなかった。
学園で一番の存在になったとしても……
「なんで、なんでよりにもよって……っ!!」
冷たい身体の兄を抱きしめる少女の手は、だんだんと弱くなっていく。
誰かを救う力はあるのに、実の兄は助けられなかった。
全身から力が抜けていく。
兄を抱きしめていた力はなくなっていく。
「……っ!」
少女は少年から手を離すと、大きく拳を振り上げた。
強く、強く、強く握りしめて────
「……ふざっっっけんなぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
下の方で動きがあった。
「任務は失敗かな?」
義人はなんの表情もせずにつぶやいた。
少女は少年の胸をめがけて拳を振り下ろした。
「──死なせない!」
十神カナエには力があるはずだ。
「こんな所で、死なせたりしないッ!!」
誰かを救う力が、あるはずだ。
例え、さっき間に合わなくても、電気が通っているのなら『操れる』。
まだ、救うことができる。
それは佳奈かなえにとっては賭けだ。だが、もしも、明芳に生きたいと言う意志があれば、
「カナが助ける! だから、戻って来い!!」
心臓が動きだすはずだ。
振り下ろした拳の勢いに反応するかのように、心臓に負荷がかかった。
同時に……バクンッ!! と、少年の大きな身体が飛び上がる。
そして、少年の心臓は正確に鼓動を刻み始めた。
「さあ、今日の被害者は標的一名ってことで、腕こんなんだし帰ろうか」
「失敗、だね」
「何が? 被害は少ない方がいいだろ。『標的を殺せ』っていうふうに言われただけだ」
「激怒されるわね」
「それは困るなぁ」
「……嬉しそうだけど?」
そうか? と、言って二人はその場を去った。