其ノ三
一人の少女が光と共に落ちてきた。
赤いコートのようなものを夏服の上に羽織った格好。背丈は少女にしては割と大きめで、一六〇センチ弱ほど。
茶色がかった黒い髪とつり目が特徴的だ。
近くの地面からは若干焦げたような痕と匂いが広がっていた。
「お前もしかして、『超能力者』か?」
やや高めの背丈の男が尋ねてきた。
「だーとしたら見逃してくれないかなあ、俺にもこの後の準備をする予定があるからさ。忙しいんだわ」
「……」
何か言っている。
「今ならまだ、二人とも何もなかったで済むんだから、さ」
「……」
男は何か喋ってる。
「面倒くさいのはヤでしょ?」
口を動かしている。
「だから、ここは────」
……バチンッ!! と甲高い音が空気を叩いた。
「だから、何?」
バチン……バチンッ!! と音は次第に連続して鳴り響きはじめた。
「だからここは見逃してくれない、とか、言う?」
音はだんだんと間隔が短くなっていき、やがて音と音の間がなくなる。
そして、光が駆けた。
「……ふざけんなよクソ野郎」
一瞬のうちにして走り抜けた光に続くように、轟音が後を追ってやってきた。そしてまたさっきと同じ若干焦げたような匂いと、ほんの少し、気を配っていないと関知できないような僅かな冷気が広がっていた。
「やっぱりダメかぁ……怒られちゃうな……」
「一度だけ言う。おとなしく捕まれ」
「それは無理。大人は忙しいんだ」
大きなため息をついて、面倒くさげに男は言う。
「ところでさっきの何? 光ってはいたけど、レーザーって感じじゃなかったね。レーザーはビューンって感じの音だし」
意味のわからない奴だってことは少女にしても理解していた。だが、その予想の上をいくように、男は意味のわからない奴だと思った。
興味のないはずの言い方なのにどこか探りを入れようとしているところ。
まるで、全ての全てが嘘でできていているような男だ。
「当ててみようか。ズバリ『電気』」
退屈そうに言う。
「お前の『御技』の内容はわかった。けど、お前は俺の能力を知らない。ぶっちゃけ、ダントツ不利だよ」
それなのにどこか楽しそうに、それでいて余裕そうな雰囲気。
「大人だから、もーっかいだけ言ってあげるよ。ここは見逃してくれない? じゃないと、殺すよ」
『仕方ない』そういう表情で男は言っていた。
余裕のある表情だと少女は思った。目前の男には自信があったように思える。確実に自分のことを殺せるという自信が。
少女の応えは決まっていた。
「お前は勝てない。だって、カナは天才だから」
力でねじ伏せる。
「はぁ……上手くはいかないものだな」
それは男にとっても同じこと、あらかじめ言っていた通りに従って、能力で解決するだけのこと。
……まずは初手、男はゆっくりとした足運びで距離を縮めていく。が、それよりも佳奈絵の攻撃が速かった。
「──っと、とと!」
しかし難なくかわされる。
二発、三発と飛ばすが、ゆったりとした足運びで交わしていく。
(……思ったより速い。ま、電気ってだけはあるか……)
なら簡単だと判断する。
見たところ、自分の周囲から相手のいる遠くへと飛ばすという能力。少女の場合は電撃を飛ばしている。
それだけのことだ。特に変哲はない。
距離を縮めて置けばいい。
当たらなければ意味はない。
(……直径は五センチぐらい。これぐらいの電撃は今まで何度も)
「──言っとくけどコレ、電気なんて優しいものじゃないから」
左手を空へと向け、少女は指を立てる。
つられて見上げてみると、いつの間にか空の一部分に陰りが現れていた。
不自然な陰りだ。空気があの場所でだけ乱れている。擦れて、ぶつかって、収束されて、圧縮されていくと、発光し始めた。
「ってオイオイあれって……ッ!!」
電圧はおよそ二〇〇万~一〇億ボルト。最大五〇万アンペア。
プラズマが発生するほどの熱。
人に直撃した場合、身体の中身を細胞レベルで焼きながら貫通して行く。
食らえば即死ものの自然現象。
『神鳴り』と言われた『霆』
「墜ちろ!!!!」
さっきまでの比ではない、電撃というには余りにも大きすぎる天空からの一撃が、光の束となって男を目掛け墜ちてきた。
男は攻撃をかわそうと全力で回避しようとするが間に合わない。強烈な鉄槌が空気を割って襲ってくる。
……後を追うように爆発音と空気の流れが周りに広がり、近くのゴミやチリを凪ぐ。
やがて全てが収まったが、地面は一部溶けたようにえぐれていた。それで、人の姿は見えなかった。
「……外した」
ちっ……、と舌打ちをするカナエ。
キョロキョロと周りを見渡すが、男の気配は感じられない。見えるのは被害にあったであろう人の生首が一つ、高校生ぐらいの男が一つ転がっていた。
(ターゲットには逃げられたし被害者は出てる。任務は完全に失敗だな……)
「……、」
転がっている二つのものに目を落とす。
(もう少し……もう少しだけ早ければ……)
助けられた、かもしれない。
佳奈絵はあまり死体を見たくはない。
人間としては普通なのかもしれないが、そういう意味じゃなく、救えたかもしれない命がそこに転がっているのが嫌なのだ。
供養だけでもしてやろうと、高校生ぐらいの男の近くへと寄っていく。
そして言葉を失った。
「うそ、なんで……!?」