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天災少女と奇才の兄  作者: 千明
異常と日常
1/4

其ノ二

 物語の始まりというものは特別なをキッカケに始まるものだろう。

 例えば、

「初めて会ったときから先輩のこと、ずっと……好きでした!」

 こんな感じだろうか。

 恥じるべきか、生まれてからこの方十数年。異性に恋を抱いたことも抱かれたこともない。

「えっと、まあ……」

 あたふたする。

 心が乱れる。

 頭の中では考えと考えが絡み合って、ちゃんとした言葉が出てこない。

「……オレなんかで良ければ、こちらこそ」

 やっとの思いで、言葉を絞り出した少年。は、関係無く。隣を通り抜けて行く、スポーツマンらしさがその表情に良く映える。爽やかな感じの少年は大あくびをしていた。

「ふあ~~~~ぁ……眠い……」

 すると、それにタイミングを合わせるように少女の甲高い声と、飛び蹴りが飛んできた。

「とうっ!」

「痛てっ!? ……何すんだよ朝っぱらから」

「おめざめのモーニングショット?」

「そんなかわいいものじゃねェ」

 他愛もない会話で、クラスメートの女子と楽しそうに話す少年。

 も、関係はなく。

 先ほどの二組の少年少女のもう少し先の見えるところに少年が一人いた。

 茶色がかった黒い瞳と髪の少年がいた。

 身長は割と高めの一七〇センチ代、眉毛がキリッとしているのだが目が垂れている為、ぼけーっとしたような印象だ。

 朝から誰かかわいい後輩に告白されることもなく、クラスメートと他愛のない会話をするでもなく。普通で地味に一般的な高校生。あくびが出飽きてしまいそうなほど普通に人間だ。

(変わんないな、毎日ってこんなものだったっけな……)

 変わらない日常。

(この時間ならいつも通り早めに学校につくな……)

「あ--き--よ----しぃ------!!」

 大きな声で自分の名を呼ぶ女子の声が聞こえた。

「よう、結衣。はよー」

「はよー、じゃないっ! 何してんの!」

「ん? 何って何が? 何のこと?」

「何のことって……昨日メッセージでちゃんと送ったでしょ? 明日は総学のことがあるから一緒に登校しながら考えよう、って」

 半ば息を切らしながら説明をする少女の隣で、小首を傾げる明芳。

「いやあ、あんまりケータイとか見ないからなー」

「何十年前の人間よ。一日の終わりぐらい確認しよう」

 なんて言葉を交わしていた。

 明芳と結衣はしばらく総合学習に関してのことを話し合っていた。

 歩いていると駅が見えて来る。ついでに朝の電車につきものの人混みも。それでも割と早い時間帯なので、それなりに少なかった。

 人と人との間をすり抜けるように人々は通り過ぎて行き、今日も誰かと誰かはほんの少しだけ誰かの人生の中に含まれる。

 こうやって明芳との間にも、すっと……通り過ぎて行く。

「どうしたの?」

「ん? ううん。 特に……」

 それから時間は経って約七時間後・放課後。

「十神。今日は暇か?」

「あ、はい。ヒマですけど」

 担任教師の一言に対して、その聞き方はないだろと言いたい思いをしながらも、暇であることは事実であった。よく考えなくても先生からのこの一言は大抵決まっている。

「じゃあ明後日の模試の準備をするから、机と椅子運ぶの手伝ってくれ」

 はーい、と軽い返事。

「ああ、良かった。本当。十神が良い奴で、な」

「ふーい」

 思えば自分でもこんなのが日常だと思う。

 特に理由が無ければ誰かの頼みを簡単に引き受ける、ということ。もちろん、明らかな使いっパシリやら怪しい頼みやらは受けないが。

 特に利益を求めるワケでもってなくやっている、『良い人』のように見えるだろうか。

 実際、特に利益を求めていることはない。気まぐれ程度に思っている。

 だが『優しさ』とは違う。

 困っている人がいたら助けてやる正義の見方でもない。

 ただ、なんとなく、気まぐれで、何かをしてあげる。

 空虚な作業の処理のように、無意味に暇を不利益で潰し、考えず求めず感じず、行使する。

 空っぽだな、と言葉をこぼした。

 週に一回の部活の休日を担任教師に返上させられた帰り道は今日も、人々は帰り道を通り過ぎて行く。人々はまた人と人との間をすり抜けるように通り過ぎて行き、今日も誰かと誰かはほんの少しだけ誰かの人生の中に含まれる。

(……にしても多いなぁ。いつも帰りの時間じゃないし、この時間帯はこんなもんなのかな……)

 人が多く、明芳の歩きのペースにとってはすごく歩きづらい。

(……めんでぇ)

 仕方ないと思い、いつもの帰り道ではなく、店などが少ない住宅の多い方を回って帰ることにした。

(そういえば、今日は少しだけいつもと違ったな。登校してるときは信号全部青だったし、三六〇円の食券を四〇〇円で買ったのにお釣りが三〇円だったし、学食のおばちゃんが注文ミスって大盛にされたし、家庭科の調理で卵割ったらダブルだったし、今のコレとか……)

 いろいろといつもと違った。ラッキーな面でも、そうでない面でも。

 今日はいつもと違った。

 通り過ぎて行く人も交差して行く人も、いろいろと違っていた。

 今日はいつもと違った。

 いつもの帰る時間帯も帰り道はあまり使わない方だった。

 今日はいつもと違った。

 この帰り道での風景も空気も感じたことがない。

 今日はいつもと違った。

 今見ているこの一瞬の日々。

 今日はいつもと違った----



 違和感があった。



 今の一歩。この一歩を踏み出した瞬間。

 空気がどんよりとしているとかいう感じじゃなかった。

 世界が歪んだように感じた。

 目眩と船酔いが同時に起こったような感じがあった。

(なんだ……なんか、身体に悪いものでも、食べたっけ…………?)

 いや、違う。さっき一歩を踏み出した瞬間に、何か、踏み越えてはいけないものを超えたと、思った。

 根拠はない。

 ただの直感に近いものだ。

「あぁ? なんだなんだ? なんでただの一般人が結界の中にいるんだ?」

 いつの間にか、視界の先に人がいた。

 さっきまでいなかったはずの帰り道に人が一人。

 同時に疑問。

 さっきまで、何で人がいなかったのだろう?

「あーあ、まったく……まいったなぁ………」

 目の前の人物は困っているかのような表情をする。

 手に持っていたバスケットボールくらいの大きさのものを両の手で遊ばせながら、クルクルクルクルと指先で回している。

「あー、まいったなぁーどうしよっかな~怒られるなぁーまいったなぁ~」

 今度はジャグリングのように投げて遊ばせる。やっていることと言動にはあまりにギャップがあった。ジャグリングをしている手は楽しそうに動きを見せているのに、表情はとても深刻そうにする。

「あっ、どうしようこうしよう」

 ポンポンと投げるのをピタリと止めた。

 深刻そうにしていた表情は消えた。

「死人に口なしってことにしよう」

 手に持っていたバスケットボールくらいの大きさのものを明芳に向けて放り投げた。

 弾むことはなくゴロゴロと、しかしゆっくりのったりと、暗い景色の中でも見えるくらいのところまで転がってきた。

 人の頭だった。

 ワケのわからない現実の光景に心が追いつかないその刹那、

「……え?」

 ぶつっ……、と音がしたような気がした。

 目の先にいたはずの人物は、目の前にまでやってきていた。

 そして、そいつの手が腹部に刺さっていた。

 腹部に感じる、体内に入ってきた暖かいものは間違いなくこの手だ。

「ああああああああああ……ッ!! 痛っっっつああああああああああああああァアアアアアアアアアアアア!?」

 痛い、ということしかわからない。

 あまりの痛みに足から力が抜けて倒れ込む。

「うるっさいなぁー……鼓膜が破裂したらどうすんのさ」

 腹部に刺さっていた手の血を払うような動作をした。

「大動脈の損傷よし、後片付けよし、目撃者の処理よし。うん、大丈夫。これで安心」

 ぬめっとした暖かい液体が体内にじんわりと、漏れ出すように広がっている気がした。

 だんだんと、だんだんと、足先から感覚が消えていく。

「……ごめんな、本当はあまり人を傷つけたくないんだ」

 けど、と一句置く。

 悲しそうな表情をする。

「今はお前を救えない」

 悲しそうにして、いた……?

 意味がわからなかった。

 わけがわからなかった。

 感情がわからなかった。

(何……言ってんだ……?)

 倒れ伏している明芳には、目先にいる奴の根本から理解できなかった。

 そこからは焦点が合わなくなっていった。

 視界が霞む。瞼が重くなっていく。真っ暗になっていく。

 残った意識で確認できたのは音だけ。

 じゃあね、という言葉と遠ざかったいく足音。

 だんだんとなくなっていく身体の感覚。

(……ああ、ヤバ……今少し意識飛んでた……。足を動かさ、ないと……)

 立てない。

(……死ぬな、これは……)

 遠ざかったいく足音も聞こえなくなってきた。

 徐々に、意識が落ちていく。

 もう、何も感じなくなった。

 今日はいつもと違った。

 やがて、十神明芳は動かなくなった。

「ん、死んだか……----っ!?」

 バァアアン!!!! という破裂音とともに、光が広がる。

 身体を貫こうと落ちてきた。

「おいおい。今から帰ろうとしたところなのに、勘弁しろよ」

「させねぇよ、このクソ野郎が」

 轟音と光が走った。

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