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王女だけど王子様なんてお呼びじゃない。

作者: 北海

 公女様の衝撃発言の後。

 あまりに予想外の事態が連続したせいでついつい長椅子でうたた寝――ふて寝、現実逃避と取ってくれても構わない――していたところを叩き起こされ、乳姉妹のマグダ指揮の下、あっという間に夜会の支度が終わってしまった。

 ハッと我に返ってももう遅い。公女様歓迎の夜会にホスト側の私が遅刻するわけにもいかず、何の対策も立てられていないのに、気がつけば会場入りして茫然と笑いさざめく紳士淑女を眺めていた。

 うろたえるあまり視線が泳ぐ。国王陛下直々に公女様のお世話を任されているのだから、夜会が始まる前にひと言ふた言公女様に声をかけておかなければならなかったのに。なんという体たらく。そんなに彼女の告白はショッキングだったというのか。……ショッキングだったけどね!

 扇に隠れて、こっそりため息。国王陛下の開会の挨拶は終わった。今は思い思いに歓談しているけれど、もうしばらくしたら主賓たる公女様と我が国のぼんくらが中央に出て来て、そこから舞踏会に切り替わるはず。

(疲れるなあ、本当)

 遠まきにちらちらと見られているのがわかる。話しかけようか、やめようか。こんな公式の場に出てきたのは久しぶりだから、どう振舞うのが正解なのかわからない。これが下っ端貴族令嬢とかならまだしも、これでも一応王女という身分なわけでして。そんな私がいつまでも壁の花になっていたら、他の人達だって困ってしまうというくらいわかる。

 だが、しかし。だからといって今人混みをモーセの如く割ってこちらに近づいてくる公爵と仲良くお喋りしようだなんて、そんなつもりは全然、ちっとも、小指の先ほども思っちゃいないのに。

「我が姫、ご機嫌麗しく」

 ああうん、多分どこからどう見ても今の私は「ご機嫌麗しく」ないと思うんだ。

 ついでにさらっと「我が姫」とか薄ら寒いこと言ってる辺りには突っ込みを入れちゃダメだろうか。ダメなんだろうな。さり気なさを装った野次馬さんたちの視線がざくざく突き刺さる。たまに混じる殺気には気づかなかったフリをさせてほしい。

 公爵は今日も素敵に悪役風貌である。もちろん褒めちゃいない。きっちりと後ろに撫でつけられた黒髪の生え際が徐々に後退していけばいいのにとか思ッテナイ。鋭すぎる眼光がまるで獲物を視界に捉えた猛禽のようで嫌になる。獲物が誰かなんてがっつり自覚してるので言及しない方向でお願いします。

 公爵が私の前で身をかがめる。そうして私の扇を持っていない左手をするりと掬い取り、口元まで持ち上げた。

 唇が触れるか、触れないか。礼儀作法上は口づけたフリで終わらせるところを、どうしてそんなにゆっくりと時間をかけて、見せびらかすようにするのか。

 手袋越しに当たる吐息にぞわりと背筋が粟立つ。早く放してほしいと無言で睨みつけていると、公爵が伏せていた目をふとこちらに向けた。

 会場の明かりが射し込んで、一筋金色が混じったように見える翡翠の瞳。それが滴るような色香を孕んで、ゆるりと――指先に、唇が当たる。

「っ」

『我が光、我が女神。どうかその慈悲で、憐れな虜囚を癒しておくれ』

 カッと顔に熱が上がる。きっと耳の先まで真っ赤だろう。見なくてもわかる。だって顔がこれ以上ないくらい熱いんだから。

 公爵が口にしたのは今じゃ教会のお偉いさん達くらいしか使わない古語だ。大昔、それこそ神々の時代に使われていたとされる言葉。

 なのにどうして私が公爵の言葉を理解できたのかというと、彼が口にしたのが私レベルでも知っているような有名な神話の一節だったからだ。

 水面に映る月の姿に見惚れて、月神に焦がれた海洋神。天上に座す神々の一柱である月神と、地上よりも深く昏い海の底の主――引いては冥界、死者の国の王とする解釈もある――たる海洋神。北欧神話じゃないけれど、神々の時代の終焉に繋がる二柱の神の恋物語と、重ね合わせてでもいるんだろうか。

(~~っ気障ったらしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!)

 こんなことならいっそ、何を言っているかわからなければよかった。いきなりなんかわけわからないこと言い始めたぞと、胡乱な目で公爵を見る余裕が欲しい、切実に。

 内心で散々に罵倒する私に気づいたはずもないだろうに、公爵はふっと口角を上げた。面白がる視線。その瞳には真っ赤になる私がばっちり映っている。

 公爵の手が緩んだ途端、急いで手を取り返す。不作法だなんて知ったことか。こちとら天下の王女様なのだ。それを、それを……ああもう、こんなことならいつも通り引き籠ってるんだった!

 完全に腰が引けている私の隣に公爵が並ぶ。まさかこのまま壁の花仲間になろうというのか。

 とにかく距離を取ろうと、ドレスの中で慎重に足を動かす。少しでも公爵の意識が私から逸れれば、その隙に横歩きして離れようという寸法だ。仮にも王女様がやることじゃない? 仕方がない、背に腹は代えられないのだ。

 警戒バリバリの私をどう思ったのか。公爵は体ごとこちらに向いたまま、「懐かしいですね」と小さく笑った。

「姫が初めて社交の場に出た時のドレスに、手を加えたのですね。よくお似合いだ」

「……流石はメデルゼルグ公爵、と言えば良いのかしら」

 正直に言おう。公爵コワイ。

 確かに今私が着ているドレスはいわゆる社交界デビューの時に着ていたものを染め直して、型を最近流行のものに仕立て直して装飾を外したり増やしたりしたものだ。ちなみに、プロデュースド・バイ・マグダ。離宮に引き籠ってロクに公務もできない王女に割り当てられる国家予算は微々たるものだから、そのけして多くない予算をやりくりしてくれたのだ。

 正直、持ち主であるはずの私が見てもわからないくらい驚きのビフォーアフターを遂げたこのドレスを、ひと目でそうと見破る人なんているはずがないと思っていた。だから堂々と着て来たのだ。まさか一国の王女様がリノベーションドレスを着てるだなんて誰も思わないだろうと。

 それが、公爵にはほんの数分でバレた。どうして、と思うより先に、「国一の粋人」だなんていう公爵の異名がぽんと浮かぶ。

 確かに、公爵は趣味が良い。多くの芸術家達の支援もしているようだし、自分でも彫刻やら絵画やら何かしら創作もしていると聞く。芸術の庇護者、国一の粋人、酔狂な趣味人。いろいろと表現はあるみたいだけど、全部公爵のことを指したあだ名だ。

 だからわかったのだろうかと勝手に納得しかけたところで、会場内の空気が動く。

 するすると人が引けて、会場の中央が歪な円形に空く。進み出てきたのは公女様と我が国の王太子サマだ。

 音楽が始まる。最初の曲だけは主役のふたりだけが踊るのだ。とは言っても、片やまだ八歳の女の子。十五歳の王太子と並ぶと身長も雰囲気もでこぼこで、麗しいというよりは微笑ましい組み合わせだ。……その内実さえ知らなければ。

 覚えていますよ、と公爵が他の人には聞こえないくらいの大きさで言う。

 会場の人達は皆、中央で踊るふたりに注目していた。だから、私と公爵の様子を見ている人は多分いない。

「姫は、今の殿下と同じ十五歳だった。伝統的な型の、純白のドレスを着て――最初のダンスで、恐れ多くも陛下の足を踏みつけた」

「な」

 だから、どうしてそんなことを覚えているのだ、この男は。

 言葉を失う私に、公爵は懐かしむような瞳をする。いや、実際に懐かしんでいるのだ。きっと彼の瞳には、今中央で踊る二人が社交デビューしたての私と、その最初の相手をした父親の姿に見えているに違いない。

 今にして思えば、アレは父親が私に示せる親としての精一杯の心遣いだったんだろう。あの頃はまだ公爵に目を付けられる前で、私はただの忘れられた王女に過ぎなかった。いずれ国に都合の良い誰かに嫁ぐ、後宮の隅っこでひっそりと日々を過ごすだけの、毒にも薬にもならない娘。

 ところが父親は私の社交デビューのためにわざわざ夜会を開いて、その最初のダンスの相手にもなってくれた。普通は親の決めた婚約者か、もしくは決まった相手のいない親族の男性に任せるはずの役どころ。いくら王女だからといって、国王自らなんて前代未聞だということくらい、私にもわかっていた。

 だからどうにかしてうまく踊ろう、恥をかかせないようにしようだなんて。今思えば余計なことをぐるぐると考えていたせいで、最後の最後、大きく回る見せ場のところで、これでもかというくらい勢いよく父の足を踏みつけてしまったのだ。

 血の気が引いたなんてものじゃない。あの時は指揮のため背を向けていた指揮者以外、楽団員たちまでもが静止していた。会場にいる他の貴族や出席者たちなんて言わずもがな。

 父親はうめき声ひとつ上げずに、すぐ何事もなかったかのように接してくれたけれど、私はそれでもうすっかりパニックになってしまって、その後誰とも踊らず、逃げるように会場を後にした。苦い思い出だ。今もまだ、私の今生での黒歴史ナンバースリーに燦然と輝いている。

 ところが、公爵にとってあの出来事は愉快なものらしい。笑い含みの声が続けて落ちてくる。

「私が是非次の被害者になりたいと姫を探したのに、すぐに下がっておられて。あの時ほど陛下を羨ましいと思ったことはありませんよ」

「メデルゼルク公爵にしてはずいぶんと拙い嫌味なのね」

「まさか。本心ですよ」

 公爵が使う「本心」という言葉ほど胡散臭いものはないと思うのだが、どうだろうか。ついでに「真心」とか「愛」とかいう言葉も同じくらい胡散臭いと思うんだ、公爵が使うと。

 弦楽器の主旋律を、管楽器が追い立てる。いくら主役ふたりのダンスとはいえ、公女様の年齢のことも考慮してかなり短いもののはずだ。そろそろ曲も終盤、転調に入ったんだろう。

 公爵が中央のふたりを向いているのをいいことに、私は右足を横に置いた。ぐっと力を入れる。重心を移動させて、左足を回収しようとしたところで、公爵の言葉が私の動きを縫いとめた。

「サディラ公女は、殿下とうまくやっていけそうですね」

「さあ。私には、何とも」

 お互いに興味のない、どこに出しても恥ずかしくない政略結婚夫婦という意味でならうまく行くんじゃないでしょうか。どこぞのぼんくらとは違って、公女様は自身に課せられた義務とか責任とか、そういうのを自覚して努力しようとする子みたいだし。

 でも、である。私は踊り終え、作法通りに礼を交わすふたりを見た。

 義務と責任感で契りを交わして、それでうまく行くんだろうか。どこかで破綻してしまうんじゃないだろうか。私を産んだあの女性(ひと)と、玉座に座る父親のように。

 愛し愛されるだけではダメなのだと、いつか誰かが私にいった。でも、義務と責任だけでもダメなんだろうとぼんやり思う。

 両親が歩み寄りを見せなかったと言うつもりはない。多分、お互いに出来る限り歩み寄ろうと努力していた。その結果、母親が暗殺される直前くらいには、二人の間には同僚というか仕事仲間というか、いわば同士としての情みたいなものはあったように思う。

 それはけして男女の愛ではないけれど、尊敬と信頼という、とても大切で尊い感情で。いつか愛に変わるかもしれなかったのに。

 そこまで考えて、私は頭を振った。考えても仕方がない。全ては終わってしまったことで、今考えるのはこれからのこと。公女様とぼんくらがうまくやっていけるかどうかだ。私が任された公女様のお世話というのも、突き詰めてしまえば二人の仲を取り持てということ。無関係ではけしてない。

(まさか公女様が『オジ専』だから望み薄、だなんて言えないしなあ。これならいっそ、恋に恋して自分だけの王子様を夢見るタイプでいてくれた方が何倍もマシだったかも)

 それはそれで、理想の王子様とはかけ離れた王太子をどうにか矯正するという難関ミッションが待ち受けていたりするのだが、死に物狂いで頑張ればどうにかなるかもしれないレベルの問題だ。年齢という、ただの人間にはどうしようもないハードルが真っ先に来た時点でどう考えても「詰み」である。

 たとえば私の場合なら、白馬の王子様なんてなよなよした二枚目はお呼びじゃない。私が求めているのはヒーローだ、勇者だ、竜殺しだとかいった、もっと独善的で暴力的、道理を曲げても無理を通すようなそんな正義の味方なのだ。それくらいでないとこの当たり前のように私の隣に立つ男に対抗できないとも言える。宮廷恋愛物語に登場するような、礼儀正しいお上品な王子様なんか、さっくり罠に嵌められて無実の罪で獄中死が関の山。そんなシビアな世界なのだ。

「殿下がもう少し真面目になれば、もしかすると公女様も期待くらいは持っていただけるんじゃないかしら」

 つまり現状、ぼんくらに対して公女様は期待すら抱いてませんよ、と。

 遠まわしに言えば、公爵はさもあらんと鷹揚に頷いた。この反応は、薄々どころかばっちりわかっていたという反応だ。公女様か、こちら側か。いずれにしろ、あの時のお茶会に公爵と繋がっている人間でも紛れ込んでいたんだろう。情報を掴んでいてもなお、公女様と王太子を「仲良く」しようなんて、相変わらず面の皮の厚いことである。

 踊り終えた二人が中央から離れ、入れ替わりに今まで見物していた貴族達がバラバラと進み出てくる。

 これからは踊りたい人は踊り、歓談したり、会場の端に用意された軽食を摘まんだり、酒を飲んだりと好きなように社交する。私が男なら礼儀として公女様にダンスのひとつも申しこんでいるところだけれど、幸か不幸か同性同士なのでそこは割愛。頃合いを見て挨拶をして、|ただの酔っ払いの集まり《無礼講状態》になる前に引き上げればそれで今日は十分だろう。

 そんなことを考えていると、目前にすっと公爵の手が入り込んだ。

「お手を」

「結構です」

 即答でばっさり切り捨てても、公爵はめげない。相変わらずの図々しさで勝手に私の両手をさらって、強引なのに傍からはそう見えない動きで私を中央の空間まで連れだしてしまった。

 さわさわと不快になる一歩手前のざわめきが起きる。促すように、当然のように先程まで公女様と王太子が踊っていた中央ど真ん中が空けられて、抗議する前に曲が始まってしまった。

 実質一曲目だからか、曲目は軽やかで明るい小曲。初心者用と言ってもいいオーソドックスなもの。まさかここまで来て断固として踊らない姿勢を貫けるほど神経は図太くなく、また純粋に体格とか力とかそういう諸々の差で公爵に逆らえるはずもなく。渋々でも踊るしかなくなった私にとってそれは幾許かの救いにはなったけれど、密着する公爵の体に全身怖気が走っている状態ではまさに焼け石に水の効果しかない。

 手袋と、ドレスの下のコルセットのおかげで、私に伝わる公爵の体温は鈍い。だからといって快いわけではもちろんないから、表情を取り繕うので精一杯だった。

「今日は、足は踏まれないのですかな」

「せめて黙って踊れないの」

 こんな至近距離で内緒話の真似ごとをするのはやめてほしい。デコルテにかかる吐息が非常に不愉快だ。

 外見だけならば、なるほど、公爵は確かに偉丈夫で大人の怪しい色香溢れる男前だろう。ステキ、抱いて! と目をハートにするお嬢さん方だって掃いて捨てるくらいいるに違いない。

 でも、ダメだ。見たくなくとも視界に入る翡翠から、私は必死に顔を背ける。

 男性経験皆無な私にもわかる、はっきりと熱の籠った眼差し。それを色気と呼ぶなら呼ぶといい。私にとってはひたすらに背筋の寒くなる、恐ろしい眼差しであることに違いはないのだから。

 今私が立っているのは、たくさんの女の子が憧れ羨む煌びやかな世界だ。なのにどうして、その中心で私はこんなにも恐怖に慄いているんだろう。

 腰に回った腕は、礼儀以上に力が入ってはいないだろうか。手袋越しに重なる手は、向けられる眼差しは、寄せられた顔は。

「……鼠が入り込んだようです」

 耳朶に公爵がそんな囁きを落としたのと、会場の入り口でざわめきが起きたのは、ほとんど同時だった。

 人垣が割れる。音楽が尻切れトンボのように止まって、その場にいた全員が何事かと乱入者に視線を向けた。

 果たして、そこにいたのは正統派王子と評するに相応しい、金髪碧眼の美青年だった。

 従者と護衛が合わせて十人かそこら。見るからに身分が高そうな人間に付ける人数として十分かどうかは判断に悩むところだ。まあ、多分城門の外にその大部分を置いてきているんだろうけど。

 よく見れば青年の後ろに彼そっくりな十二、三歳ほどの少年もいる。こちらは金というよりは明るい栗色の髪に、遠目でも鮮やかな碧眼で、やはり美少年。緊張しているのか、表情はかなり強張っている。

「到着が遅くなった。まずは楽しいひと時を邪魔したこと詫びよう、紳士淑女の方々」

 言葉を発したのは美青年の方だった。しかし、乱入してきてこの態度。絶対仲良くできないタイプだなと思っていると、今度は玉座から我が国の国王陛下が声をかける。

「これは、思いもかけぬ客人のようだ」

 そうしてまた人垣が割れる。その先から国王が歩いて来ているのは数瞬眺めて、はたと気づいた。……乱入者と国王、かち合うのって今私と公爵がいるまさにここじゃない?

 相手は誰だか知らないが、少なくとも国王が来るべき場所に居座るなど不敬である。すぐに脇にどけようとしたのに、図々しく腰に添えられたままの公爵の腕が華麗にその邪魔をした。むしろ離れないよう引き寄せられて、ひっと声にならない悲鳴が洩れる。

「さて、こんな夜分に我が城を訪ねるとは、帝国からは何の知らせもなかったと記憶しているが」

 帝国! 国王の言葉に、会場に俄かに緊張が走った。

「サディラ公に頼まれてな。辣腕で知られる公も、末娘をひとり遠方に留学させるのは心配だったと見える。国内の視察(・・・・・)のついでに、しばらく様子を見てきてくれと」

 親書をこれに、と美青年が声をかけると、従者が静々と進み出る。

 こちらも同じように従者が受け取って、なんの仕掛けもないかざっと見聞した後国王に渡した。

 それを読んだ国王は、なるほど、と演技か本気かわからない微妙な苦笑を浮かべた。書面から一瞬外れた視線の先にいるのは、対峙する美青年ではなく、その後ろで必死に背筋を伸ばす美少年。

「サディラ公女はおられるか」

 すると、何故か国王は公女様を呼んだ。

 間髪入れずに公女様も人垣から現れる。それを見て、国王は美青年と美少年んを視線で示した。

「ここにいるお二方は、公女殿下の友人であるとサディラ公からの親書にある。相違ないだろうか」

「ございません。そちらにおられる方々は間違いなく、帝国皇家第二皇子デュエロ殿下、並びに第五皇子イズミル殿下であらせられます」

 うげ、と思ったのは私だけじゃないだろう。表に出さないまでも、この場にいる大多数がそう思ったはずだ。

 ――有名無実の帝国の、病弱な皇太子を差し置いて次期皇帝と目されている第二王子と、それに心酔していると噂の第五皇子。なるほどそれなら、先程「国内の視察のついで」とのたまったのもうなずける。

 帝国の見解では、この国はあくまで帝国に属する地方の一領に過ぎない。それを強調したんだろうけど、建て前はどうあれ、実質他国の王宮に乗り込んでするには随分挑発的な言動だ。これを若さ故の血気盛んと取るか帝国の傲慢と取るかで、彼らに対する態度も変わってくるだろうに。

 なるほど、と国王は公女様の身元保証を受けて顎を撫でた。誰もが固唾を飲んで国王の決断を待っている。まさか早まった命令はしないだろうが、もしもの場合に備えて衛兵たちが密かに身構えているのが見て取れた。

「公女殿下は聡明な方のようだが、やはりまだ幼い。殿下方がおられれば、確かに心安く過ごせるでしょうな。部屋を用意させましょう。まずはそこで旅装を解き、今宵はゆるりと休まれると良い。デュエロ殿下、イズミル殿下」

 詳しいことは明日に、と国王が続けると、帝国の皇子たちもそれで不満はないらしかった。

 場に満ちていた緊張がそれで解ける。ひとまずは、受け入れることにしたらしい。招待状もなく押しかけてきた客人ではあるが、曲がりなりにも宗主国の直系筋だ。事を荒立てるよりは、ということなのだろう。

 先導の騎士に従って、皇子たち一行がぞろぞろと移動して行く。それを見るともなしに眺めていると、第五皇子がさり気なさを装って公女様に一瞥をくれたのが見えた。

 途端、理解する。ああなるほど、そういうことかと。これはつまり、好きな相手(公女様)の急なお見合い話に慌てて追いかけてきてどうにかその話を破談にしようとしている図、という理解で良いんだろうか。いや、まだ破談にしようとしているのかどうかはわからないけれど。さらに言えば、公女様と第五皇子、ついでにうちのぼんくらと、全員年齢をプラス十くらいしたら麗しい恋愛劇になったんだろうなあ。

 とすると、第二皇子は第五皇子の付き添い兼お目付け役といったところか。そう思って視線を移せば、何と言うことでしょう。相手もこちらを見ていたようで、ばっちりしっかり視線が絡んでしまった。

 でもここで、驚いたりなんかするのは三流である。ごく自然に、視線が絡んだのは気のせいですよと言わんばかりにそのまま反らして、ついでに腰に回ったままだった公爵の腕を強引に引きはがして、とっとと自室に戻るべく身を翻した。多分公爵は追って来ない。いきなり来てしかもしばらく滞在するかもしれない皇子たちへの対応のため、そろそろ国王に呼ばれる頃だろう。

 するすると人波を縫って会場を出る。待ってましたと近寄って来た護衛の女騎士たちに囲まれて、まっすぐに離宮の自室を目指した。

「……本当、『王子様』なんてお呼びじゃないのに」

 どうしてこう、正義の味方(ヒーロー)どころか私限定疫病神もどきばっかり来るんだろうか。


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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 とても面白かったです。 公爵と恋仲になるのかとても気になります。 私としてはこのままブレずに嫌い続けて欲しいです(笑) そして皇子様に頑張ってもらいたい! もちろん大きい方(第…
[一言] いつも楽しく読ませていただいています。 着地点がどうなるのか、とても気になります。 ところで、 「有名無実の帝国の、病弱で有名な皇太子」 ということは、 「有名無実」なのは帝国なのですか? …
[一言] ニヤニヤが止まりませんw にしても……客観的に見て、公爵って結構良い男っぽいよーな?
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