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後編

 三郷は写真を見ながら過去に飛ばしていた意識を現実に戻した。



 あの頃の自分は本当に莫迦で幼稚でどうしようもなかった。いつまでもあの穏やかな時がずっと続くと思っていた。

 彼女は高校3年で人生の大きな分かれ道に立っていて三郷はその一つ下。いつか必ず別れが来る。それは解りきったことで、あえて騒ぐようなこともない当然の成り行き。解っていたつもりだった…が、本当の意味では理解していなかった。

 ただ彼女の行き先があまりにも遠すぎて。肩を並べていると思い込んでいた彼女が、自分よりもっとずっと先を見つめていたことに、将来の目標すらなかった自分は嫉妬した。


 あれ以来彼女とは会っていない。一番に自分に伝えてくれなかったことに拗ねて、自分から離れていく彼女が憎くて、彼女の将来に嫉妬し、彼女から距離をとった。メールも電話も無視した。何度も会いに来てくれたがそれも無視した。泣きそうな表情には気付かないふりをした。タイムマシンがあったならあの頃の自分をぼこぼこにしてやりたい。


 今でも彼女からは時たま手紙が届く。手紙には彼女の近況と連絡先、そして三郷の健康を気遣う文言が書かれている。その中にいつも同封されている写真には様々な国の風景が実に色鮮やかに切り取られていた。




 三郷は写真を抜き取るとアルバムを棚に戻した。こんな埃のかぶったアルバム、今後誰かが見ることもないだろう。それでも一応長田には許可をとっておくか、と視線を上げたところで三郷の目は一冊のアルバムに引き寄せられた。

 それは今まで三郷が手に取っていたアルバムの翌年の項目の最後にあった。ほかのアルバムに比べて随分小さなそのアルバムには、見たことある筆跡で背表紙に三郷千昭と書かれていた。


 恐る恐るそのアルバムに手を伸ばす。みっともなく震える手で頁をめくる。

 そこには彼女と出会ったあの日から翌年の文化祭数日前、彼女と距離を置き始めた日までの写真が収められていた。

 怒っていたり、笑っていたり様々なシーンが鮮明に甦る。一年にも満たない彼女との日々。中でも一番多いのは目を細めて穏やかに微笑む三郷の横顔。いつも不意打ちに撮られたあの無防備な表情だ。三郷の胸に熱いものがこみ上げる。


 半分ほど見たところでそっとアルバムを閉じる。瞼をおろしてそれを抱きしめた。頭の中に様々な思いが去来し三郷はしばらくその場を動けなかった。





 三郷は屋上に向かって廊下を歩いていた。右手には小さなアルバムと一枚の写真。夕日によって廊下は真っ赤に染まっている。時折すれ違う生徒と帰りの挨拶をかわしながらゆっくりと進む。

 そうしてたどり着いた屋上の扉の前。三郷はドアノブに手を伸ばしたまま開けるのを一瞬躊躇した。あの日から一度も来ていない屋上は、今一体どうなっているのだろうか?


 少しずつ開かれたその扉の先には真っ赤な空と街、そしてきらきらと太陽を反射する海が見えた。


 三郷は泣きたくなった。そして胸を締め付けられるような感覚。


 あぁそうか。


 胸にすとんと落ちてくる感情があった。


 この感情に名前を付けるとしたら『いとしい』。


 涙が一滴ひとしずく頬を伝った。


 俺はこの街を愛していたんだ。







 三郷は微動だにせずその景色に見入っていたが、暫らくして響いた下校時刻を告げるチャイムの音に現実に引き戻される。

 右手に持った小さなアルバムのことを思い出した。これを屋上で見ようとここまで来たんだった。

 三郷は扉横の壁に背をもたせ掛けて座り込むとまた初めから頁をめくった。




 最後の頁をめくったところで三郷は違和感を覚えた。一番最後の写真のポケットがほかのポケットに比べて少し厚みがあるように思えたのだ。見るとそこには一通の手紙が収められていた。

 薄い青の封筒の表には三郷の名前。裏返すと日下美晴の文字。

 しっかりと封をされたそれは今まで誰の目にも触れていないことがわかる。日下から自分宛の手紙。三郷は中の手紙を破かないように慎重に封筒の端をちぎっていった。

 封筒から手紙を取り出したところで開くのを躊躇ためらう。あんな別れ方をして彼女は怒っていたんじゃないか?嫌われていたかもしれない。怨み言が書かれているかもしれない。様々な思考が頭を渦巻く。


 …何を躊躇うことがあるのか。たとえ怨み言が書いてあったとしてもそれはまさに自業自得。俺はそれを受け止めなければいけない。三郷は一つ気合を入れると手紙を開く。



 そこにあったのはたった一言の言葉。


 なんだこれ?なんだこれ?なんで、こんな。


 薄い青の便箋の真ん中にたった一言。


 三郷はその日、二度目の涙を流した。


 美晴先輩。


 空を見上げて目を細める。


 俺も、先輩が好きです。





*****





「長田先生」


 高校最後の登校日。日下は写真部室で長田に話しかけた。


「なんだい?」


「これ、預かってもらえませんか?」


 日下の手には一冊のアルバム。


「これは?」


「三郷君に渡してほしいんです。」


 長田にアルバムを差し出しながら日下は言いつのった。


「今、私が三郷君にこれを渡しても見ないで捨てちゃうかもしれなくて…。先生のいいと思うタイミングでいいんです。お願いします。」


 長田も三郷が日下を頑なに避けていることには気付いていた。確かに今の三郷だったら本当にそれを捨てかねない。


「わかったよ。それを預かろう。いつかは解らないが彼に渡すよ。」


 日下はほっとしてそれを長田に渡した。日下としては最悪それが三郷の手に渡らなくても構わなかった。それがこの世に存在していることが重要だったから。そこに託された自分の気持ちを殺したくなかった。





*****





 三郷は屋上の転落防止の手すりにもたれ掛って携帯を手に取った。空は真っ赤な夕焼けから徐々に菫色に変化している。

 携帯の画面には日下美晴の文字。




 三郷の指はメールアドレスをタップした。






 ここまでお付き合いいただきありがとうございます。暫らく執筆活動をしていなかったのでリハビリを兼ねた3人称の習作です。途中で自分が何書いてるか分からなくなってきたという…。

 ではまた何処かでお会いできますように。

 

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