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中編

 三郷は今、社会科準備室を訪れていた。写真部の部室に行ってみたはいいが活動日ではなかったらしく鍵がかかっていたのだ。

 三郷は仕方なく鍵を借りるため写真部顧問がいるであろう社会科準備室に足を運んだのだった。

 静かに二回ノックをして入室の許可を得てから扉を開ける。そこには三郷が在籍中から写真部の顧問を務める初老の教師しかいなかった。老教師、長田おさだは窓際の日当りのいい席を陣取って一人呑気にお茶を飲んでいた。


「おや?誰かと思ったら三郷君じゃないか。」


 来い来いと手招きされ、おとなしく従う。

 実習期間は3週間ほどあったが担当する教科が違い、指導教諭でもない長田とはこれまでほとんど話す機会もなく来てしまった。高校時代それなりにお世話になった教師であるため、多少後ろめたく思っていたが、在学中と変わらない笑顔で迎えてくれた長田に三郷はほっと息をついた。


「実習お疲れ様。」


 そんなことを言いつつ椅子とお茶を勧める老教師に礼をして、三郷は勧められた椅子に腰を掛けた。


「とてもいい経験をさせてもらいました。若いパワーってすごいですね。ついていくのにやっとですよ。」


 そう言って穏やかに笑った三郷に長田は声を立てて笑った。


「何おっさんみたいな事を言ってるんだ?まだ若い君にそんなことを言われたら僕の立場がないよ。もう棺桶に片足突っ込んだ爺さんだからね。」


「なに言ってるんですか?先生にはまだまだ現役でいていただかないと。無事教師になったあかつきには色々頼らせてもらおうと思ってるんですから。」


「おぅ!こんな老いぼれでよければ何時でも来なさい。」


 二人で声を立てて笑う。穏やかなその時間にここに来た目的をすっかり忘れかけていた三郷は、はたとそれに気づき慌てて口に出した。


「先生に聞きたいことがあるんですが?」


「なんだい?」


「卒業生の作品てどこかに保管してありますか?」


「もちろん。活動内で撮ったものは部室の隣の資料室に片付けてあるよ。ネガは本人が持って帰ってるけど写真はアルバムにして年ごとに保管してあるな。」


「あの、どうしても見たい写真があって…探してもいいですか?」


「いいとも。少しまってね。」


 長田はよいしょっと重い腰を上げるとデスクから鍵を取り出し三郷に手渡した。


「これが鍵ね。僕はここにいるから帰るときに返して。」


「ありがとうございます。」


 三郷は一言礼を述べると社会科準備室を離れ写真部の部室へ引き返した。

 そんな三郷を長田は穏やかな笑顔で見送ったのだった。





*****





「三郷君。」


 その声に三郷は海に向けていた視線を声のほうに向ける。それと同時にカメラのシャッター音が耳に入った。視線の先にはここ数か月ですっかり馴染みになった一丸レフを構えた日下の姿があった。


「日下先輩。いつも言うけど俺の写真を撮るのやめてください。」


 初めて会った時から何度言っても撮るのをやめない日下に対し半分あきらめの表情で三郷は言った。


「いいじゃない。減るものじゃなし。」


「減ります。俺の中の精神的何かがガリガリと減ってます。」


「えぇ~。だが断る!」


 爽やかな笑顔で、いっそ清々しいほどにきっぱりと宣言され、三郷は深々と溜息をついた。


「ちょっと!今だめだこいつって思ったでしょ!」


「わかってんなら勝手に人の写真撮るのやめてくださいよ。」


「い~や!だって大好きな景色を背景に絶好の被写体がいるのに、こんなシャッターチャンス撮らないなんてもったいない!」


 あまりにストレートな物言いに三郷は思わず絶句し、次いで日下に合わせていた視線を勢いよく海の方に逸らした。日差しのせいか何だか顔が熱かった。隣から漏れた「ふふっ」と言う声に思わず手が出たのは言うまでもない。





*****





 資料室の中は作品を守るためかカーテンが引いてあり昼間でも薄暗い。三郷は扉横にある電気のスイッチを入れると室内を見渡した。蛍光灯の明かりの下で見るとふわふわと細かいほこりが辺りを漂っているのがわかり三郷はわずかに眉をひそめた。


 そう頻繁に出入りする部屋でもないのだし仕方ないか。そう思い直し資料室の棚を順番に見ていく。長田の話の通り写真は年ごとに整理されているようだ。これならすぐに見つかりそうだ。三郷はほっと一息ついて埃の積もった棚を探し始めた。





 目的のものはすぐに見つかった。あの文化祭の日、三郷に衝撃を与えた写真は、該当年の文化祭と題されたアルバムの中に収められていた。

 アルバムに入るようにと展示の際より小さくなったそれは、ほかの写真に埋もれることなく、相も変わらず三郷の目を引いた。

 三郷は目を細めて、触れるか触れないかの位置でその写真に手を伸ばす。元気にしているだろうか?

 幼稚な自分のくだらない意地のせいでずいぶん長い間、彼女とは顔を合わせることはおろか連絡すら取っていなかった。





*****





 三郷は急いでいた。先ほど職員室で漏れ聞いた話の真偽を一刻も早く本人に確かめなければならなかった。

 廊下を走る三郷に通り掛かった教師が注意をしても、おざなりに返事を返すだけで足を緩めることはない。後ろから教師の怒鳴り声が響いてきたがそんなことを気にする余裕はなかった。心臓がバクバクと五月蠅うるさい。

 昼休み終わりかけの廊下は人が多く、何人もの人にぶつかりそうになりながらも三郷は目的の教室にたどり着いた。突然現れた後輩に教室内の視線が刺さる。三郷はそれらの視線を軽く流し、無言で教室内をさっと見渡すと目的の人物…日下のもとに歩み寄った。


「千昭?どうしたの?」


 日下が戸惑ったように声をかけるも三郷は応えを返すことなく、強引に日下の腕をとり引き摺るように教室から連れ出した。

 廊下ですれ違う何人もの生徒が興味津々に二人を振り返っている。それらを気にすることなく三郷は黙々と足を動かした。日下が必死に三郷の名を呼んでいる。しかし三郷はそれをまるっと無視して屋上に連れ込んだ。

 屋上に出た瞬間チャイムの音が鳴り響く。そこにはすでに誰もおらず静まり返った屋上はいつもと変わらない様子でそこにあった。いつもと違うのは放課後のざわめきがないことだけ。


「千昭?」


 ようやく解放された日下が三郷の名を呼ぶ。三郷は何か言おうと何度も口を開きかけるが結局何も言うことなく口を閉じる。それを何度か繰り返したところで、三郷は拳を握り締めた。やっとで口から出た声は掠れ酷く聞き取りづらいものだった。


「……さっき…職員室で……」


 いったんそこで言葉が途切れる。


「………………留学…するって……」


 消え入りそうな声で最後の言葉を絞り出した。


「………ほんとう?」


 聞き間違い出会ってほしい。三郷は縋るように日下を見つめた。日下は一瞬視線を周囲に彷徨わせると躊躇うようにおずおずと肯いた。


「ごめんね。言おう言おうと思ってたんだけど、なかなかタイミングがつかめなくて。世界に出て視野を広げたいなって。職員室で聞いたの?先生のお喋りには……」


 言い訳のように続いた日下の言葉は三郷には届かなかった。手足がしびれ何かの膜に包まれたように感覚が外部と遮断された。

 日下が自分の手の届かない遠くに行ってしまう。


 ドコニ?シラナイ。ドウシテ?ワカラナイ。


 …何モシリタクナイ。


 これが地に足がつかないということだろうか。頭の中の冷静な部分でどうでもいいことを理解した。







 先輩。ドウシテ何モ言ッテクレナカッタノ?









次話は13時に予約投稿済みです。

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