ゲームの世界に行ってみた。
ある晴れた昼下がり。
俺こと時遠透は、同級生の小谷に誘われ、ゲームの世界へとやって来た。
ここは仮想世界に構築された、ゲーマー向けのポータル領域。
広いエントランスには、友人との待ち合わせや、ゲーム開始前のプレイヤー達が大勢いる。中でも新規と思われるプレイヤーは、皆コンソールを呼び出して、何やら登録を行なっているようだった。
(トーリ様、まずは名前の登録です。アカウントはチップのIDに紐づけられておりますので、他に特別な手続きは必要ないようです)
頭の中から聞こえる不思議な声。名はアスタ。
俺の脳チップにインストールされた、ナビゲーターと呼ばれる特殊なAIアプリケーションだ。ちなみに通称はナビ。
(ゲームって、ワクワクするねー)
そして、こちらの声はトーコ。
こいつに関しては事情が少し違うのだが、あえて説明はしない。
興味があるなら本編を読んでくれ。って、誰に言ってるんだろうな。
えっと、名前は「トーリ」でいいか。
あ、ダメだ……残念。同じ名前が使われてる。
(ご安心下さいませ、トーリ様。その名はたった今、データベースから削除されたようです)
(えっ? そうなの? それはラッキーだな)
(はい。トーリ様の名を語るなど、許されないことです)
少しだけ後半の言葉が気になるが、今はそんなことを考える余裕はない。
次は遊ぶゲームを選択する。
多数の選択肢が並ぶ中、ひときわ異彩を放つバナーが目に留まる。
表示されている利用者数もダントツに多い。
小谷に誘われたのはこれだな。
俺はバナーを選択した。
そこは仮想世界に構築された、夢と魔法の王国。
誰もが憧れる冒険を体験できる場所。
その名は――――
『Another Code Explorer』
なんだか、黒いネズミが出てきそうな謳い文句だったが、そんな大仰なタイトルの後に表示されたのは、キャラクターメイキング画面。
まず最初に自分の種族と職業を決めるようだ。
(種族はヒューマンだな。なあ、二人とも? 職業って何がいいかな?)
俺は頭の中で二人に話し掛ける。
(うーん、勇者?)
(トーコ……勇者なんて職業ないよ)
(トーリ様、たった今職業が追加されたようです)
(うそっ!? どれどれ? あ、ほんとだ)
俺は迷わず“ゆうしゃ”を選択する。
なんで平仮名なんだろうな。
とりあえず、これでキャラ作成は終了のようだ。
説明によると、パラメータは脳チップの身体データから読み込まれ、そこに種族固有のスキルとボーナスが上乗せされるようだ。つまり、リアルで腕っぷしが強い奴は、ゲームの中でも同じく強いというわけだ。よって、レベルの概念は存在しない。強くなるためにはリアルで身体を鍛えるか、ゲーム内でスキルを磨くしかない。中途半端にリアルの影響を受けている……マゾいだろこれ。
まずは今作成したキャラのステータスを開いてみる。
名前:トーリ
職業:ゆうしゃ
種族:ヒューマン
武器:なし
防具:ぬののふく
すいぶんとシンプルだ。
まあ、装備なんて自分の目で見えるからな。
必要最低限なのかも知れない。
インベントリも見てみよう
Vorpal Weapon
さいごのかぎ
う、これだけか。
このアルファベットのアイテムは何だろうな。
詳細を見ると、両手武器。
攻撃力は“???”になっている。
(なあアスタ、この武器って知ってるか?)
(はい、トーリ様。トーコからのプレゼントだそうです)
(そうなのか。悪いなトーコ、ありがとう)
(礼には及ばないさー)
(なお、“さいごのかぎ”は私からのプレゼントでございます)
(アスタもありがとな)
(もったいないお言葉です)
ナビ持ち向けの優遇措置なんだろうか。
何も持ってないよりは助かるな。
今度はスキルを見てみる。
アクティブスキル
へるぷ:相手の都合次第で、イケメン&ヤンデレナビのペアを召喚して戦わせる。
超へるぷ:相手の都合関係なしに、上記二人を強制召喚して戦わせる。
パッシブスキル
お爺ちゃん子:祖父の影響で、しばしば古いネタを口走る。
ゆうしゃのカリスマ:他人の家から何を盗んでも犯罪にならない。
常時W召喚:常に二体のナビと行動できる。
噴いた。
ちょっと、この滅茶苦茶なスキルはいったい何だよ。
いくらなんでも、これはマズいだろ。
(あのな、お前たち)
((……テヘ♪))
まあ、作ってしまったものは仕方ないが、他人に迷惑の掛かるアクティブスキルだけは封印する。
変なことしてゲームを壊したら、怒られるだけじゃ、済みそうにない。
これで一通りの確認は終了した。
俺は小谷と合流すべく、待ち合わせ場所へと向かう。
「おっす! トーリ! やっと来たね」
「よう、小谷。誘ってくれてありがとな。キャラは作ったんだけど、これからどうすればいい?」
「ゲームに入ると、最初に降り立つ町を選択できるんだ。俺は“レダの町”を拠点にしてるから、トーリもそこにおいでよ。大きな町ではないし、出現地点は決まってるから大丈夫。迎えに行くね」
「了解! “レダの町”だな。で、下らない質問で悪いんだが、ゲームに入るにはどうすればいい?」
「エントランスの奥に転送用のゲートがあるんだ。ほら、あの標識だよ。一緒に行こうか」
小谷が指差した標識には、矢印と共にゲートのマークが描かれていた。
俺は案内されながらゲートへと向かう。
ゲートまで来た俺は、まずその大きさに圧倒される。
そこは筒状になっていて、まるで巨大な塔。
中心にはエレベーターのようなものが数多く設置されていて、遥か上空まで伸びている。
また、その周囲はゲーム別に区分けされ、数多くのモニターや椅子が置かれていた。
「ここがゲートか。言葉の通り、なんだか大きな空港に居るみたいだな」
「言われてみればそうだね。あの中心に見えるのがゲートだよ。使い方は簡単。自分がやりたいゲームのゲートに入れば自動で転送されるんだ。トーリはもう設定が終わってるから、そのまま入って大丈夫だよ」
「じゃあ、行こうか小谷」
「うん」
俺は小谷と一緒にゲート内へと足を踏み入れる。前に見えるプレイヤー達の姿は、次々と光の粒になって上に吸い込まれていた。
「頭の上に大きな掃除機でもあるみたいだな」
「確かにそう見えるね」
そして、俺たちはゲームの世界へとシフトする。
途中で出現ポイントの選択肢が出たので、レダの町を選んだ。
柔らかに降り注ぐ太陽の光。
ウミネコの鳴き声と、爽やかな風が運んでくる潮の香り。
そこで俺が見たのは、立ち並ぶ白亜の建物と、遠くに広がる真っ青な大海原だった。
(トーリくん、ここ良いところだねー)
感動した口調で語るトーコ。
(素敵な場所です。トーリ様)
アスタも感動しているようだ。
まるでエーゲ海。旅行ガイドにでも載っているような場所だ。
小谷はどこまで趣味が良いのか。
素晴らしい景色を目の前にして、俺は感嘆の溜め息を漏らす。
「トーリ! レダの町にようこそ!」
感動している俺を小谷が迎えに来てくれた。
「いいとこだな。こっちに住みたくなるよ」
「そうでしょ? 俺もこの町はすごく気に入ってるんだ。トーリも気に入ってくれて良かったよ。ここはシチリア半島を模してるんだってさ」
そう言って、嬉しそうな顔で話す小谷。
「ところで小谷、お前のその顔と格好はなんだ?」
「ああ、俺の種族はエルフだからね。ゲームの世界では相応の恰好だと思うけど、おかしいかな?」
そうだった。ここはゲームの中だっけ。
声で小谷だと分かったものの、普段とは異なる外見だ。
特に目立つのは、長い耳と長く伸ばされたブロンドの髪。
顔には面影が残っているものの、実際に話してみないと本人かどうかは断定できないほどだ。
服装は革製の鎧だろうか。特に銀色の金属に綺麗な模様が彫られた、いわゆる“世紀末救世主伝説”的な肩当てがカッコイイ。腰には小剣を下げており、背中には弓を背負っていた。
「おかしくはないよ。ゲームの世界なんだから、当たり前だよな。ところで、俺はこれから何をすればいいんだ?」
「何をするのも自由だよ。あくまでもロールプレイ、“役割を演じる”だけ」
「うーん、村人Aになってもいいし、トンヌラ王子みたいに、あちこち寄り道してもいいってことか?」
「その王子が誰かは知らないけど、何をしてもかまわない。極端な話、犯罪を犯すのだって自由だよ。それで、賞金首になって逃げ回るのだって自由なんだ。まあ、最初は誰だって混乱するよね。まずは町の中を案内するよ。付いて来て」
そして俺は、石畳を歩きながら、小谷の説明を聞いていく。
「まずは宿屋、“白い木馬亭”。疲れたら、ここで休むといいよ。下で食事もできる。もちろんリアルでお腹が一杯になるわけじゃないけどね。それと、泊まるにはお金が必要だけど、小遣い稼ぎはあとで教えるよ」
そこは三階建の大きな建物。
周りと同様に白い壁に覆われており、入口の上には鋳物の看板が取り付けられていた。
そして、扉の向こうからはリュートの音色も聞こえている。
雰囲気とマッチしたその曲調は、異世界に来たことを改めて感じさせた。
見上げると、屋上には柵があるのが見える。
あそこからの眺望はきっと素晴らしいだろう。
「次は武器屋、“ボッタクル商店”のレダ支店。戦うつもりなら、ここで装備一式を揃えるといいかも。本店は王都にあるから、いずれ行くことがあるかも知れないね」
宿屋に比べて、小ぢんまりとした印象だ。
覗いてみるが、店員は欠伸をしている。
客はいないようだった。
「こっちはネギーマート。略してネギマ。武器以外、ポーションからキャンプ用品まで何でも揃う。リアルのコンビニみたいな店だね。外国人プレイヤーのネギーって人が経営してるんだって」
まさかコンビニとは。大衆化の流れはゲームの中にも押し寄せているのか。
「あと、あれは、“ケント寺院”のレダ出張所。あそこでは、状態異常になった時に助けてもらえるんだ。もちろん有料だけどね。総本山は今いる大陸の南西、オリンポス山だったかな。ちなみに地図はいつでもコンソールで見られるから、確認しておくといいよ」
小谷が丘の上の小さな教会を指差す。ここからは多少距離があるように見える。
多数の人影があるところを見ると、けっこう繁盛していそうだ。
宗教法人ってのは、どこでも儲かるんだな。
「最後にここが魔法屋。魔法のスクロールが売ってる。アイテムとして使うことで、書かれた内容が発動するんだ。まあ、使い捨てだけどね」
狭い路地にある店だ。扉には魔法陣が描かれている。
一人で入るのには、ちょっとした勇気が必要かも知れない。
「ご苦労さん。案内してくれてありがとう」
案内が終わり、俺は小谷に礼を言った。
見るもの全てが真新しいので、まるで小谷が旅行の添乗員のように思えた。
「どう致しまして。そう言えばトーリ、こっちでナビを使うんだよね?」
「ああ、使うつもり。普通に呼び出せばいいんだよな?」
「そうだね。あと、ナビにも職業があるから、一応確認してみたら?」
「分かった。ちょっと見てみる」
俺はゲーム専用のコンソールを開いて、二人の情報を見てみた。
名前:トーコ
職業:そーどますたー? すぺるますたー?
種族:Unknown Explorer?
武器:なし
防具:大きなリボン フリルのドレス
アクティブスキル
剣帝暴走:指定エリア内に存在する、全ての生物を滅殺する。
バリスタ:弩砲を創造して、追尾機能のある矢を射出する。
春曲げ丼:世界の終焉。大質量の惑星を創造して、地上に落下させる。
聖剣乱舞:黄金の剣を無数に創造して、時空ごと崩壊させる。現在使用不可。
パッシブスキル
天真爛漫:いつでも元気。主の命令は尊重する。
想いの欠片:好感度常時MAX
名前:アスタロト
職業:ますたーびしょっぷ? おらくるますたーぷらちな?
種族:Unknown Explorer?
武器:なし
防具:大きなリボン フリルのドレス
アクティブスキル
リセットボタン:あらゆる事象を捻じ曲げ、無かったことにする。
パケット改竄:データの流れを遅延、もしくは停止する。
データ経絡秘孔:突かれた者は、オーバーフローして内部から崩壊する。あたた。
ラグな六:世界の終焉。ゲーム空間のデータを全て破壊する。
パッシブスキル
古の契約:王に永遠の忠誠を誓う。命令には絶対服従。好感度常時MAX
大公爵様:常に高慢的。アスタロト本来の性格。
二重人格:主以外の者には態度が異なる。
俺はそっとコンソールを閉じた。
とても恐ろしいことが書いてあったような気がするが、見なかったことにする。
「ところで、小谷? 魔法って自分でも使えるのか?」
「使えるよ。俺たちが学園で習ってるプログラム構築と理論は同じ。このゲームの魔法専用言語、“エレメント”を使うんだ。属性は”地・水・火・風・光・闇”に分かれてて、基本はそれを組み合わせることで発動する。もしくはアセンブラが使えるなら、属性に依存しない、特殊な魔法を作り出すこともできるよ」
そんなの俺には絶対ムリ。
しっかし、小谷はゲームに関しての知識は、あいつ並だな。
(今の内容って、トーコにできそうか?)
(余裕だねー。もう、何でも作っちゃうよ?)
(トーリ様、この程度なら私でも扱えます)
魔法はこの二人に任せるか。
「そういえばトーリ、ここは設定で体感時間が引き延ばせるんだよ。最長でリアルの一時間がここでの一日にできるんだ。今のうちに設定しておいたら?」
「そんなこともできるんだ? ちょっとやってみる」
再度コンソールを呼び出して、最長に設定する。
これなら短い時間でも充分に楽しめそうだ。
「こんなゲームの世界、いったい誰が作ったんだろうな?」
「ドクター・トキトーって人が作ったんだって。外注の開発者だそうだよ。今でもどこかで、メンテナンスしてるとか」
「ふーん、どこかで聞いた名前だな。あとは、小遣い稼ぎだっけ? 俺一銭も持ってないみたいだ」
いくらスキル持ちとは言え、こんなリアルな世界で盗みを働くのには抵抗がある。
もう少し様子を見ながら、試した方がいいだろう。
「おっと、そうだったね。こっちに来て」
小谷に付いていくと、さっきの宿屋並に大きな建物が見えてくる。
そこには、“ヒーローワーク”と書かれた看板がぶら下がっていた。
「ここは、職業安定所。店番から危ない仕事まで、いろいろ斡旋してくれるんだ。受付で登録すれば、いつでも自分に合った仕事を紹介してくれる。逆に、こちらから仕事を依頼することもできるよ。他にも職業ギルドとか、色々な組織があるんだけど、そのへんはゆっくり覚えていけばいいと思う」
俺は早速手続きを済ませる。
登録自体はすごく簡単。受付に自分の名前を伝えるだけ。
あとは勝手に情報を読み取ってくれるそうだ。
そして、コンソールには現在アクティブな仕事の一覧が表示される。
常に件数が変動しているのは、リアルタイムで更新されているからだろうな。
「この中から選んで受注すればいいのか?」
「その通り。ただ、遠くにある仕事は受けられないから気を付けて。詳細検索ができるから、近場でスクリーニングを掛けた方がいいね」
「ああ、試してみる。それと、ずっと俺に付いててもらうのも悪いから、小谷はゲーム楽しんできていいよ?」
「うん、了解。何か分からないことがあったら、いつでもWIS入れて。このアイコンね」
コンソールを開いた小谷が丁寧に説明してくれた。
ゲーム内専用の通信機能か。
こいつはほんといい奴だな。
でも、格上げはしないぞ。それは本編だけだ。
「じゃあ、トーリ。頑張ってね」
言った小谷が懐からスクロールを取り出す。
『風の精霊よ。我をエンジュの杜に運び給え』
すると、辺りに風が巻き起こり、竜巻のようなものが小谷を包み込んだ。
そして、空高く舞い上がった小谷は、俺に向かって手を振ると、どこかへと飛んで行く。
エフェクトはカッコイイが、あれ読むの絶対に恥ずかしいよな……。
この先、俺が使うことはないだろう。
(そろそろ出番だな。二人とも出てこい)
俺が頭の中の二人に声を掛けると、見慣れた双子が姿を現す。
「呼ばれて飛び出てジャ……古いからやめよっと」
「お呼び頂き、ありがとうございます」
もの凄いズルをしている気がするが、とにかく俺の冒険はこうして始まった。