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魔法少女との付き合い方

作者: 折角全

ごめんなさい。タイトル詐欺です。

魔法のステッキで変身するような魔法少女は出てきません。

専門用語もとい業界用語が乱用されております。

 部活を辞めた。

 今までは体育会系の熱血主義の、そういう部活に入っていたのだが、空気に馴染めなくて九月いっぱいで辞めた。飽きっぽい僕としては、これでも長持ちした方だろう。

 しかし放課後が暇になって、最近の僕は部活を探していた。今度は文化部がいい。適当にやれて、息抜き程度になる部がいい。

 そう思っていたところに、彼女は声をかけてきた。

「綱木君、魔法とか魔術とか呪術とか儀式とか占いとか錬金術とか神話とか天使とか悪魔とか神学とか宗教とか興味ないかな?」

「メルヘンとファンタジーは小学校で卒業しました」

 授業が終わって欠伸をしながら教室を出た僕に、彼女は訪問販売の霊験あらたかな壺くらいに怪しいものを勧めてきた。

 一つ上の先輩である彼女は、名前を白浜山子といった。少し変わった名前だと控えめに言ったら、書きやすくて覚えやすいと自慢された。

 少し身長が低く、明るい性格で表情がよく変わる人。

 そして彼女はオカルト研究部の部長とのことだった。

「魔法っていうとどうしても作りもののフィクションっぽいけれどさ、世界には昔から色々な魔法があったんだよ。利益を得るためのもの、人を呪うもの、人外の相手を祓う術。様々に体系化されていて」

「読書の邪魔です」

「綱木君はクールだねー。で、魔法の体系としてはね、例えば呪いの類は分かりやすくて」

「邪魔ですってば」

 オカルト研究部は人員が不足しているということで、今年中に部員を集めなければ廃部になるらしい。

 そうした理由から、白浜先輩は僕が部活を辞めて以来、頻繁に勧誘に現れるようになった。

 他にも勧誘する相手はいるだろうと聞いてみると、すでに学校内の部活動をしていない全生徒に声をかけたらしい。それでも部員が集まらないのだから、その人気のなさは推して知るべしである。そして当然ながら、僕もそのような人気のない部活には入りたくない。

 そもそも何故このような胡散臭い部活が部として認められているのかと問うと、地域の伝承や歴史を研究することでなんとか学校に認めさせているということだった。

「素人でもできる簡単な魔術ってのもあるんだよ。術者に依存するものより、道具そのものに力がある魔術とかだね。例えばタロットとかは、意味を読み解く知識さえあれば誰でもできる。タロット自体に力があるからね。他にはルーン魔術とか」

「どう工夫しても興味を引かれる内容にはなりませんよ」

 体育会系な部活を辞めて、ひと月が経った頃のことだった。

 この頃には、白浜先輩が学校内ではオカルト趣味としてちょっとした有名人であり、嫌われてこそいないが、やや避けられているということも聞いていた。

 そろそろ入る部活を決めたかったのだが、休み時間と放課後には白浜先輩がついて回り、中々他の部活を見る機会を得られずにいた。

 放課後には図書室で本を読んで時間を潰すことが増えていて、その日も読みやすそうな薄い文庫本の小説を読んでいた。

「どうして? 綱木君、魔法とか嫌い?」

 黙々と本を読む僕に対し、机を挟んで対面に座った白浜先輩は少し強い口調で聞いてきた。

「愛情の反対は憎しみではなく無関心だそうですね。マザーテレサ曰く」

「関心くらい持っても損はしないと思うな。魔法において信じるってことは非常に強い意味を持つんだよ。信じるには当然関心がいるわけで」

「興味ないです」

 いつも努めて冷たく返事をする僕に対し、白浜先輩は簡単には熱が冷めないようだった。

 ネタが尽きないのかと思うほど、毎日魔法関係の知識を聞いてもいない僕にしゃべり続ける。実は勧誘よりも、好きなことを説明しているのが楽しいんじゃないだろうかと疑ったこともある。

「とりあえず一カ月やってみて、綱木君が勧誘になびかない人間というのは分かったよ」

「そうですか」

 気付くのが遅いと思った。

「というわけで、今日からは交渉しようと思う」

「そうですか」

 つまりただ頼み込むのではなく、なにか条件を提示してくるということだろう。

 白浜先輩が用意する「条件」には多少の興味があったが、ここで関心を示すとつけあがりそうなので、変わらない返事を返しておいた。

「条件その一。入部したあかつきには、綱木君を副部長にしてあげよう」

「交渉になってないです」

 期待していた分、脱力感が強かった。ついでに僕がかつて所属していた部活では、副部長とは雑用係の意味だった。

「む。まぁ綱木君がこの程度で釣られてくれるとは思ってないもんね。場を和ませる冗談だもんね」

「え?」

「真顔で聞き返さないでほしいよ。えーと、条件その二。ローブ、聖水、四元素武器、インセンスあたりはこっちで買ってあげる。基礎的な魔術の入門書は部室のを勝手に読んでくれて構わないし、グリモワールだってあるよ。金銭的に損はさせないってわけだね」

「そもそも入部しなければ必要ない出費に関して保障されましても」

 条件その一よりはまともに違いないが、これもまた交渉にならない。デメリットを緩和しているだけで、こちらのメリットになっていないからだ。

 白浜先輩の方を見てみると、拗ねたように頬を膨らませていた。頬を膨らませて怒りを表現する人を初めて見た。

「えー、じゃあ条件その三。えーとねー。そーだねー」

「条件その二までしか考えてなかったんですか」

 その場で考え始める白浜先輩に呆れて肩を竦めると、彼女はこちらを睨んで声を張り上げた。

「じゃ、じゃあ条件その四! これはあんまり言いたくなかったけど!」

「言いたくないなら言わなくていいですよ」

「なんと言いますか、非常に申し訳ないんですが、無理に部活動に参加しなくてもいいですので、その、我が部に籍を置いていただけないでしょうか」

 急に白浜先輩が低姿勢になった。

 部員が足りなくて必死になっているのだから、とりあえず籍を置いてくれということか。彼女が僕を入部させることにおいて、最大限の、これが限界という譲歩なのだろう。

 しかしこれも交渉になってはいない。

「どれもこれも、僕にメリットがないですよ」

「うぐ。えーと、えーと」

 白浜先輩が頭を抱えて考え込み始める。

 静かになったので、僕は読書に戻ることにした。

「こんなに頼んでるのにー」

「必ずしも努力は報われないということです」

「昨日は色々成功祈願の魔法を使って、お守りも用意したのにー。タロットでも正位置の『世界』だったのに。ほらほらこれ見てよ」

 白浜先輩が机の上になにやら並べ始める。

 模様が刻まれた木片がいくつか。模様は血のような赤で染められているが、おそらくはインクだろう。

 円形の中に図形が書かれた紙が三枚。それぞれ黒と橙と黄色で書かれている。そしてこれも円形の中に四角い図形が刺繍された布が一枚。

「ルーン文字のソエル、ソロモン王の大いなる鍵の太陽の七の護符と水星の五の護符に土星の七の護符、これは黒い雌鶏のタリスマン」

 一つ一つ説明しようとする白浜先輩に、ため息をつく。

「全く効果ないじゃないですか」

「えー、そんなはずないんだけどな。曜日も時間も間違えてないし」

 白浜先輩が分厚い手帳を取り出す。あれに資料をまとめてあるのだろうか。

 しかしこれでは根底から問題があるように思える。

「混ぜすぎなんですよ。北欧神話由来に、全く異なるグリモワール(魔術書)から二つ。色々やればいいってもんじゃないでしょう」

 サテンの布で作られたタリスマンを指先で拾い上げて、呟く。

 それを聞いた途端、白浜先輩が首を傾げた。

「ん、ルーン文字が北欧神話ってよく知ってるね。グリモワールのことも」

「RPGでもやってればいくらでもその手の単語は出てきますよ。引いてはオカルトなんてその程度のものってことです」

「でもでも、ちょっと興味がありそうだったよ」

 白浜先輩が笑顔を浮かべる。しかし視線は獲物を見つけた猫のようだ。

 オカルトが嫌いなわけではない。好きなわけでもないが、避けているわけではないから知っている知識もある。

 僕が入部を断り続ける最大の理由はオカルト研究部そのものである。廃部寸前で、名前からしても怪しい。そんな場所に入りたくないという意識が強かった。

 しかし建前は「オカルトに興味がない」ことを理由に入部を断っている以上、今のは口が滑ったと言うほかない。

「脈ありだ」

「興味はないですよ。何度も言ったじゃないですか」

 対応を間違えたかもしれない。余計なことを言うべきではなかった。

「多少なりとも知識があるなら、なおさら綱木君は我が部に入るべきだよ。きっと楽しいよ」

 白浜先輩が僕の手を掴む。

「綱木君、自分にメリットがないから入部したくなかったんだよね? 楽しいっていうのは、メリットだと思うな」

 白浜先輩の言葉に言い返せないわけではなかった。

 しかし白浜先輩の表情を見ると「楽しい」ということを否定をする気にはなれなくて、僕はなんとなく条件その四を前提にオカルト研究部に入部した。


          ***


 オカルト研究部といっても、あからさまに怪しいものではないらしい。

 カーテンで締め切った部屋にロウソクを灯して香料を焚きまくっている様を想像していたのだが、白浜先輩に連れてこられた部室は思ったより綺麗だった。

 窓を開けて換気していたし、床や机の上は片付いている。運動部の部室よりも丁寧に掃除されているのは確かだ。壁際には棚が並べられ、本や魔術に使うと思しき道具が詰め込まれている。

「昔は雰囲気出そうとしたこともあったんだけどね。部員勧誘キャンペーンの一環でこういうことに」

「なるほど。正しい判断です」

 入部届にサインをして白浜先輩に渡すと、白浜先輩は嬉しそうにそれをファイルに挟んだ。

「他の部員は? 少ないとは言っても、先輩一人ではないのでしょう?」

「うん、あと二人いるよ。今日は別のところで活動してるのかな」

 僕と、白浜先輩と、もう二人。計四人か。

「部活動の最低人数は五人だったと思うのですが」

「そうなんだよ。今年中にもう一人集めなきゃね」

 照れたような困ったような、微妙な表情で笑う白浜先輩。

「帰宅部の友人は数人いますし、いざとなれば籍だけ置かせますよ。僕みたいに」

「おー、綱木君頼もしい。でもできれば一緒に活動できる人がいいな」

「僕は籍を置くだけですからね」

 部活動に積極的に参加するつもりはないということは、強く念を押した。牽制である。

「ちょっと他の部員に電話してみるね」

「メールじゃないんですか?」

「二人ともメール気付かないんだもん」

 白浜先輩が携帯電話を耳に当てる。

 コールにして三十回くらいは鳴ったんじゃないかという頃に、白浜先輩が話し始めた。

「あ、後藤君? 出るの遅いよー。今どこ? え……えー、買い物? 今戻ってこれる?」

 部員の一人は後藤という名前で、買い物に出かけているというのは白浜先輩の言葉から分かった。

 一分も話さずに、白浜先輩が電話を切る。長電話の癖はないらしい。

「二人とも買い物だって。インクと羊皮紙が切れたとかなんとか。この羊皮紙が安くないんだよね」

「売ってるんですか? 羊皮紙なんて」

「二年くらい前にお店ができたんだよ。魔術用品専門店。通販メインみたいだけど、お店でも売ってもらえる」

 白浜先輩は説明しながら、本棚から数冊の本を持ってきた。

「とりあえず、イニシエーションしないとね。知ってる?」

「一応は。でも僕は籍を置いてるだけですし」

「まぁまぁ、やっておこうよ。難しいものじゃなくていいから」

 白浜先輩が本を机の上に並べる。初心者向けの魔術についての解説書だ。

 イニシエーションとは、日本語で言うと参入儀礼である。人が魔術の道に足を踏み入れる時、或いは魔術結社に入る時などに行われる。

 僕は真面目に魔術師になろうなんて考えていないから、今回はオカルト研究部に対する入部を示すための後者の方だ。

 本を広げて、白浜先輩が口を開く。

「イニシエーションのやり方なんてばらばらだし、とりあえず形だけでいっか。ローブとか用意するから明日やろう」

「ローブ……」

 きっとコスプレにしか見えないことだろう。

「じゃあとりあえず今日は何しよう」

「帰っていいなら帰ります」

「えー、なにかしようよ」

 白浜先輩が戸棚を開けて、中に置かれた道具を漁り始める。

「綱木君はどんな魔法が好き? ウィッチクラフト? ルーン? なんかのグリモワール?」

「好きな魔法以前に、魔法が好きでもないですよ」

「じゃあ好きになってほしいなぁ」

 白浜先輩が戸棚から取り出した物を机の上に置く。

 カードの束だ。あまり状態は良くないようで、傷や紙の劣化が見える。

「タロットカード。私はこれが一番好きかな」

「占いですか」

「タロットはゲーム用にも使えるんだよ。トランプみたいに。やる?」

 そう言って白浜先輩はカードを配り始めた。

「小アルカナと、ジョーカーで愚者のカードが一枚ね。ポーカーでいいかな?」

「ポーカーって、賭けがなければただの運次第のゲームですよ?」

「いいじゃんいいじゃん。私頭使うの苦手だし」

「そういうことなら構いませんけど。ファイブカード・ドロー、セブンカード・スタッド、テキサス・ホールデム。どれにします?」

「ファイ……なに?」

「ポーカーは色々とルールがあるという話です。白浜先輩がご存じのルールでいいですよ」

「綱木君は物知りだねー。私、あんまり友達とトランプしたことなくてさ」

 白浜先輩の言うポーカーはファイブカード・ドローだったらしい。五枚カードを受け取り、手を見る。

 トランプではないから数札に加えて絵札が四種類あるのだが、基本的なルールはタロットでも変わらない。

「私三枚交換。綱木君は?」

「ノーチェンジ」

 カードを引いた白浜先輩の目が変わる。ポーカーフェイスとは程遠い人のようだ。

「ではオープンですね」

「私はこれ! 五のスリーカード」

「ワンドのフラッシュです」

 白浜先輩の前にカードを並べる。

「えー、なにそれ強い」

「白浜先輩、前にもこれでトランプしたことがあったんじゃないですか? きっと固まってたんですよ」

「ちぇっ。もう一回だよ」

 白浜先輩がカードをかき集める。

 しかし僕の手札を拾おうとしたところで、手が止まった。

「ねぇ。綱木君。このカードの意味、知ってる?」

 白浜先輩が指差したのは、ワンドのエース。

「出発点って意味なんだよ」

「……先輩から見れば逆位置じゃないですか」

 なにが面白いのか、白浜先輩はクスクスと笑っていた。


          ***


 翌日の放課後、白浜先輩はわざわざ教室に僕を迎えに来た。

「一緒に行こう」

「それは構いませんが」

 部室くらい一人で行けるだろうと思った。

 しかし何故か嬉しそうな先輩に引っ張られるようにしてしばらく歩き、違和感に気付いた。

「部室は逆方向じゃありませんか?」

「今日はイニシエーションだからね。私の家でやるんだよ」

「先輩のご家庭? わざわざ?」

「もう後藤君も木須ちゃんも呼んでるもんね」

 すでに他の部員を呼んでいるというのなら、ここで不審がっていても相手方に迷惑である。

 粛々と白浜先輩について学校を出て、いつもの登下校とは違う道を歩く。

「立ち入ったことかもしれませんが、ご家庭の事情は大丈夫なんですか?」

「大丈夫。お父さんは単身赴任してるし、お母さんは占い師やってるから。仕事でいないとは思うけど、いたところで説明すれば分かってくれるんだよ」

 理解ある家庭なんだよ、と白浜先輩は自慢げに言った。

 白浜先輩の家は、学校から五分程度の近い所にあった。小さいが綺麗なマンションである。

 そしてマンションの前に来ると、他の部員であろう二人が立っていた。

「待たせてごめんねー」

「いや、さっき着いたところだ。お、君か。新入部員は」

 男の先輩が一人と、同級生の女の子が一人。

 男の方が手を差し出してきた。

「俺は後藤政和だ。二年だから一応先輩だな」

 後藤先輩は眼鏡をかけた長身の男だった。百九十センチはあるかもしれない。

 握手をするとに妙に力を入れてきて、この男は運動部の方が向いているんじゃないだろうかと少し考えた。

「木須薫子。よろしく」

 もう一人の女の子、木須さんの方は、少し無愛想だった。僕自身愛想は良くないから気にはならないが、こちらは実に文科系らしい風貌である。

「まぁまぁ上がって」

 白浜先輩に連れられて、ぞろぞろとマンションに入る。エレベーターがあったが、白浜先輩の家は二階ということで階段で上った。

「我が家へようこそ」

 通された白浜先輩の家は、部室と同じくすっきりと片付いていた。意外と掃除上手な人なのかもしれない。

 しかし所々に怪しげな民芸品の仮面などが置いてあるのは、白浜先輩本人か、或いは占い師だという母親の趣味だろうか。

 部員をリビングのソファーに座らせると、白浜先輩はお茶を淹れるといってキッチンに行った。

 白浜先輩がいない間に失礼にならない程度に部屋の中を眺めていると、後藤先輩が話しかけてきた。

「部長から籍だけ置く形とは聞いているが、それでも君が入ってくれてよかったよ。なんとか廃部を免れることができるかもしれない」

「いえ、中途半端な形で済みません」

「構わないさ。正直、俺もオカルトが好きなわけじゃない。いや、民俗学的な学問としては嫌いじゃないし勉強もしたが、部長のように魔法を信じてるわけじゃないんだ」

 思いがけない言葉に、後藤先輩に視線を向け直す。

「なんだ? オカルト研究部のメンバーなんて、皆メルヘン脳だと思っていたか?」

「いえ、そこまでは」

 しかしそれなら何故このような部活に入ったのか。

 そういう問いを視線に込めると、後藤先輩はそれを読み取ってくれた。

「恋バナしようぜ。俺、部長のこと好きなんだよ」

「……なるほど」

 青春らしい動機だった。悪いこととは思わない。

「部長、ああいう趣味だから学校でもちょっと避けられててさ。こう、庇護欲が」

「はぁ……」

 そこに思いがけない横槍が入る。

「魔法はあるわ」

 木須さんだった。

 ちょっと不機嫌そうな目でこちらを睨んでいる。

「これだけ広く知られて研究されてきたものが全て荒唐無稽な作り話なんて、それこそ荒唐無稽だわ」

 苛立っているらしい木須さんに、しかし後藤先輩はそれを挑発するように鼻で笑って見せた。

「クラークの三法則って知ってるか? 第三法則だ。十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかないってな。錬金術は化学の基礎になった。そういうことだろ」

「頭の固い……科学なんて、研究する人が多いから進歩しているだけよ。科学者が皆魔法を研究すれば、きっとそれは見つかるわ」

 同じ部員でも、三者三様の立場のようである。

 とりあえずこの二人はあまり仲良くないようだ、と傍観しながら考えていると、盆を持った白浜先輩が部屋に入ってきた。盆には紅茶と、クッキーが載った皿が置かれている。

「喧嘩しないのー」

「喧嘩じゃないさ、議論だよ」

「そうなの?」

 後藤先輩に簡単に騙される白浜先輩を眺めつつ、礼を言ってティーカップを受け取る。

 紅茶を配り終えると白浜先輩はまた部屋を出て行って、今度はすぐに戻ってきた。手には黒い布を抱えている。

「今日は綱木君のイニシエーションするからね。はいこれローブ」

「本当に用意したんですね……」

「手作りだよ。あ、裁縫は得意だから安心してね。サイズも大体大丈夫だと思うんだけど、変なところがあったら手直しするから」

 渡された黒い布をしげしげと眺める。作りは簡単だが、首回りや袖など丁寧に作られていた。

「タウ十字法衣っていうんだ。タウ十字ってのは、フランシスコ会が使ったT字型の十字」

 後藤先輩が解説してくれる。確かに単純なこの形はT字型に近い。

「イニシエーションって、具体的にはなにを?」

 ローブを体に当ててサイズを見ながら、白浜先輩に聞いてみる。

「面倒な手順は飛ばして、誓約だけで済ませるつもりだよ」

「後藤先輩や、木須さんのときもそうしたんですか?」

 白浜先輩が考え込むように手を頭に当てた。

「木須さんの時はそうだったよ。後藤君の時はやらなかったっけ。その時部員は私一人だったから、イニシエーションって感じじゃなかったし」

 白浜先輩の言葉に、後藤先輩が頷く。

「とりあえず沐浴。綱木君はお風呂行ってね」

「風呂?」

「お清めだよ。さっとシャワー浴びてくればいいから。えーと、タオルは」

「あ、いえ、タオルは自分のを使います」

 運動部時代の癖でいつもスポーツタオルを持ってきていてよかった。白浜先輩も女性だ。タオルの貸し借りには抵抗がある。

 言われた通り簡単にシャワーを浴びてくると、後藤先輩に無理やりローブを着せられた。案の定、ローブはあまり似合わなかった。

 白浜先輩に連れられて、そして奥の部屋に通される。

「こんな部屋もあるんですね……」

「儀式には必要だからね」

 奥にあった部屋は、カーテンで閉め切られていた。明かりはロウソクの火で、香料の匂いが充満している。

 僕が想像するような、正しく魔法的な雰囲気の部屋だった。

 あまり広くない部屋だが、ロウソクを倒さないようにしつつ部員四人が部屋に入る。

 入部を明確にするためのイニシエーションだから、部員全員がいた方がいいのだという。

「ルールのある魔術結社ならともかく、イニシエーションに決まった作法なんてないから適当にいくね?」

 同じくローブを着た白浜先輩が僕の対面に立つ。

 珍しく真面目な顔をしていたが、これが魔法に取り組むときの白浜先輩の表情なのだろう。

 口調は軽いが、言葉は重い。

「この場合必要なのは誓約。まずはイニシエーションの大本命。魔術を志し、日常を捨て、魔術の道に生きること」

「それは」

「そうだよね、綱木君には関係ないことだから、ここは飛ばす。だからここ、オカルト研究部に入る上での誓約。つまりここで得た知識を安易に外部に漏らさないことと、魔法を悪用しないこと」

「誓います」

「じゃあOK。それと」

 白浜先輩が急に手を伸ばす。同時に左胸、心臓近くに軽く痛みが走る。

「今回のイニシエーションのモチーフは破壊と再生。つまり今までの状態の自分は一度死んで、もう一度再生するイメージ。はい、綱木君は一回死にました。ごめんね?」

 白浜先輩が、手に何かを持っていた。

 明かりが暗いので見えにくいが、ナイフのようだ。

「あ、模造品だから」

 僕の視線に気付いたのか、白浜先輩がナイフを自分の手に当てて見せる。

 あれで心臓をつく真似をしたらしい。形の上での死というわけだ。

 そして先輩が真面目な表情を崩す。

「イニシエーションは終わり。皆お疲れ様」

 思った以上にあっけないものだった。

 こんなものなのかと試しに後藤先輩の方を見ると、軽く肩を叩いてきた。

「これでお前も正式に部員だ」

「イニシエーションで魔法を拒否するなんて、信じられない」

 楽しげな後藤先輩に対して、木須さんはまた不機嫌な様子で先に部屋を出て行った。

 後藤先輩も部屋を出ていき、白浜先輩と二人で部屋に残される。

 白浜先輩はロウソクを消して、僕の方に振り向いた。

「あわよくば、綱木君に魔法を信じることも誓ってもらおうと思ったんだけどな」

 悪戯っぽい笑顔を浮かべる白浜先輩。

「魔法なんて、ありませんよ」

「そんなことないと思うけどな」

 わざとそっけなく言ってみると、白浜先輩はローブのポケットに手を入れた。

 出てきたのは木片と紙片と布切れ。昨日図書室で見せてもらった、お守り。今も持ち歩いていたらしい。

 模様が書かれていなければゴミとすら取られかねないそれらも、魔術的には力があるのだという。

 ルーン文字より成功を示す文字、ソエルが刻まれた木片。紙に書かれているのはかの大魔術師メイザースがまとめたグリモワール、ソロモンの大いなる鍵に書かれた惑星の力を借りる護符。三枚すべてが状況を打破する意味を持つ。布はサテン地で、これも有名なグリモワール、黒い雌鶏に記されたタリスマンの一つ。自分に反対するものを抑える力を持つという。

 つまるところ、オカルト研究部に入部を渋っていた僕に対して、白浜先輩が用意した品々だ。

「綱木君、入部してくれたじゃない。ちゃんと魔法は答えてくれたよ」

 お守りがあったから入部したわけじゃない。

 しかしそのことを口に出す必要は、ないと思った。


          ***


「綱木君が入部してから、もう一週間か」

 部室で777の書の解説本を読んでいると、先輩が唐突にそう呟いた。

「まだ一週間ですよ」

「あまり楽しいことできてないね」

「籍を置いているだけですから」

 ここ数日は、木須さんは頻繁に護符作成だの魔術実践だのをやっていて、後藤先輩は金枝篇を読み耽っていた。そして僕は二日に一回だけ部室に行って、部室の本を読んで暇を潰していた。

「綱木君、タロット占いしてあげようか」

「いえ、結構です」

「えー、じゃあ何占い? 占星術? ルーン? 占いといえば、こっくりさんなんてのもあったよね」

「……ありましたね」

「まぁ、オカルト研究部としてはウィジャボードかな」

 こっくりさんもウィジャボードもテーブルターニングの一種だ。オカルト的には降霊術、科学的には無意識が原因ということになっているが、魔法の存在云々は置いておいても精神的な負担が大きい危ない遊びである。

「じゃーん。これがウィジャボード」

「怪しげな遊びは禁止よ」

 先輩が戸棚から木製のウィジャボードを取り出してきた時、突然大きな音を立てて部室のドアが開かれた。

 視線を向けると、赤いフレームの眼鏡をかけた女の先輩が立っている。

「会長じゃん」

 白浜先輩が呟く。彼女のことは僕も知っていた。この学校の生徒会長だ。

「どうかしたの?」

「人員不足のオカルト研究部に部員が増えたって聞いたものだから。どんな手を使ったのか確認しに来ただけよ」

 生徒会長が僕の顔を一瞬だけ睨む。

「説得したんだよ」

「それでこんな怪しい部活に人が増えるとも思えないのだけど」

「えー、部室も明るくしたし、全然怪しくないじゃん」

「その不気味な板切れはなによ」

 会長にウィジャボードを指差され、白浜先輩が楽しそうにそれを掲げる。

「これはウィジャボードって言ってね。この板にプランシェットっていうポインターをおいて、霊に質問するのに使うの。こっくりさんと似てるんだけど」

「没収。うちの学校は十年以上前からこっくりさんは禁止」

「えー、なにそれ校則?」

「古い規則の名残よ」

 会長がウィジャボードを取り上げ、白浜先輩が悲しそうな顔になる。

「使わないから返してよー」

「今使おうとしてたじゃないの」

「もうしないからさー」

「却下」

「えー、じゃあいつ返してくれるのさ」

 白浜先輩の言葉に、会長がニヤリと笑う。

「オカルト研究部が廃部になったら返してあげるわ。この部室から撤去してもらうときについでにね」

「廃部になんかならないよ! 綱木君も入ってくれたし!」

「それでも一人足りないじゃないの。言っとくけど、部活動の活動許可は生徒会が全権握ってるんだからね」

 会長はオカルト研究部の存続に否定的らしい。オカルト研究部がどのような部活なのかを考えると、無理からぬことだった。

「そもそも彼の入部事態怪しいものよ。白浜さん、あなた非合法なことしてないでしょうね」

「してないよ!」

 会長の視線がこちらを向く。嫌な予感がした。

「綱木君といったかしら。例えばこの女に脅されたとか、しつこく付きまとわれたとか、賄賂を渡されたとか、そういう事実はないかしら」

 一か月に渡る説得を行われたことを考えると、二番目はあながち間違ってもいない。

 しかしここで全て真実を話す必要はない。

「いえ、入部は先輩の純粋な熱意に魅かれたからです」

「ほらー、綱木君もこう言ってる」

 白浜先輩が調子に乗って、会長に食ってかかる。

 会長は鬱陶しそうな顔で、白浜先輩に告げた。

「じゃあ例えば、形だけ入部しているってことはないでしょうね?」

「へ?」

「名前だけ借りて、部員の人数を水増ししてるとか、そういうわけじゃないでしょうね?」

 図星である。

 あまり良くない流れだなと思いながら白浜先輩を見ると、顔が青ざめて汗をかいていた。とても分かりやすい反応である。

「幽霊部員は別にいいのだけれど、そういうのは部員の人数としてカウントしないことになってるから」

「な、何の話かな。別にそんなの関係ないもんね……」

 白浜先輩、声が震えているし語尾が小さい。

 籍を置くだけでは部員にカウントされないというのは、僕も初耳だった。人数の少ない部活にそのような手段で居座られては困るということか。規則としては真っ当な話だが、僕たちの立場ではマイナスにしか働かない。

 会長はため息をつくと、僕に話しかけてきた。

「そういうことだから。名前だけ貸すのはなしよ」

「名前だけというわけではないですよ」

「白浜さんの様子を見ればバレバレよ」

「急な腹痛かなにかでしょう。というわけで先輩を休ませますので、続きはまた明日」

「え、ちょっと……」

 やむを得ず、僕は会長を強引に部室から追い出した。

 ドアには鍵をかけ、本当に具合の悪そうな白浜先輩を椅子に座らせる。

「綱木君、えっと、バレてないよね?」

「間違いなくバレています」

「えー、じゃあどうしよう?」

「僕も知らなかった話ですからね……部室に来ていないわけじゃないですし、強引に突っぱねればなんとかなるかもしれませんが」

 会長は是が非でもこの部を潰したいようだったし、そう上手くいくとも思えない。

「大丈夫かなぁ……」

 白浜先輩の不安そうな声が、耳に残った。


          ***


「そりゃやばい。川島会長に目を付けられたのはやばい」

 翌日の部室。

 後藤先輩に生徒会長が部室に来たことを話すと、彼は顔をしかめた。ついでに会長の苗字が川島だということを初めて聞いた。

「綱木。あんたも真面目に部活動をやりなさい。それで丸く収まるわ」

「木須さんは無茶を言わないでくれ……」

「無茶を通して道理を殺すのが魔術師だわ。イニシエーションまでした人間にそんな中途半端が許されると思っているの?」

 木須さんはオカルト研究部を潰されては困ると言い、僕に部活動に参加するように強く言ってきた。むしろ参加しないことに文句を言い、詰ってきた。

 そこまで言われる筋合いはないが、木須さんの気持ちは分からなくもない。

 木須さんに詰め寄られる僕を見て、後藤先輩が口を開く。

「綱木としては迷いどころだろうな。オカルト研究部なんて怪しげな場所にいたくないって理由で、中途半端な立ち位置をキープしてたんだろ? 会長の言ってることは、『怪しげな場所』に片足だけじゃなく全身で飛び込めってことだ」

 言葉にしてしまえばそういうことだった。

 まだ僕にはオカルト好きの仲間として世間に見られる決心がないということだ。

「まぁ正直、変な目で見られるよなぁ。木須もそうだろ?」

「周りの目なんか気にしていたら、真の探求はできないわ」

「つまり変な目で見られてるんだな」

 後藤先輩は言外に、やめたいのなら部活をやめてもいいと言っているようだった。

 木須さんはそれ以上文句は言わなかったが、時々睨みつけてくる。

「部長はなんて言ってた?」

「自分にはなにも強制することはできない、とだけ」

「部長らしい。最後の一押しが弱いんだ、あの人は。そんなところも素敵だが」

 後藤先輩がため息をつく。

 白浜先輩は、今日は部室に来ていなかった。

「綱木。こういうのはどうかしら?」

 戸棚の前に立っていた木須さんが、なにかを持ってくる。

「タロットか」

 後藤先輩が渋い顔で呟く。

 初めてこの部室に来た時、先輩と使ったタロットだった。

「運任せってのはお勧めしないね」

「ただの運ではないわ。タロットの結果は運命よ。それにあなたには聞いてない」

 木須さんが僕にタロットを差し出す。

「聞いているのは綱木君。大アルカナ二十二枚。そのカードの意味するところで決める。どう?」

「全く関係のないカードが出たらどうするんだ。恋人とか」

「運命を示さないカードなんて、出るわけないでしょう」

「……分かった」

 断ったら呪いでもかけられそうな雰囲気だった。

 木須さんが満足げに頷く。

「普通はスプレッドといって数枚のカードを目的に合わせて並べて占うのだけれど、今回は一枚あれば十分ね。正位置と逆位置が分かるように一枚引きなさい」

 タロットは正位置と逆位置、つまりカードを引いた時、上下の向きがひっくり返っているか否かで意味が変わる。基本的に逆位置は正位置と真逆の意味を持つため、気を付けなければならない部分だ。

 シャッフルは木須さんが行おうとしたが、後藤先輩が止めた。

 木須さんはカードの傷を覚えていて、裏から操作できるらしい。

「これ、数日前に白浜先輩とポーカーに使ったんですが」

「ああ、部長は傷なんて覚えてないよ。あの人にそんな器用なことはできないから」

 後藤先輩の説明に、不思議と納得してしまった。

 後藤先輩も一部傷の位置を覚えてしまっているということで、自分でシャッフルして、自分で一枚引く。

「なにを引いたかしら?」

「……『死神』」

 鎌を持った骸骨が書かれたカード。タロットの十三番、名前を書かずに無記名とされることすらある、不吉のカード。

 死神のカードをテーブルに置くと、木須さんは今までで一番強く僕を睨んだ後、口を開いた。

「正位置の死神。意味は言うまでもなく死。離散、離別の意味もあるわね……」

 木須さんはしばらく僕を睨んでいたが、鞄を掴むと早足で部屋を出て行った。

 後藤先輩が肩を竦める。

「運命って言ってたのは木須の奴なのにな」

「これ、従った方がいいんですかね?」

 死神のカードを摘み上げてみる。

「木須から見れば正位置だが、お前から見れば逆位置だろ。タロットなんか気にするな。木須はああいう性格だから、タロットもネガティブな解釈になりがちなんだ」

 後藤先輩はタロットは好きではないようだ。

「そういえば、白浜先輩はタロットがお好きと言っていましたね」

「……あながちタロットもバカに出来ないな」

 後藤先輩は純粋な人だった。

「会長はあまり待ってくれないだろうなぁ。今日は生徒会があると聞いているが、暇になればすぐにお前に問い詰めに来るぞ」

「でしょうね……」

 ぼやく後藤先輩に、肯定を返す。

「どちらにしても、早く決めておくことだな」

 後藤先輩は、そう締めくくった。


          ***


 会長は本当に暇になった途端に現れた。

 部活の時間が終わって帰ろうと靴箱に向かうと、そこで会長が待っていたのである。

「今日は具合の悪い先輩も、鍵のかかるドアもないわよ」

「……そのようで」

「はっきりさせてほしいわ。あなたはあの胡散臭い部活で、本当に活動する気があるのかどうか」

 会長の口調は厳しかった。曖昧なことが嫌いなのかもしれない。

「そう胡散臭くもないですよ。存外部室は綺麗です」

「私が綺麗にさせたのよ」

「部員勧誘キャンペーンの一環と聞いていましたが」

「入れ知恵よ。私にも部室を綺麗にすればちょっとはマシになるんじゃないか、なんて考えた時期があったの」

 会長は嫌なことを思い出しているような顔をしていた。嫌なことを思い出しているのだろう。

「で、答えはどうなの? あなたが名前を貸しているだけ、というのは分かっているわ。入部直後にも、何度か部活を休んでいたようだしね」

「そういうわけでは」

「まぁいいのよ。今までどうだったかは、一切置いておきましょう。あなたはこれから、名前を貸すだけの幽霊部員になるつもり? それとも活動を行うつもり?」

 誤魔化すことを許さない、そういう話し方だった。

 糾弾するかのように僕に指を突き付け、言葉を続ける。

「正直に言うわ。私はオカルト研究部なんて部、学校に必要ないと思う。ありもしないものに真面目に取り組むなんて非生産的よ。個人の趣味でやるならともかく、学校として認めるわけには」

「魔法なんてない、なんてのはちょっと悲しいかな」

 硬質な会長の声に対し、柔らかくて軽快な声が響いた。

 昨日、会長が部室に突然現れたように、彼女は突然に横槍を入れた。

「ちょっと話に入れてもらうね、生徒会長」

「白浜さん……」

 会長が眉をひそめる。

 いつの間に来たのか、白浜先輩が僕の隣に立っていた。

「これは綱木君の問題のはずだわ。あなたが勝手に口出ししないで頂戴」

「まぁまぁそう言わずにさ。部活の事は、綱木君に任せるよ。私は魔法の話をしにきたの」

「そんな話、興味ないわ」

「綱木君もよく言ってたよ、興味ないって。でもそんなことなかったんだよね」

 白浜先輩は、どことなく楽しそうだった。

 ふと、思いだす。魔法について話すときと白浜先輩は、いつも楽しそうだった。

「魔法が嫌いな人なんて、いないと思うんだよ」

「……っ」

 会長が一瞬言葉に詰まる。

「魔法って、人の願望、夢だもの。魔法という存在が畏れられたり、魔法使いが願いのために悪いことをしたり、或いは科学のために魔法が否定されていったり、他にも色々理由があって、魔法にも悪いイメージがついてるけどさ」

 白浜先輩が笑顔を浮かべる。魔法について回るネガティブなイメージを、ひっくり返す。

「夢が嫌いな人なんて、いないよ」

「あなたは、あなたはどうなのよ!」

 会長の矛先が僕に向く。叫ぶような言葉だった。

 答えはもう、決まっている。

「僕も魔法は好きですよ」

「存在するかも分からない、いいえ、存在しないもののことが?!」

「存在云々じゃない。そういう意味では、僕も魔法なんか信じてはいません」

 白浜先輩の方を見る。やっぱり彼女は、笑っていた。

「魔法がなくたっていい。でも、魔法について語ったり、試してみたり、そういうことを、僕は楽しいと思います」

「……そう。それがあなたの答えね」

 会長はそういうと、僕たちに背を向けた。

「……不愉快よ。私は認めないわ」

 背中越しに会長はそう言い残し、廊下を歩いて行った。

「なんとかなったねぇ」

 白浜先輩がペタンとその場に座り込む。気を張っていたようだ。

「お疲れ様でした」

「綱木君もね」

「しかし先輩、どうしてここに?」

「会長が変なことしないか見張ってたの」

 今日、部室に来なかったのは訳があったようである。

「帰ろっか」

「僕と先輩、家の方向が逆ですけどね」

「あ、そっか。じゃあもう少しここで話していこう」

 座ったまま白浜先輩は、魔法について話し始めた。一か月前から、勧誘の度に聞かされた話だ。

 しかしそれらも、不愉快ではない。

「だから呪術は二つに分けられるとされているの。つまり類感呪術と感染呪術っていってね」

「フレイザーですね」

「お、正解。綱木君、時々妙に魔法に詳しかったりするよね」

「昔はオカルトに傾倒していたこともあったんですよ」

「そうなの?」

 白浜先輩が意外そうな視線を向けてくる。

「小学校の頃までですけどね」

「なんで?」

「同じ頃に魔法に傾倒してた奴が、こっくりさんの途中で気絶しまして」

 それ以来小学校でオカルトが禁止になって、僕も自然と魔法から離れていた。

「だからちょっと知識には偏りがあるのですが」

「タロットとかあんまり詳しくないよね」

「タロットは白浜先輩の得意分野じゃないですか」

 その会話の途中に、ふと思い出す。

「先輩、タロットの死神って、先輩ならどういう解釈をします?」

「え? 死神?」

 白浜先輩が少し考え込む。

「スプレッドのどこに出たかとか、正位置逆位置でも変わるんだけど。でも死神って、悪いカードじゃないんだよ」

「死神なのに?」

「死神なのに。イニシエーションは覚えてる?」

 当然だ。一週間ほど前のことだし、印象も強い。

「イニシエーションの時、ナイフで刺すふりをしたじゃない? あれが破壊と再生を意味するのね。タロットの死神も同じ。死神の死には、新しいスタートの意味があるの」

 白浜先輩がスカートをはたいて立ち上がる。

「だから私の死神の解釈は、どんなときでもプラスイメージ」

「ポジティブですね」

「タロットって、自由に解釈できるから。いい方に取らなきゃ損だよ」

 帰ろっか、と先輩はもう一度言った。

 次は僕も頷いただけだった。

 季節はもう夜が早くなる時期で、空は暗くなっていた。

 先輩が先に歩き始めて、追いかけるように僕も歩を進める。

「もうすぐハロウィンだね」

「なにかしますか?」

「仮装だけじゃオカルト研究部って感じじゃないし。サウィン祭にしよう。焚火をしてさ」

「楽しそうですね。白浜部長」

 少しだけ呼び方を変えてみると、白浜先輩はくすぐったそうに笑っていた。

拙作をお読みいただきありがとうございました。お疲れ様です。

身内での短編発表会用に作ったものでした。分かりにくい部分や、冗長、或いは説明不足な部分もあったかもしれません。

しかし魔法というものをテーマに書けて、楽しかったです。

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