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ark 歩く  作者: 黒衣優
7/12

05

 先日行われたインストアイベントから21時間後、arkメンバーは仙台市内のライブ会場にいた。


本日のチケットは随分前に完売したようで、残すは今日の当日券のみだった。

理由はこの会場がやや中規模であり、せいぜい500が定員だからだ。

それは今回に限ったことではなく、arkが訪れる会場は常に小さい。

大きくても700までといった会場は、バンドの知名度にあまりに沿わないものだった。

インディーズ時代半ば頃からその不思議なスタイルは続き、メジャーデビューした今も変わることはない。

おかげでチッケトは常に完売し、ファンを困らせた。

それでもファンからの苦情が少ないのは、会場が小さい分頻繁にライブを開催し”また次の機会”を設け続けてきたからだ。

関東、関西といった中心部はもちろん、北から南までの地方遠征。

しまいには海外ツアーもまれにあるものだからarkは業界から”旅バンド”と言われる程だ。

そもそもなぜarkがそこまでして小規模の会場にこだわる理由ももちろんあり、その理由もまた、ファンたちを熱くさせた。


通常、バンドが大きくなればなるほど会場は大きくなり、その分ライブ自体が減ってゆく。

それは今まで共に歩んできたファンたちを遠ざける大きなきっかけになりえる、というのが理由だった。

決してライブやインストアイベントに参加している者だけがファンではないが、arkはそういった楽しむ時間を共に協調できるファンを大事にした。

そんな思考から今までメジャーへの転向など皆無でバンド活動を続けてきたものの、知名度と共にセキュリティーの面が深刻化し(事件は進宅にて起きた!)、とうとう今回のメジャーデビューに至った。

そしてarkメンバーが一番気がかりな件でもあった、ファンとの距離も、困難な交渉と多少の条件を果たすことを約束にarkのスタンスは無事まもられたのだった。





「歩夢ー、起きてー。」

ライブハウスの屋上、甲高い声が響いた。

「起きてる。」

歩夢は薄く瞳を開けた。

久しぶりに視界に写ったのはくすんだ曇り空と、衣装に身を包んだリリスだった。

「もうみんな着替え始めてるよ?」

「相変わらず、リリスは早いね。」

確か随分前からその格好だったようなきがして歩夢は苦笑いする。

「だって、この衣装凄く自信作なの。」

そう言ってリリスはくるりと回ってみせると、スカート内部のペチコート(女物はよわからない)というヤツがふわりと揺れた。

ロリータファッション調の白一色のミニドレス。

一見正統派ロリータだが上半身は肩から背中にかけて大きく露出しており、正直大きくはない胸はほんの少しだけ顔を出している。

そんな露出の多い今回のリリスの衣装。

けれどそれは下品さやいやらしさなどを全く感じさることはなく、むしろ幻想的で高潔な何者かを連想させた。

「テーマは天使だよ。」

リリスは得意げに言った。

「でも飛ばないの。」

急に笑顔を消すと、リリスは自分の足元を指す。

「のー・ふらい、足が大事ね?」

ピンクのパンプスがきらりと光る。

「その通り。リリスのセンスはやっぱり凄いな。」

歩夢は身体を起こしながら言う。

本当にお世辞抜きでリリスのデザインは素晴らしく、arkベース担当兼衣装さんとファンから親しまれる程だ。

「ありがとー。でね、歩夢にも早く衣装着てほしくて靴だけ持って来ちゃった。」

なぜか自慢げにリリス言う。

そして銀色に輝くブーツを歩夢に渡す。

「サンキュ。」

思わず苦笑いして歩夢はブーツを受け取った。

「今日はこれから雨降るんだよー?こんな所で寝過ごさないでねー。じゃ先行ってるから!」

リリスは踵を返すとぱたぱたと駆けて行き、階段付近で立ち止まる。

「あ、あとね。のー・くらい!歩夢!!」

歩夢は一瞬少し驚き、目を瞬く。

「女の勘って怖いな。相変わらず。サンキュウーー。」

全て見透かされている恥ずかしさや嬉しさがこみ上げて、歩夢は笑った。

それを確認するとリリスは満足したように階段を降りて行った。


歩夢はリリスの見送くったあと、受け取ったブーツを見つめる。

リリスは曲に合った衣装作りを心がけるのはもちろんのこと、それぞれのメンバーをより惹きたてるデザインの衣装を作る。

そして誰に要望されることなく、メンバーの好み、尚且つコンプレックスを見抜き衣装を作るという鋭い洞察力を持ち合わせていた。

このブーツも、衣装ということもあり多少派手ではあるが、歩夢はきにいっていた。

少し小さくも見えるが一見男物の鮮やかなブーツ。

けれど歩夢と同じ背丈の男性が履けば確実にシンデレラとはいかないサイズ。

これは23・5㎝といった男性物にしては明らかに小さいサイズだからだ。

それもリリスの細やかな気遣いであり、歩夢は改めてリリスの優しさにため息をこぼす。

実はというと今では自分のトレードカラーになりつつある銀色も、リリスによる自然なプロデュースによるものだった。

歩夢を黒にも白にも属さない存在と理解したうえでの銀。

あえて灰色としなかったリリスに歩夢は救われた気さえする。

そして今日も、落ち込んでいたのを見透かされ励まされるのだから、リリスには驚かされるばかりだ。

あの性格だから、きっと無意識なのだろうけれど。


歩夢はくすんだ空をぼんやりと見つめた。

灰色の雲が空一面を覆う。

まるで底なしの悩みのようだと歩夢は思った。

「銀になれるのか、な。」

未知ではないけれど、ひとり言を呟く。

灰色が銀になることを世間は簡単に許しはしないだろう。

また瞳を閉じると、涙を浮かべた少女たちや憤慨した少女たちが浮かびあがってくる。そして、昨日の少女も。

あの瞳の結末は、いつも決まっていい結末を迎えたことがなかった。


歩夢は銀になれない灰色の自分を、無限に広がる曇り空と重ね合わせるのだった。







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