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音のならないスタジオはいたって静かだった。
5人のメンバーは沈黙し楽譜とつらづらと書かれた詩に目を通している。
結成3年目にして晴れてのメジャーデビューとなるこの楽曲は、必ずしも 良い 曲ではならなかった。
「うーん、いいね。コレを見る限り僕好みのキレのいい激しくも耳障りしない、いい曲になりそうだ」
そう言って長い沈黙から先陣を切って話だしたのは紫色の長い髪がいたについた色男、ドラムの進だった。
進はよほど気に入ったのか上機嫌でエアドラムをしてみせる。
イタリア人の母を持つ進は日本人離れした抜群のルックスのおかげか、ナルシストなところがたまに傷だが何をしてもさまになった。
「わわわ。進ノリノリー。私もノリノリー^^」
次に悪ノリしてきたのはベースのリリス。
プラチナブロンドにピンクメッシュ、柔らかな髪を可愛らしくツインテールにまとめあげた少女はソレを勢いよく左右に振り回し暴れだした。
リリスは小柄な体系に大きな瞳は正しくアイドルの様で、arkの紅一点的存在であり、ドラム進と共にバンドを支える影の立役者だ。
そんなark きっての電波コンビの二人の漫才は、ライブ、インストアにおいて今では欠かせないオプションとなっている。
「ウルサイ・・・。」
そんな2人に常に終止符を打つのが、下手ギター未知。
正しく不健康という言葉の象徴の様な小柄な少年だ。
青白い肌に輝く白髪、ビジュアル系バンドといえどもそうそういないでだろう顔中のピアス。
しまいにはライブにおいて真っ赤なカラーコンタクトを身につけるものだから未知はまるで二次元から飛び出した非現実的なキャラクターだった。
未知は端正な顔立ちを歪ませ呪いの呪文を呟く様に言葉を続けた。
「耳障り、目障り、つまりウザい。」
「んもー、みっくんったら今日も相変わらず超不機嫌だねぇ。」
進はエアドラムを中止すると大袈裟に肩をすくめてみせた。
「未知もやればいいんだよ。楽しんだよ?」
正真正銘の電波少女リリスは非常に残念そうに眉を下げた。
未知はそんな二人にますます不快感を覚えたのかぶつぶつと呪文を、否、言葉を発している。
「はいはいはい、はい!」
そこにきれの良い終止符が打たれた。
三人の、正確にいえばarkのまとめ役、上手ギター後太だ。
赤色の短髪に爽やかなマスク、常にバンド、メンバー、ファンを意識し行動、発言をする後太は頼りになるリーダー存在だった。
比較的他バンドに比べ個々に楽曲提供をしあえるarkメンバー内でも最も後太は提供楽曲数が多く、シングルにてのカップリング、アルバムでの新曲提供をそつなくこなす器用な才能の持ち主だ。
「とりあえず今日はそこまでにしといてくれ、頼むから。コンビもトリオも次のライブかインストでやってくれれば、俺もファンの皆も大喜びだ。」
多少の皮肉まじりの言葉も彼の人間性から誰も苦に思うメンバーはいるわけもなく、一員は後太の言葉に耳を傾けた。
後太はそれを確認するといつものあとくされない苦笑いを消して真剣な表情を見せ、メンバーを見渡した。
「皆、わかってると思う。これは俺たちのメジャーデビューシングル。絶対に成功させなくちゃならない。いや、する。」
最後の一言は自分に言い聞かせるように強い口調だった
平均年齢の低いメンバー内で後太は最年長というこよもあり、過去一番多くのバンド経歴を経ており、今回のデビューには何か思うものがあるようだった。
「これは絶対いけるよ。ファンの子たちもきっと受け入れてくれる。もちろんこれから急激にこの音源から新規は増える。確実に。」
そんないつになく真剣な後太の空気にメンバーも同調し、真剣な眼差し、表情になる。
そう、今回起こる出来事は個々に状況への感情は違えど、正しくメンバーにとって人生の転機となることは間違いなかった。
「だから、今の俺たちが出せる最大限の実力を音にしてやろうぜ。」
後太はギターを一つ鳴らせると二カッと笑った。
次にリリスが一つ、未知が一つ、進がドラムを叩き〆る。
メンバーは自然と視点を合わせた。
視点の先は今回のデビューシングル楽曲提供者、ボーカル歩夢。
歩夢はメンバーの顔を一人一人見やった。
個性豊かに多彩なる才能を合わせ持つ仲間たちに、歩夢は無限の可能性を感じていた。
そして自分への可能性をも強く感じることができる今に、心地良い胸の高鳴りを覚える。
「歩夢、いい音期待してるぜ?」
後太はもう一度ギターを鳴らせてみせた。
「まかせとけ。」
頷き立ち上がりしっかりと歩夢は答えた。
五人の夢が、歩夢の夢がまた一つ近づいた瞬間だった。