Naked3~混戦模様の異世界恋愛事情~
「――すごく、怖かった。あたしはここで誰一人仲間のいない異邦人で、わけもわからないから、最初は言われるままにあちこちへ移動させられて――シシィのお陰で精霊殿で保護してもらえなければ、力の使い方もわからず、翻弄されるだけだったと思うの」
教室でも大人しく、もの静かで、自己主張などまったくしない、クラスメイト。
そんな彼女がなんと異世界の救世主だったのです――な、衝撃の事実を知って、見知らぬ世界での一夜が明けました。
ちゅんちゅんぴぃぴぃ囀ずる鳥の声に、異世界でも朝は変わらないのか、と寝起きのボケた視界でジャンプしても届かなさそうな天井を睨みつつ、思う。
沢家の弟妹たち、両親とそのオマケ、お元気ですか? 理胡は元気ハツラツ、異世界二日目を迎えたところです。おはよう。
いや、こんなひっろいベッドに寝たの初めてだわー。
スプリングとかマットの点で、寝心地はイマイチだけど、そりゃ地球世界の最新寝具と較べたら悪いわよね。すみません、贅沢言って。
一晩たっても微妙にこう、状況に文句言い足りない苛立たしさが残ってるもので。
いつもの放課後。図書室で居残り読書をしていた私は、廊下で不審者がクラスメイトに絡んでいるのを発見し、当然救出のち通報し、何事もなくバイトに行くはずだったのだ。
不審者が、異世界人でなければ。
結論を言えば、クラスメイトを対象とした世界をまたぐ誘拐事件に巻き込まれ、私も何故か異世界トリップ。
とりあえずの交渉の結果、私たちの世界へ、時間のズレがないよう帰していただくことになったのだが。
その帰す術というのが一朝一夕にはいかないらしく、否応なく逗留することになり――というのが昨日一日の出来事。
起き上がって横を見ると、当事者であるクラスメイトの佐竹一美が、身体を丸めた姿勢でまだ眠っていた。
可愛らしくも小動物っぽい。
撫でたら目が覚めちゃうか、とつい伸ばしかけた手を止める。
昨夜色々話してるうちに気が高ぶって泣き出しちゃったし、精神的に疲れているだろうから、佐竹さんはもう少し眠らせておこう。
そろりそろりとベッドを降りて、隣の部屋へ移動すると、既に侍女のひとが控えていた。
背筋がピンと伸びた、しっかり者そうな彼女は私に気づいて、一礼。
「おはようございます。お支度をお手伝いさせていただきます」
「ありがとう。彼女は、もう少し眠らせておいてあげてくれますか」
静かにうなずいた侍女さんは、昨日も佐竹さんを気にかける様子を見せていた人だ。たぶん、前回の滞在のときに、彼女と個人的に親しくなっていた人なんだろう。
やり手っぽかった宰相さんが私たちにつけるということは、それなりにこちらの味方であり、あちらにも融通が利く人物だということかな。
うん、絶対保証を要求して、認めてもらったけれど、野放しにされるとは最初から思ってない。
ある意味、監視されていた方がこちらの身の安全面でも安心てものだ。
「ごめんなさい、お名前訊いてもいいかしら。私は沢理胡、たぶん発音しにくいでしょうから、サワでもミィコでもリコでもお好きに呼んで?」
ちなみに私の名付け親になった青い目の人物は、自分で付けたくせにミチコを発音出来ず、三番目の例を取っている。
侍女さんはしばらく口の中で名前を呟き、納得したのか頷く。決まったらしい。
「――では、ミィコ様と。わたくしはクラリサと申します。こちらに滞在の間、お二方のお世話を務めさせていただきます」
「よろしくお願いしますね」
用意された水を使って顔を洗い、衣服を身に付ける。
コルセットとかついたドレスだったらどうしよう、と心配だったんだけど、幸い裾こそは長いけど、ワンピースといっても差し支えのない簡素なものだった。
布はゴージャスだったけどね。
「カヅミ様のお好みに合わせて、ミィコ様にも同じものを用意させていただいたのですが……」
不都合ございました? と訊ねてくるクラリサに否定を返した。
もうちょっと短めがいいけど、たぶん生足とか出しちゃマズイ文化園だろうなと判断して、お礼を言うに留める。
いつもは顎辺りで二つに分けて結んでいる髪は、頭のてっぺん辺りから編み込みを作って肩に流すお上品な髪型に整えてくれた。
おお、お嬢様っぽい。眼鏡が台無しだけど。
少し曇った鏡に映る自分の姿を確認して、礼を言う。
さて、これからどうしようかしら、と悩むまでもなく、クラリサが何故かためらいがちにお伺いを立ててきた。
「あの、それで……よろしければ、ギデオン様が、朝食をご一緒できないかといらしているのですが」
ギデオンとは元凶その二の白髪頭か。ちょうどいい、情報も整理したいし、他人からの話も聞きたかったのだ。
金髪王様野郎とは親しげだったし、佐竹さんから聞いたところによると、「前回来たときはとてもお世話になった」そうだから、彼女たちの事情にも通じてると予想する。
そのあとに付け加えられた、「変わってるけど、いい人だよ」という言葉に、不安がないわけでもない。
でもまあ、何を考えているかはわからないけれど、悪いようにはされないだろうと、頷いて隣の部屋へ移動した。
入ったとたん、目に入った光景に回れ右したくなる。
「おはよう、ミチコ」
「おはようございます、ギデオンさん」
にこやかに挨拶をかわしつつも、微妙に私は引いていた。
なんですかその両手一杯の花束は。
いやいや、嬉しそうに手渡されても、どうしろと!
困惑しているのに気づいたのだろうか、そつのない侍女クラリサは、さっと側に来て私の手から花を受け取ってくれる。他のメイドさんに花瓶を探しに行かせ、花は人の手から人の手へ。
……アレ、どどーんと部屋に飾られちゃったりするのかしら。するんだろうな。
手に一輪だけ残した花をチョンと私の髪に飾るという芸当を成し遂げ、満足げに頷いた彼は、こちらの手を取りテーブルまでエスコートしてくださる。
おかしな言動ばかりしているかと思えば、紳士的にも振る舞えるらしい。
……控えているメイドさんたちが、やっぱり挙動不審なのは気にしない方向で。うん。
「父に抜かりはないと思うけれど、昨日はよく眠れましたか」
「ええ、ぐっすり――父?」
ギデオン氏の父親なんぞにお会いしてたかしら、と首を傾げると、彼もまた首を傾げる。
「何かありましたか? 遠慮しないで言ってください、ミチコのことは気に入ったみたいだったから」
気に入られる以前に、だからアナタの父って誰――訊ねる前に、向こうから答えがやって来た。
一糸乱れぬ動作で給仕をして下さるメイドの方々に見惚れつつ、好きな食べ物やら趣味やら訊いてくるギデオン氏に適当に答えていると、宰相がいらしたのだ。
ご挨拶に立ち上がろうとすると、やんわり止められたので会釈のみで済ませる。
朝からダンディな宰相様は、私の隣でアレコレ世話を焼こうとするウザ……いえ親切なギデオンさんを見つけて眉を上げた。
「なんだギデオン。怠惰なお前が朝に姿を見せるなど珍しい――ふふん、せいぜい頑張れ、孫のために」
「うるさいですよボケ老人」
うわぁ、権力者になんてことを――と内心焦った私だったが、ギデオンさんの頭を軽く叩く宰相様と子どものようにむくれた彼を見て、その相似に目を瞬いた。
宰相様は深い茶色の髪でくせ毛。
ギデオンさんは白金髪で、直毛。
これだけでずいぶん印象が変わっているけれど、顔の作りや声がとてもよく似ていた。
そして、この気安い様子。
…………ってことは、え、父って――
「愚息が朝からご迷惑をおかけいたしますな。おはようございます、ご友人どの」
や っ ぱ り か !
うわあああ、似てないけど似てる父子だこと!
「いえ、帰還のために無理を聞いていただけるんですから。こちらのことも、お知りになりたいでしょうし」
内心の驚愕は表には出さず、にっこり笑みを作って社交辞令。
「……ご友人どのは冷静でいらっしゃる。カヅミ様がこちらにいらしたばかりの頃は、混乱されていささか大変でした」
「その一美さんがいらっしゃるから、冷静であれるんですわ。私、一人では力を発揮できない質ですの」
頼ってくれる人がいてはじめて、動けるNo.2タイプなのだ。基本的に面倒は嫌いだから、一人だったらなんにもしない。
佐竹さんがこちらの方々にとって、それなりに重要人物だと知っているから虎の威を借ることもする(佐竹さんは虎っていうより兎って感じだけど)。
「頼もしいことだ。ご友人どのが理解されている通り、こちらも一枚岩ではないので、その調子でカヅミ様を守っていただきたい」
せいぜいが痴漢撃退の護身術くらいしか身に付けていない私が、彼女を物理的に守ることはできないけど、精神的には守れるだろう。あちらを知っている仲間として、気持ちを分けあえる。
それを見越しての言葉なのか、なかなか腹黒いな。
「カヅミ様の様子はどうですか」
「……彼女の気持ちとしては、もうこちらでの物語は終わりを迎えていたんです。それが第一章の終わりで、第二章が始まるなんて思ってもみなかったんでしょう。混乱して、気持ちの整理がなかなかつかないようですね。……それに、光の精霊、でしたっけ。その精霊がいないのに、自分がここに居ることを彼女自身が許せないようでした」
――佐竹さんが救世主と言われたのは、最古で最強の光の精霊と絆を結べたからだ。
彼女にとって、光の精霊は、半身だった。
こちらに呼び出された最初から、ずっと誰より近くにいた親友は、最後の戦いで存在する力を使い果たし、喪われてしまう。
それが佐竹さんの傷のひとつ。
そしてもうひとつ、思い浮かべたくもないあの金髪野郎がロクデナシだったために、付けられた傷もある。
私はもっぱらこちらの件について対応するつもりですのよ、ふふふ。
「彼女に会いたいという者たちもいるのですが……しばらくは静かにして差し上げた方が宜しいようですね」
「ええ、彼女が自分から会おうとするまでは。お願いできますか、宰相様」
にっこり笑って牽制する。彼女を利用しようとする有象無象くらい制御していただかないと、危なくてここにはいられない。
佐竹さんは喪われた彼女に気兼ねして頼ろうとはしないが、精霊殿とやらに匿ってもらうこともできそうなのだ、どうやら。
なんでも、精霊と絆を結べる人間というのは現状とても少なくて、佐竹さんのように友の精霊をなくしても、あるいは別の守護を結べることもあるらしい。
彼女の場合は、友が高位だったから素質はあるんだけど、逆に高位だったからこそ、難しい。
みんな遠慮するんだって。
まあ、佐竹さんも親友をなくしてすぐに別の相手と絆を結べるような器用な性格はしていないから、拒否することは間違いない。
友だちは多い方がいいよー、なんて委員長的なことを今の佐竹さんに言うつもりもない。
私がその分動けばいいんだから。
「さて、それでは今日はどう致しますかな。ミチコどの、何かご希望は?」
「今のところは――ああ、ギデオンさん、術とやらは時間がかかりそうですか?」
「そうですねー、うん、かかりますー」
適当に返事をしやがる白髪頭に冷たい一瞥を投げて、ため息をつく。
「では、少しこちらのことを勉強させていただけますか。文字は読めるようなので、書物で構いません。佐竹さんがこちらに来るまでの数年分と、来てから、今までのとりあえず国際情勢を中心に。他国で書かれた資料も不都合なければお願いいたします」
厚かましいかしらとも思いつつ、この際だから遠慮なく要求する。宰相様は愉快げに瞳を閃かせたと思うと、すんなり快諾してくださった。
さっと立ち上がり辞去の言葉を告げられ、私の要求を叶えて下さるために出て行かれた。
「ミチコは凄いね。あの父がご機嫌だ」
「ご機嫌だったんですか? 小娘のわがままをよく聞いてくださる出来た方だな、って思いましたが」
「父子揃って頭のいいひとが好きなんです」
「まあ、お母様も出来たかたなんですね」
話がわかる上司って、本当に貴重だと思うのよ。
あの宰相様がついているんだから、金髪野郎もそれなりに使える王なんだろうけど――いささかデリカシーに欠けて、女受けは実は悪いんじゃないかしら。
それとも、顔と権力があれば多少の駄目さは我慢する女性もいるのか。あとでクラリサあたりに聞いてみよう。
佐竹さんにも聞きたいけど。もっといい男はいなかったの、って。
――ホントに。
「カヅミはどこだ?」
ズカズカと客室に入ってきたダメ男は、その場に目的の彼女がいないことに気づき眉をひそめる。後から近衛の人々が慌てて追ってきていた。
王様だから俺様なの? みんなこうなの?
そりゃいわばアンタん家だから自由に出入りするのもいいけど、客に気ぃくらい使うのが大人ってものだろ。
ギデオンさんがヤレヤレといった表情をしてるところから、あまり褒められた態度ではないみたいね。
「カヅミはまだ寝てますよ。陛下、謁見の時間じゃなかったっけー?」
「お前こそなんだ。日がまだ頂点にないうちに姿を見るなど明日は嵐か」
「時間がもったいないですから」
ギデオンさんは普段お寝坊さん? 今日はとっても珍しい日ってことかしら。
時間がもったいないと言うわりに、ダラダラ朝食食べてらっしゃるけども。わかってんの、アンタがしっかりしてくれないと私たち家に帰れないんだけど。
紅茶に似た風味のお茶をいただきながら、この男共を馬車馬のように働かせる方法はないかと思案した。
「そうだな、取り戻すに時間が掛かりすぎた――この上、一刻も無駄にはしてられん」
と、金髪が踵を返して向かった先は、
「待たんかいこの痴漢野郎」
姫林檎に似た果物を、朝っぱらから女性の寝室へ押し掛けようとする男へ投げつける。
当たる前に叩き落とされたけど。
ぎょっとする近衛兵さんが目に入って、ああこれも不敬とやらに当たるのかと面倒くさく思う。
ツッコミも入れられない相手なんてつまらないなー、と佐竹さんに同情を寄せつつ、こちらをギロリと睨んだ痴漢に当て付けでニッコリ微笑み返してやった。
「貴様……」
「どちらへ行かれるおつもりですの。まだ彼女は休んでますから、無遠慮に寝室へ踏み込んで眠りを覚ますようなことをなさらないでくださいますと、お願い致しますわ」
「ミチコ、食べ物を投げちゃいけないよ」
ズレた注意をしてくるギデオンさんは放置して、肩書きだけは立派な痴漢に対峙する。
「貴様に指図される筋合いはない」
「そんな、国王陛下(と書いてチカンと読む人)に指図だなんて恐れ多い……お願いしているんですのよ?」
どうして当たり前の常識を求めただけなのに、陛下は憤っていらっしゃるのかしら、と不思議な顔をして小首を傾げた。
私を相手にするのも時間の無駄だと思ったのか、眉をひそめただけで挑発に乗ってくることもなく、控えていたクラリサに視線を向ける。
「カヅミを連れてまいれ」
主人に逆らえないクラリサが、無言の中にも不満の気配を見せて動こうとするより早く、私は舌打ちした。
「聞かねぇオトコだな。押すばっかじゃ彼女がますますドン引きするばかりだってこと理解しろよ。今現在誰かさんの信用は地にめりこんでるっつうに。恋愛経験ないのか、いい年して」
ピシリと固まる周囲。あ、スイマセンね、基本的に口悪いんですよ、私。
「部外者に我々の何がわかる。知ったかぶりで振る舞うも程ほどにせよ」
「じゃあアンタに異世界人である私たちの何がわかるっていうの」
切りつけるように言葉を発した。
「――彼女がたった一人この世界で舐めた辛酸を、本当にわかっているというの。あの子がもとの世界と切り離されて、当たり前の容姿に対する蔑みと本人にはいわれのない力に対する期待に、どれだけ苦しんだか理解できているというの?」
それまで我関せずとフルーツを剥きまくっていたギデオンさんがふとといった風に口を開いた。
「……そういうミチコは理解できるのかな」
「想像は出来るわ。彼女とは逆に、黒髪黒目が当たり前の国で、私の容姿がどう扱われているか、この身で知ってもいるし」
嫌悪されているわけではないけれど、好奇に満ちた視線はかなりあった。
あなた方が逆に私たちの国に来れば、ジロジロ見られるにもかかわらず遠巻きにひそひそされるという状況に、さぞ居心地の悪い気分になるでしょうよ。
両親が子どもだったときよりは、茶髪も珍しくなくなったとはいえ、異質なものに対する人々の忌避感はいつの時代もそう変わらない。
かく言う私も、くだらん嫌がらせをしてくる奴等とよくコブシで語り合ったものさ。
「私たちにとって当たり前のことが当たり前じゃないこの世界で、あの子が本当の笑顔でいられたのは、どれほどかしら?」
だいたいこの男と恋仲だったというのもアヤシイ。半分以上がつり橋効果じゃないのか、と睨んでるんだけど。
当事者には言いませんが。
「厳しいですね、ミチコは」
苦笑したギデオンさんは、この世界が佐竹さんに求めたことを多少は理解しているのかもしれない。
私がこの騒動に巻き込まれたのは、ただの偶然。
でもせっかくだからその偶然を利用したいじゃない?
佐竹さんのような、救世主に祭り上げられ苦しむ異世界人をこれ以後無くすためにも。
誰も、本人でさえ述懐しないだろうことを、代わりにしてやろうと決めたんだ。
あとストレス発散。
とりあえず彼女が成し遂げたことを当然と捉えている人々に反省をうながしたい。
ああ、ギデオンさんがあちらへ渡る魔術を発展させられたら、ぜひともこの金髪から街中に放り出して、放置プレイをかましてやりたいわ。
一時間もしないうちに警察のお世話になりそうな気もするけど。
――閑話休題。
「彼女と同じ世界の一女子として言わせていただくなら、あなたが彼女の涙に価するとは思えない」
ガッカリなところしか見させていただいてませんからねー。
そんな野郎にうちの組の子を易々と渡しちゃあ委員長の名が廃る。
「身の程を知らぬ娘だな。お前など、宰相の保護があったとしても、私にかかれば容易くその首はねられようものを」
「まぁ野蛮。そのあと佐竹さんに取り返しのつかないくらい憎まれる覚悟があるならば、やってご覧なさいな。――もちろんそう簡単に始末できると思わないで?」
私のどこまでも不遜な態度に、金髪野郎が険しい顔になる。
ギデオンさんは自分が剥いたフルーツを私の前の小皿に盛りながら、興味なさげに黙っていた。
クラリサがハラハラしているのはわかっていたけれど、最初が肝心だからね。
だいたい、さっきギデオンさんか謁見がどうのと言っていたけれど、『謁見:偉い人にあうこと』と言う意味のアレなら、こんなところでフラレた女のケツ追っかけてる場合じゃねーだろ。アンタを待っている人がいるんじゃないのか、仕事をしろ仕事を!
そういうこと全部引っくるめて、佐竹さんの立場が悪くなるって、わからないの? 頭が痛いわ。
宰相様の苦労が忍ばれる。もし愛想つかしてクーデター起こす機会があったら、協力して差し上げよう。
「異界からの客人を正当に扱わぬと王室が申されるならば、こちらが喜んで保護するが?」
割り込んだ第三者の声に、パッと扉に視線が集中した。
私と同年代か、少し下ほどの少年がいつの間にかそこに佇んでいた。
黒髪、だ。そのことに少し目を見張り、私は彼をじっくり眺めた。
簡素な白衣、袷に何だろう、手の込んだ模様が縁取られている。二、三年後をお楽しみにといった風の、少年。
私と視線を合わせて、軽く笑む。
「――まして彼女等は我らが同胞、その方が心安らかに過ごせるだろう」
「テューリス……、お前を城に呼んだ覚えはないが」
「拝謁賜りたく待っていたのですがね。何やら急に本日の面会が取り止めになったそうで、――宰相どのに融通していただいた」
と、いうことは宰相様に金髪野郎の困ったちゃんな行動は発覚していると。
そのうちお迎えにいらっしゃるわね。
やましいことがあるのか、金髪の表情は苦々しげで、彼の登場を面白く思っていないことは明らかだ。
そりゃそうか。
「初めまして甘露の姫。俺はテューリス・レンカリウス、精霊殿の雑役をしている。カヅミの友人だ。対面は叶うだろうか」
おっとなかなか好印象。挨拶は基本よねー、ところで甘露の姫って私のことかしら。由来はナニ。
「一美さんはまだ休んでますけど、様子を見てきますね」
疑問はあとで訊ねることにし、微笑んで立ち上がる。
彼と野郎とで態度が違う私に青筋を立てている奴がいたけれどこれも無視。
クラリサがさっと私の側に付き、寝室の扉へ足を――
「――……! い……ちょ……!? 委員長……!」
佐竹さんが私を必死に呼ぶ声に顔を上げ、足早にそちらへ向かった。私かあちらかどちらが先か、同時に扉を開けて、彼女が胸にぶつかってくる。
「どうしたの佐竹さん?」
「あ……委員、長っ……、よかった、一人かと……」
涙目の彼女は安堵したのかこちらの服をギュッと握って、肩の力を抜いた。
目が覚めて誰もいない部屋に、私がどこかへ行ったと思ったのか。
あるいは、自分があちらに帰ったこと自体が、夢だと錯覚したか。
ったく、まだ本人がこの状態だというのに野郎共ときたら、だ。
そっと乱れた髪を撫でた。
「ごめんね、お腹ペコペコだったの。先に食べちゃってたわ」
「ううん、寝ぼけただけだから……」
子供のように取り乱したことが恥ずかしかったのか、頬を赤らめてうつむく。
くそ、可愛いな。宗旨替えしてやろうか。
グリグリと彼女の頭を撫でていると、背後から伸びてきた手が、同じように彼女の頭を撫でた。
……何がしたいの、ギデオンさん。
「また見事に腫らしましたね」
「ギデオンさん……」
からかうような彼の言葉に、佐竹さんがぷうと頬を膨らませる。クスリと笑って、ギデオンさんが彼女の泣き腫らした目の辺りに手をあてた。
佐竹さんは慣れたようにじっとそれを受け入れて。
彼が手を離すと、まだ眼は赤かったけれど、浮腫みは引いていた。
魔術ってか。便利なやつめ。
「ありがとう」
「いいえ。懐かしいですね?」
もう、と彼女はふざけて彼を打つふり。昨日聞いていた通り、この二人は仲が良い兄妹みたいだ。
「佐竹さん、とりあえず着替えよっか。お客さまもいらしてるし」
お客さま? と首を傾げた彼女に子細は告げず、クラリサに仕度を任せた。
身支度を済ませ、部屋に入った佐竹さんがテーブルの端と端に座る二種類の男に気付く。一瞬立ちすくんだ。
カヅミ、と名を呼んだ金髪から顔を背けたあと、テューリスに視線が流れる。
彼女にとってはどちらも顔を合わせるのは気まずい相手。 後ずさる背を支えて、励ますようにポンと肩を叩いた。
「カヅミ」
「……ティーリ……」
後ろめたさを持った眼差しで、彼を見つめた佐竹さんに、テューリスが近づく。
叱られるのを待つ子どものように小さくなった彼女の額を、彼は軽く弾いた。
「帰るなら、一言くらい言っていけ。心配するだろう」
「……ごめんなさい」
しょんぼりする佐竹さんに苦笑を落として、彼はポケットから無造作に何かを取り出した。
細い鎖に、陽をはらんで輝く貴石のペンダントトップ。それを目にした瞬間、佐竹さんが恐れるように頭を振った。
精霊の核を宿した宝珠を、卵石と呼ぶ。精霊が常態のときは、自身が持つか、あるいは絆を交わした相手に渡すらしい。
察するにあれは、佐竹さんの“シシィ”の卵石なのだろう。
「お前が持っていろ。――眠りについたとは言っても、俺たち人間のように、それは死ではない。いつかまた目覚めるときが来る」
「いつか……? そのとき、あたしはもういないかもしれないのに……?」
弱々しく微笑んだ彼女に、テューリスが頷いた。
「そうだな。そのとき、シィレスレルセシアが今のお前と同じ気持ちを味わうことになるだろう。お互い様だ」
軽く言ってのけた彼はあくまで自然体で、佐竹さんに卵石を握らせる。
「一人にするな。会えなくても、想いは届く」
声も姿もない『友人』を見つめた佐竹さんは、ぎゅっと握り込んだ手で、石を押し抱き、涙を一粒こぼした。
そんな彼女を見つめる彼の瞳はひたすら優しい。
……これはー、ひょっとしてー、ひょっとする?
隣のギデオンさんに問いかけると、そうなんだよ困ったもんだねと全くそう思えない笑顔で首肯した。
剥いたフルーツの山に冷気の魔術をかけていた彼はそれを私に差し出しながら、チラリともう一人の男を見やる。
ほのぼのした雰囲気を漂わせる二人に対し、眺めていることしかできない金髪野郎の周辺空気が、どす黒くなっていた。
なるほど、早く佐竹さんを自分のものにと焦るはずだわ。強敵がすぐ近くにいるんだものね、しかも男としてはあっちの方が上等っぽい。
佐竹さんと金髪野郎はわだかまりがあるとはいえ、両想い。しかし前途多難。
少年は、佐竹さんと同じ精霊の絆持ちで、恋愛寄りの感情がありそう。佐竹さんも心を許しているし、将来有望っぽい。
はてさて、私はどうしようかな?
金髪野郎の排除に動いて少年との新しい恋を応援をするか――金髪野郎のダメなところを躾直して佐竹さんの幸せを確実なものにするか。
すべては彼女の気持ち次第。
とりあえず、彼らの出方を計りつつ、この状況を楽しんでみますか――
ギデオンさんと簡易シャーベットを摘まみつつ、私は傍観者気分でそう思うのだった。
……To be continued?
*Naked3~混線模様の異世界恋愛事情~*
2011-06-28.Up
続編をUpするのにいちねんかかってしまいました……(放置期間が長すぎ。実質書くのに3日しかかかってなぃ……orz)。
異世界トリップヒロインの王道、逆ハー要員の登場でした!
いろいろとすっ飛ばしている説明や設定などは、皆様の脳内で勝手に補完してくださいませ(理胡視点で進むため出てくるかわかんないので)。
理胡が金髪野郎にアタリがキツイのは、佐竹さんをかばうという理由以外にもうひとつ訳があります。
次回があるならそのあたり?
お読みいただきありがとうございました!