積み木を積み上げていくと何処に行けるのか?、
『積み木を積み上げていくと、どこに行けるのか』をお読みいただきありがとうございます。
猛暑の日の静けさと、世界が白く削られていくような少し切ない孤独を描いたショートストーリーです。
一瞬で崩れ去る日常と、その先にある静寂の物語をどうぞお楽しみください。
『積み木を積み上げていくと、どこに行けるのか』
「あと一つ乗せたら、月まで届くかな」
真夏の陽炎が揺らぐ子供部屋で、妹の葵は畳の上にそびえ立つ積み木の塔を見上げていた。
それは奇妙な塔だった。赤、青、黄色の四角や三角が、物理法則を無視した角度で天井を突き抜け、どこまでも高く組み上がっている。部屋の中は外の猛暑が嘘のように冷え込み、木と漆喰の古い匂いが充ち満ちていた。
「葵、もうやめなよ。お母さんに怒られるよ」
俺が声をかけると、葵は振り向かずにからからと笑った。
「お兄ちゃん、これね、ただの積み木じゃないの。一段積むごとに、一つずつ『大切なもの』が消えていくの」
言われてハッとした。柱にかかっていた家族写真から、父さんの姿が消えている。棚に並んでいた俺のお気に入りの本も、背表紙ごと白く塗り潰されていた。
「これ以上積んじゃダメだ!」
俺が駆け寄ろうとした瞬間、葵は最後の一片——真っ黒に塗られた四角い積み木を、塔の最頂部にそっと重ねた。
コト、と静かな音が部屋に響く。
次の瞬間、真夏の蝉時雨がぴたりとやんだ。世界から一切の音が消え、視界の端から色が失われていく。床が、壁が、窓の外の青空が、まるで積み木のようにガラガラと崩れ落ちていった。
暗闇の中、眩しいほどの白光を放つ塔の頂上で、葵が手を振っていた。
「ここにはね、誰もいないの。誰も私を忘れないし、誰も私を置いていかない場所」
塔の周りに広がっていたのは、永遠に誰も訪れることのない、真っ白な無の世界だった。
「お兄ちゃんも、おいでよ」
葵の声とともに、俺の足元がさらさらと砂のように崩れ始める。
自分が誰だったのか、夏の匂いがどんなものだったのかすら、思い出せなくなっていく。
積み木を積み上げていくと、どこに行けるのか。
辿り着いたのは、世界でたった一人になるための、果てしない忘却の頂だった。
『積み木を積み上げていくと、どこに行けるのか』をお読みいただきありがとうございます。
猛暑の日の静けさと、世界が白く削られていくような少し切ない孤独を描いたショートストーリーです。
一瞬で崩れ去る日常と、その先にある静寂の物語をどうぞお楽しみください。




