歌を贈ろう。貴方への を込めて
「これより、大罪人アリア・マリージアの公開処刑を執り行う!」
リリッキーア王国の王都にある処刑場。
処刑台には罪状を読み上げる役人と処刑人、そして平民の罪人と同じ粗末な囚人服を着ている貴族令嬢がいた。
よく手入れされていたであろう長い髪は乱雑に短く切られ、全体的に薄汚れた姿で魔力封じの手かせをつけられた十代後半の少女が立っている。
貴族令嬢の公開処刑など初めて見ると処刑場には群衆が押し寄せていた。
大罪人の処刑は、見届け人として王族がその場に一人でもいるべきなのに、誰も見届ける気はないようで王族用に設置された席は空席のままになっている。
「アリアなる者、マリージア侯爵家という高貴なる家に生まれながらも、貴族にとって汚らわしい悪行で家の名誉を汚した! 我が国の第二王子であられるガイナー殿下の婚約者でありながら、ガイナー殿下と親しい友人であり自身とも友人であったナラメ・オブーツェとの仲を邪推し、王族と貴族令嬢を殺害しようと計画した大罪人である!」
アリアは、貴族の中でも断トツで魔力の扱いが巧みな魔法使いの大家と言われているマリージア侯爵家の令嬢だ。
例にもれず彼女も魔法使いとしての才能を国王に買われ、十二才の時に第二王子であるガイナーと婚約した。
順調にガイナーとの仲を深め、ナラメとも友好的な関係を築いていたとアリアは思っていた。
だが、十七才になったアリアが二人を毒殺する計画を立てていると兵士たちがマリージア家に押し寄せてきた。
そして、アリアの部屋にある化粧机の引き出しから毒が入った小瓶を見つけたとして即座にアリアを捕縛した。
アリアは何かの間違いだと訴えたが兵士たちは誰も耳を貸さなかった。
着ていた服を剥ぎ取られ、粗末な服に着替えさせられたアリアは、魔力封じの手枷をつけられ貴族用の牢屋ではなく平民用の牢屋に入れられた。
この怒涛の展開にアリアはついていけなかった。
マリージア侯爵である父キュレブと弟カールズが、アリアの無実を証明する為に動くがマリージア家を貶めようとする貴族たちから邪魔をされる。
アリアは、必死に何かの間違いだ、ガイナーとナラメに会わせてほしいと頼むが、見張りの兵士から罵声を浴びせられるだけだった。
アリアはどうしてこんなことになったのか理解出来なかった。
アリアはガイナーのことが好きだった。初めて会った時からガイナーの婚約者になれたことをアリアは幸運だったと思っていた。
ナラメのことも小さい頃からの付き合いで、数年間会えなかった時もあったが、アリアにとって一番の友人だった。
そんな二人をどうしてアリアが殺さないといけないのだろうか。
毒など、アリアはどうやって入手するのかさえ知らない。どうして部屋から毒が見つかったのかアリアには分からない。
アリアには、何も分からないまま裁判が始まってあっという間に終わった。
判決後、アリアはガイナーとナラメの裏切りを知った。
最近、ガイナーが公務で忙しいからと会う機会が減っていた理由が、ナラメとの逢瀬であったとカールズがアリアのいる牢屋に突然現れて教えてくれたのだ。
カールズからは、家族全員で国外に逃げようと説得されたがアリアは断った。
マリージア家は領地を持っている。領民を放って家族だけで逃げることなどアリアには出来なかった。
アリアたちが逃げた後、領民たちがどのような扱いを受けるか分からないとカールズに跡継ぎとしてきちんと自覚を持つようにアリアは説得した。
カールズが姿を消した後、アリアは声を出さずに泣いた。
ガイナーとナラメの裏切りにショックを受けたが、それ以上に二人がアリアへ殺意を持ってこんな冤罪を仕向けるとは思いもしなかった。
アリアが好いていた二人は初めからいなかったのだろうか。
どうして二人がこんなことをする理由がアリアには分からなかった。
本当は、家族と逃げるのがアリアにとって最善の策だと分かっている。だが、マリージア侯爵家の令嬢としてのプライドがそれを許さなかった。
処刑の前日、カールズはアリアをまた説得しにきた。だが、アリアはそれを拒否して逆にマリージア家のことを一番に考えるようにカールズを説得する。
アリアは、泣いているカールズに罪悪感を持つがもう決めたことだ。
カールズから強く抱きしめられたアリアはカールズを同じくらい強く抱きしめ返す。
カールズが消えた後、アリアは静かに処刑の時間になるのを待った。
アリアが牢屋から出される時、突然兵士に取り押さえられて斬首する時に長い髪は邪魔になると短剣で無理矢理髪を切られた。
ここ数日碌に手入れをしていなかった髪だが、貴族令嬢にとって大切な髪が石畳の床に散らばるのを見て、現実を受け止めきれないアリアの崩れかけていた心は完全に砕け散った。
何の抵抗もせずに処刑台に上がるアリアは群衆から向けられる敵意に何の反応もしなかった。
ただ立っているだけのアリアのそばで、役人の口からアリアの罪状が読み上げられる。そのあまりにも非情な悪行の数々は、ただの好奇心でやってきていた群衆にアリアへの憎しみを募らせていくのに相応しいものだった。
「アリアなる者、今日この日に斬首の刑となる! 今この時よりマリージア侯爵家の令嬢ではなくただのアリアとしての処刑だ! これはマリージア侯爵家には何の罪がないことを世に知らしめる為である!」
本来ならば、死刑判決を受けた貴族は専用の収容所でひっそりと毒杯を飲むという処罰方法が基本だ。そして未成年者の場合は、国一番の厳しい環境に建てられている修道院で一生を終えることになっている。
だが、何故か未成年者であるアリアの処罰は修道院行きではなく、平民の罪人と同じ斬首での公開処刑となった。
裁判で、犯行があまりにも悪質かつ残忍、貴族の処罰方法ではその罪を贖うことはできないと判決が出たのだ。
アリージア家はこの決定に不服申し立てをした。 そもそもアリアが毒殺を企てたこと自体が間違いだ。
マリージア家はアリアは冤罪だと主張したが、この主張は誰にも賛同されることはなかった。
アリア自身も無実を訴えたが、家族以外は誰も彼女の言葉に耳を貸さなかった。
アリアの処罰が決定的になったのは、マリージア家の使用人からアリアが毒を秘密裏に入手したと証言したからだ。
毒は証言通りアリアの部屋にあった為、マリージア家からの不服申し立ては即座に棄却され、異例の速さで判決を出した二日後に処刑されるという結果になった。
異例なのは他にもある。王族を毒殺しようとした大罪にも拘わらず、裁判長として出てきたのが国王ではなく軽犯罪を主に担当している裁判官だったのだ。
たとえ未成年者で未遂に終わったとしても、貴族令嬢を巻き込んだ王族殺しという大罪を計画したのだ。大罪を犯したのなら国王自らが裁きを言い渡すのが国法に記されている。
それなのに国王だけではなく王族の誰一人裁判所に現れず、裁判という名の茶番劇はアリアの斬首刑という残酷な判決だった。
被害者とされるガイナーとナラメは、長年親しくしていたアリアに殺されそうになったという事実に恐怖して、外出もままならないという理由で一度も裁判所に姿を現さなかった。
裁判では、アリアが会ったこともない人間達によるありもしないアリアの犯罪計画が語られていた。
特に、アリアが毒を入手したと証言した使用人は、屋敷内でのアリアからの陰湿な使用人イビリがどれだけ酷かったかを涙ながらに語った。
この使用人が、外回りの雑用しか与えられておらず、屋敷内に入れる立場ではないというマリージア家の反論は、裁判長による木槌の連打で遮られて無かったことにされた。
マリージア家が依頼した弁護士は、裁判の時間になっても現れなかった。後日、弁護士は裁判所に向かう途中で事故に遭っていたことが分かった。
弁護士不在の裁判は、アリアをただ嬲るだけの茶番となっていた。
不当な裁判で大罪人となったアリアと連座で一族全員が処刑となるはずが、何故かアリア一個人の罪として扱われた。
判決で、マリージア家には全く罪はないとされたのだ。
この結果に、アリア達は否が応にも分かってしまった。
初めから、この毒殺未遂事件はアリアだけを狙ったものだった。
アリアの家族であるキュレブとカールズは、最後の最後までアリアの無実を晴らそうとした。
アリアとの面会も許されない状況だが、二人は諦める気はなかった。
キュレブとカールズには、どうして王家がアリアを大罪人として排除するのかが理解できなかった。
アリアとガイナーの婚約は、王家側が望んだものなのに、こんな仕打ちを受けるなど思いもしなかった。
特に国王の動きがおかしかった。王家の中で、一番アリアとガイナーの婚約を望んでいた国王が何もしないことにマリージア家は訝しんだ。
ガイナーがアリアのことを気に入らないのなら婚約を白紙にすればいいだけだ。
ここまでしてアリアの死を望む王家にはマリージア家はすでに見切りをつけた。
ただ、アリアが死を覚悟してまで案じる領民のことだけは守り続けると決めた。
アリアの死は避けられないが、彼女の死を望む者らへ一矢報いる為にキュレブとカールズは今も行動している為処刑場に姿はない。
キュレブの妻でアリアとカールズの母親のレイアスは、アリアが処刑されるショックで寝たきりになっていると王都で噂になっていた。
「大罪人アリアよ。最後に言い残すことはないか。これはどのような罪人でも許されている唯一の行いである!」
群衆は、粗末な服を着ながらも凛とした佇まいで怯える様子もなく、ただ前を向いているアリアの言葉を待った。
ここにいるほとんどの人間が、みっともなく暴れて泣き叫びながら命乞いをする姿を想像していた。
だがアリアは、群衆の期待するようなことは何一つせずにただ口を開いた。
「私には、もう、何もありません」
群衆のざわめきにも消えることなくアリアの言葉が残される。その短い言葉は、群衆には期待したものではなくとてもつまらいものだった。
「今この時、大罪人アリアの処刑を執り行う! アリアよ、跪くのだ!」
役人の言葉にアリアはためらいもなくその場に跪く。処刑人がアリアの頭に手をやり、彼女の首を一息で切り落とせるよう前のめりにさせる。
この場にいるはずの立会人である司祭はいない。身分関係なく罪人の最期を見届けるのは司祭の務めであるのに、この場にはただの一人も見かけなかった。
処刑には必ず立ち会うはずの司祭がいないことに群衆は気づかず、ひたすらアリアの首が落ちる瞬間を見逃さないようにと処刑台を注視している。
アリアは司祭からの言葉を受けることなく、役人の合図で処刑人が振り下ろす研ぎ澄まされた剣によりその首はあっさりと処刑台に落ちた。
大罪人の最期に群衆の歓声が一気に沸きだつ。みすぼらしい姿だったが整った顔立ちの少女だったものが二つに分かれて処刑台に転がっている。
切り落とした首を見せろ、顔を見せろと群衆が騒ぐ。処刑人が役人の方を向いてどうするべきか確認する。
役人はこれ以上騒ぎを大きくしない為に、大罪人の首を見せてやれと頷き一つで処刑人に許可を出す。
処刑人が首に近寄りそれを持ち上げようとした時、どこからか音が聞こえた。
違う、声だ。
群衆のざわめきの中でもはっきりと聞こえる。
これは歌だ。
どこから聞こえる。
誰が歌っている。
なぜ歌う。
なぜ聞こえる。
首を確かに切った。
そこから今も血が流れ続けている。
処刑人は気づいた。
気づきたくはなかった。
自分が一番、歌の発生源に近いと。
見たくないが見てしまう、先ほど自分が切り落とした首を。
歌は、この首から聞こえる。
拾い上げようとする格好で固まってしまった処刑人に、処刑台に近い場所にいた群衆の一部が騒ぐのをやめた。ほんの少しだけ静かになった場に、処刑場に不釣り合いな音が聞こえだす。
明るく、軽やかな音。この音は先ほどつまらない言葉を最後に残した少女の声に似ている。
だが、あの少女はもう死んでいる。
首を切られて、今、処刑人が首を持ち上げようとしている。だがその首から、音がしている気がする。
首がある辺りから音が聞こえるのに気づいた処刑台に近い場所にいる群衆から、先ほどまでの熱量は感じられなくなった。
そしてそれが歌だと気づいたのは、処刑人と一部の群衆だけではなくなった。
歌が決して狭くない処刑場の隅々まで響き渡ったのだ。
歌の内容は、処刑場に似つかわしくない恋の歌だった。
少女が恋した相手である少年に可愛らしく愛の告白をして、少年から返事を貰う瞬間の胸の高まりを明るい曲調で高らかに歌っている。
この歌は数年前にとある歌劇場の歌姫が歌ったことで有名になった歌だ。
何故そんな歌が大罪人の首から聞こえるのだろう。
「の、呪いだ!? 大罪人は魔法が使えるんだろう!? 殺された恨みで俺たちを魔法を使って呪ってるんだ!」
恐怖を隠さず、何故か聞こえる恋の歌を呪いと決めつける声が上がり、処刑台近くは大混乱に陥った。
歌のことで戸惑って動けない群衆とそれをかきわけるように処刑台から我先にと逃げ出そうとする者たちでもみくちゃになっている。
処刑台にいる役人は、微動だにしない処刑人とそこから聞こえる歌がどうにも癪に障った。
さっさとあの処刑人が首を持って群衆に見せていれば、騒ぎにもならずに処刑の後始末に移れていた。
そもそも役人はこの処刑自体気に食わなかった。
突然二日後に処刑を行うと言い渡され、急いで教会に向かい役人が直接掛け合っても司祭たちから立会人になることを拒絶されたのだ。
罪人は、処刑執行が決まると最低でも七日は司祭と共に祈りを神に捧げなければいけないと国法で決められている。
それを二日後に処刑、しかも未成年者を斬首刑に処すなど神への冒涜であると仕事で仕方なくやっている役人が司祭たちに罵られた。
役人は、ただ罪人の罪状を読み上げて、罪人への最後の言葉を聞き、処刑人に合図を送って刑を執行させるのが仕事なのだ。
罵ってくる司祭たちに、役人の俺に言うのはお門違いだと怒鳴り返したかった。
普段は書面で済ませることの多い教会への司祭の要請は、猶予が二日しかないせいで教会への書類も碌に用意できなかった。だから役人が直接立ち合いの要請をしに来たのだ。
教会からは処刑を延ばすように言われたが、役人にとって上からの命令は絶対である。
二日後にやれと言われたら不備があろうともやるしかない。
最低限の準備だけ済んだ処刑執行はあっけなく終わったのに、どうしてこんな騒ぎになっているのだろうかと役人は叫びたくなった。
役人は、動かない処刑人へ慎重に近づいて思い切り頭を叩いて正気に戻した。
首の方へは意地でも視線を向けずに、処刑人へ処刑台から離れるように指示を出す。
歌はまだ聞こえている。群衆からは怪我人が出たと更に騒がしくなっている。
その後、処刑場の騒ぎを聞きつけた兵士たちによってある程度は沈静化できたが、アリアの遺体は放置されることになった。
国王が、アリアの遺体に何もするなと命じたのだ。
当然マリージア家は抗議の声を上げ、キュレブは当主として国王へ謁見を求めるが、国王はそれを拒否し続けた。
更に、神への冒涜を重ねるのかと教会からもアリアの遺体を罪人用の墓に収めるべきと進言したが、国王はこれにも反応を示さない。
アリアの処刑が行われた次の日には、処刑台の周りに彼女の遺体を隠すように柵がたてられていた。
アリアの首から、歌が聞こえなくなるまで処刑場は閉鎖されることになった。処刑場に近づく者は厳罰に処するというお触れまで出た。
処刑が決まっていた罪人たちは、毎日司祭への面会を求めるようになった。
罪人が拘留されている収容所は処刑場の近くにある為、独房にはずっと歌が流れているのだ。
明るい恋の歌だろうと歌っているのが大罪人の首だ。
四六時中聞こえる歌に、精神的に参ってすぐに殺せと騒ぎ出す罪人が後を絶たなくなった。
結局、アリアの首は骨になっても歌い続けた。
そして、王都だけではなく辺境にまでとある噂が流れていった。
ガイナーとナラメが数年前から不誠実な関係になり、邪魔者になったアリアを大罪人にするべく冤罪を作り出したという噂。
国王は自分から望んだガイナーとアリアの婚約が、思いのほかマリージア侯爵家に強い影響力を与えているのが不快になり、ガイナーが企てた計画に便乗する形で力を削ごうとしたという噂。
王子だけではなく国王がかかわる噂だ。大きな声で話す内容ではない。
だが、一度でもアリアの首から流れる歌を聞いた者たちはそれが真実であるように話すのだ。
あのような純真無垢の歌声を持つ人物が、嫉妬だけで毒殺などと恐ろしいことを思いつくだろうか。
決め手となった証言をした使用人が、金のためにマリージア侯爵家を裏切ったと遺書を残して自殺して、その家族もいつの間にか住んでいた家から消えていたと噂も出回っていた。
第二王子であるガイナーは、アリアの処刑から二年後に神経衰弱となって王家が所有しているの療養所に収容された。
ナラメは、オブーツェ伯爵家が国に爵位を返上するほどに没落した後の行方は知られていない。
そんな噂が密かに囁かれて、王国中へと静かに広まっていった。
そうして少しずつ、アリアは大罪人ではなく何の罪もないただの少女だったと彼女の為に教会へ祈りを捧げる者たちが増えていった。
処刑場に響き渡る歌声は、徐々に恐怖の対象ではなくなっていた。
そしてアリアの処刑から十八年後、第一王子が国王に即位した恩赦で、ただのアリアはアリア・マリージアに戻った。
当時跡継ぎで、現当主となったカールズが、長年放置されたアリアの遺体に近づくと処刑場に響いていた歌声は静かになった。
もう、彼女の首から歌声は流れない。
長年封鎖されていた処刑場から漸くマリージア侯爵家の墓に遺体を収めることができたのだ。
アリアの処刑から五年後に新設された処刑場がある為、封鎖されていた処刑場は更地になった。
いつか元処刑場ということも忘れ去られるくらい活気のある場所になるだろう。




