定番の婚約破棄の様子がなんだか変です
ノリと勢いで書いた。後悔はしていない。
「レティシェーヌ、君と婚約を破棄する」
学園の卒業パーティーで、しかもよく通るテノールオペラ歌手のような声でそう言ったのは、私、レティシェーヌ・アラディアンの婚約者。
王太子であるライディーン様だった。
横には生徒会に出入りしている特待生の女の子。
私はその時「やっぱ異世界転生悪役令嬢者の定番のやつやん、草」という感想が脳裏に駆け抜けた。
そう、何を隠そう私は転生者。
これも定番で子供の頃に高熱をだして重度のオタク喪女の前世を取り戻したが、特にこの世界が何の作品かはずっとわかっていなかった。
しかし、「多分私が悪役令嬢なんだろうな」という認識はうっすらあった。
だって、病気から回復して鏡を見ながらメイドさんたちに朝の準備をしてもらっていたら、鏡の中の私がやたらきれいな顔のお子様で、きれいな金髪をド派手に縦ロールツインテにしていたんだもの。瞳も赤かったしね。公爵令嬢だし。
あまりの恥ずかしさに縦ロールツインテはその翌日からやめたわ。アラフォー喪女の意識があるとそのビジュアルはきつすぎる。
しかし、特に横の特待生の女の子とは接点がないんだけど、いじめの捏造でもされたのかな?
それよりも、視界の端に映っている両親の大激怒スマイルが怖いんだけども。
どう返事をすれば穏便にすむかな、と迷っていると、ライディーン殿下の横にいた特待生の女の子(ごめん名前知らない…)が、ギョッとした顔をしていた。
いくら平民でマナーが、とかなんとかの免罪符があってもその顔は年頃の女子には許されないぐらいやばいレベルの表情だった。
「ちょ、会長!?何言ってるんです!?何言ってるんですか!??!み、みなさーーーん!!!会長の、殿下の側近のみなさーーーーん!!!殿下がご乱心でーーーーす!!であえであえーーーー!?!?」
混乱し過ぎでは?マジ草生えすぎて大草原不可避。
特待生の子も混乱しているのが丸わかりではあったが、転げるように会場のあちこちから飛んできた殿下の御学友(側近)たちも大混乱だ。
「殿下!?なんで婚約破棄!?ホワイ???!?!?」
「洗脳!?悪魔か邪神かなにかに洗脳されたの!???たった一日で!!?!!?神官様ーーー!?どなたか、会場の皆様の中に神官様はいらっしゃいませんかーーーー!?!?!?もしくは退魔師でも可!!!」
「マリッジブルー!!そうだよな!殿下!!!卒業したら一ヶ月で結婚式だもんな!!!そうだと言ってくれよ殿下ぁ!!!」
「あのぉー……」
もう収集がつかなくなりそうだったので、私が仕方なく声をかける。
「とりあえず、なぜ婚約破棄なのか、経緯を伺っても?」
「いやいやいや、レティシェーヌ嬢!!ちょっとまって、ちょっとステイ!!殿下なんかの気の迷いだから!!ちょっとステイ、ちょっとタイム!相談タイム頂戴!!」
「たたけ!叩いたら治るかもしれん!!!右上角度45度だぞ!!」
「アチョーーーー!!!」
大慌ての側近たちと特待生の子の騒ぎっぷりは収まらず、ついに殿下の頭が右上角度45度から叩かれた。
しかし、殿下は
「真面目に言っているのだ!!!皆聞いてくれ!!!」
なんでこの殿下すっごい声通るんだろうなぁ、前世がオペラ歌手かもわからんね。
「わかりました。とりあえず、殿下の御心をすべて一度お聞きしましょう。話はそれからということで」
「ありがとう、レティシェーヌ」
「皆さんもそれでよろしくて?」
婚約破棄対象の私が冷静なことによって、大慌てだった周りが静まる他なかった。
でもやっぱり両親のブチギレスマイルはそのまま。心境的には「遺言はそれで全部か?」だろうか。
「私はレティシェーヌを愛することはない」
「はい待ったーーーーーー!!!タイム!!!審判タイムぅうううううう!!話し合いを要求します!」
「タオルを!!!誰かタオルを持ってきて下さい!!!」
「マウンド集合!殿下一旦マウンド集合しよう、な!?」
「おまたせ!ミネラルウォーターしかなかったけどいいかな?」
因みに最初から、殿下、特待生(ヒロインとみられるふわふわピンク髪お目々パッチリ女の子)、側近①(青髪ロン毛インテリメガネ)、側近②(赤髪ツンツン頭護衛マッチョ)、側近③(金髪ウェーブロン毛チャラ男)だ。ド定番すぎるだろ。
というか特待生以下、お前ら転生者だな?
しかも後ろのギャラリー(卒業生と送る側の学年の学生)から「オイオイオイ」やら「死ぬぞ、殿下」やら「ダメみたいですね」やら「やめたくなりますよなんか卒業式ぃ~」などの声も聞こえる。後ろも転生者多いな?
「ち、違うんです!!アラディアン様!!殿下はアラディアン様のことが大好きで、大好きで、そりゃあもう100億回LOVEを囁いても足りないぐらい大好きで!!」
「それもう病気じゃないかしら」
「違うんだ、アラディアン公爵令嬢!もう殿下はそれはそれは生徒会ではうざ…いやうるさ…いや、毎日毎分毎秒アラディアン公爵令嬢が可愛いかを俺達に惚気、いや自慢、いやうーん」
「そこまで言ったら最後まで言い切って下さいませ」
「もうそりゃもうアラディアン令嬢のことを愛しているんですよ、殿下は!愛して、愛してアイして、あいしあいしあいあいあいあい!!!」
「あなたが壊れてどうするの」
「邪神の仕業じゃーーーー!!邪神の仕業なんじゃーーーーーー!!!!! 」
「ノリと勢いで誤魔化そうとしないでちょうだい」
なんだこのボケとツッコミ。
ていうか、殿下いうほど私のことを愛してはないとおもうのだけど…。
確かに、国の中の未婚の令嬢のなかで一番家格が高いですし、成績も良いですし、陛下と王妃陛下の覚えもいいですし、何より顔がいいですし?
顔については自意識過剰ではなくて、単純な事実。
社交界の妖精と呼ばれた愛らしすぎる母と、社交界の剣華と呼ばれた美しすぎる父の元に生まれてそれぞれの良いパーツをいいとこ取りした結果、あまりにも容貌が芸術的すぎてこれは謙遜したら逆に嫌味なレベル。
でも、殿下は婚約者同士の交流のお茶会でもいつもだんまりでそっぽ向いてるし、贈り物の「あ、これ侍従が選んでるんだろうな」ってのが丸わかりなぐらい無難すぎるものが多い。
今まで送ってきたもの、全部真っ赤な薔薇がモチーフかルビーだもの。
小さい大きいどころか自分の瞳の色である青い宝石や髪の色の銀の布の一つも寄越しやしない。
これもし本人が選んでるとしたらセンス無さすぎて引くレベルよ?
一応愛する人には瞳の色や髪の色なんかの「自分の色のもの」ってのを送るのがこの国の風習なんだけど。
あとは相手の好きな花を贈るとかね?送られた花束だって全部真っ赤な薔薇よ。どこかの怪盗三世のテーマ曲じゃないんだから
「ていうか、何が不満なんです!?スーパー優しい完璧無欠超人美人才女優雅淑女アラディアン様の何が不満なんですか!!!世の男のすべてどろこかだいたいの女も敵に回しましたよ!?今敵に回しました!!!すべてが敵です!!勿論私もです!!」
特待生の女の子……まぁ、ぶっちゃけ言ってこの子ヒロインなんじゃないかしら?多分。
ふわふわやわらかピンクの髪の毛のお目々パッチリ女の子が年頃の女の子(身分問わず)がしちゃいけないお顔で殿下に詰め寄っている。
どういうことだってばよ。私を褒め過ぎだってばよ。
あと側近男どもは「そうだそうだ!」じゃないんだってばよ。
「ちがう!!違うんだ!!不満なんて欠片もない!!」
「じゃあ何が原因なのかはっきり言ってみやがれええええええ!!!!!テメェ、真実のアイといかいうしょーもねーこといったらアタシが不敬罪処刑覚悟でそのお綺麗な顔しばきたおしてやるよおおおおおお!!!」
ヒロインちゃんつぉい…。
「私が!!!私が原因なのだ!!!」
あらぁ、よく通るオペラ的テノール。
会場がシンッ!
人々の脳裏に様々な「殿下が原因」の理由が駆け巡るッ!
ちなみに婚約者である私(前世限界貴腐人アラフォー)は、「私は女性を愛せない…、男しか愛せないんだ…!」を推しますわよ。
「レティシェーヌは美しすぎる…」
「……は?」
ヒロインちゃんの「は?」は、多分会場全員の代弁だわ。
「レティシェーヌは美しすぎるんだ……とても美しいし、とても頭が良いし、とても優しいし、とても美しい……」
「美しい二回言ったな?じゃなくて、じゃあなんで婚約破棄なんか!!」
なんかヒロインちゃんが事情聴取してくれてる。草。
「きっとレティシェーヌは女神なんだ……そう!!女神!!!!!女神に違いない!!!私は、私は王太子だしそれなりに優秀だが…だが…だが!残念ながら、非常に残念ながら人間だ!!女神を崇拝することは許されても、あ、愛するなんて!!!そんなおこがましいこと出来ない!!!」
「殿下、馬鹿なの?」
「シッ!マリアくん!本当のこと言っちゃだめだろ!」
「お前も本当のこととかいうな…!」
「殿下童貞こじらせてんなぁ…いや、まぁ童貞じゃなかったらそれはそれで問題なんだけどさ…」
ヒロインちゃん直球過ぎますわ。
あと側近ーズ、あなた達、王族にたいする敬意はどこにおいてきましたの?前世?
「とにかくだ!!!私がレティシェーヌを愛することなんておこがましすぎて出来ない!!!しかも婚約!?結婚!?いやいやいやいやダメだろ、ダメだダメだ!!!私は王太子で、ゆくゆくは王になるんだぞ!?そんなやつがレティシェーヌの伴侶になんてなっていいわけ無いだろ!!だって、だって、レティシェーヌを常に優先することができない…!!!レティシェーヌを優先できないなんて、私には耐えられない…!!!」
会場が、というか後ろのギャラリーが「アホくさ、あっちで友達と話そ」「このテリーヌおいしー!」「そういえば話題の喜劇みたー?」みたいな雰囲気になってる。
なお、激おこぷんぷん丸だった超絶美形の両親は、本当の意味でのスマイルを浮かべている。
「あらあらまぁまぁ」みたいな感じだろうか。
「だから、だから……!!!!きっと私ではレティシェーヌを幸せにできない!!!私は、私はレティシェーヌが幸せであればいい……!!レティシェーヌは、私ではなく、ちゃんとレティシェーヌを常に優先できる頭が良くてイケメンで優しくて強くてとにかくよく出来た男に愛されるべきなんだ…!!!」
「うるせーーーーーーー!!!!このスットコドッコイ!!それ以上ほざくならてめーの口に冷え切ってぱっさぱさに乾燥したベイクドもちょもちょをつっこむぞ!!!」
ヒロインちゃん、地味に嫌なことしようとするわね?
あとあなたベイクドもちょもちょ派なのね…。
「あーーーー!!もう埒があかない!!!アラディアン様!!申し訳ないですけど、殿下もうこんな感じですけどどうしますか!?」
ちょっとヒロインちゃん、それはキラーパスすぎませんこと????
「そうですわねぇ…」
「すまない、すまないレティシェーヌ……すまない…」
「よろしいのではなくて?」
「エッ!!婚約破棄しちゃうんですか!?」
「そうではなくて……まぁ、それでもいいですけども……では一旦そういたしましょうか」
オペラ歌手(仮)殿下ほどではないけれど、静まり返った会場に私の声が響いてしまった。
「ですから、婚約破棄を承りましたわ。そして、私レティシェーヌ・アラディアンが王太子殿下、ライディーン・ベルフローレ様に改めて求婚いたします」
「エッ!?レ、レ、レティシェーヌ」
どっかの掃除ばっかりしてるおじさんみたいに言わないで頂戴、殿下…。
「私、殿下の女神様なのでしょう?だとしたら、その一番の信者である殿下は私に捧げ物をするのが当然ではなくて?」
「た、たしかに…!」
後ろで「そうはならんやろ」「なっとるやろがい」という声も聞こえますが無視ですわ、無視。
「ですから、私に国を下さいませ、殿下。そう、平和で、誰もが安心して暮らせる、豊かな国を。私に子を下さいませ。安心して、元気に、笑顔で過ごす民という子を」
「子、子ぉ!?民な、そうだな、民は等しく国母である王妃の子だものな!?!?」
「ウブだねぇ~」「こじらせ過ぎだろ」「レティシェーヌ様女神は確かにそう」と後ろ。うるさいですわよ。
「私も支えますわ。ですから、私と結婚してくださいませんか?殿下」
「はい、よろこんでー!!」
居酒屋かな?
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神聖歴XXX年
24代目国王、ライディーン・ベルフローレ即位。
歴史書によるとこのライディーン王は賢王とされ、その側にはいつも美しく聡明な王妃レティシェーヌが寄り添っていたという。
二人の仲は逸話すべてが熱々ラブラブで、周りを少々辟易させていたことがうかがえる。
また、このライディーン王の御代には多くの分野で賢者と呼ばれるレベルの人材がおり、技術革新も大きく進んだ。
ただどの歴史書にも共通してあるのは、「学園卒業パーティーの婚約破棄騒動は本当に茶番だった。砂糖吐きそう」という旨の記述である。
重要:王太子は転生者じゃない




