人形シール(呪)《本編》
バスで三十分、電車で七駅。
親の見栄のため俗にいう“お受験”で遠くの進学校であるM小学校に入学した。
近所の人や親族に鼻が高いと自慢する母だけど、正直通ってる身としてはどこの学校も変わらない。
年頃の子どもたちが多く集まる場所はいつだって同じことが起きる。
目立つ者とそうでもない者という二種類に分かれ、クラスの中心に立つ前者を後者が崇める構図だ。
私、土屋麻里は地味で控えめな生徒だと自負してる。
私は学校生活に失敗した。
クラスの中心人物の巴華矢に目をつけられたから。
金持ち、容姿端麗、自信家の三拍子が揃う華矢はクラスの中心に立つには充分のカリスマをもっている。
皆が羨望のまなざしを向けるなか、私がそっけない反応をしてしまったのが始まりだ。
彼女は私の態度が気に入らなかったらしい。
以来、華矢は自分の自慢と比較するように私の名前を出してくる。
「これ新作のヘアクリップ! カプセルトイの新作でコンプリートしたんだ。学校最寄りの駅ビルで買ったの。放課後ショッピングするならあそこで決まりだよね。麻里みたいに何駅も乗り換えなきゃいけない子は放課後寄ってられなくて可哀想だけど」
今日も昼休み華矢に晒し者にされて恥ずかしかった。
「……私だって、好きで遠くから通ってるわけじゃないよ」
甲高く笑う声が鬱陶しい。
あんなのとあと二年間、同じクラスならあと半年過ごさなきゃいけないなんて。
◆◆◆
「……ん?」
下校中。
帰りの電車の切符を買い、駅の改札を抜けようとする寸前、駅前の広場で黒く動くなにかが見えた。
黒い……着ぐるみ?
まるい耳の形はクマのようだ。
つぶらな二つの瞳は金色に輝いている。
道行く人は帰宅ラッシュだからか着ぐるみを気にもとめない。
平日の広場はイベントもなく閑散としている。
黒い着ぐるみは愉快な動きをして誰もいない広場をてくてく歩いている。
「行ってみよう」
改札から戻り近づいてみる。
着ぐるみは可愛くて好きだ。余計なことも喋らない。
「握手してください」
クマの着ぐるみは私が近づくとこちらを向く。
ゴワゴワの手で握手してくれた。感触が面白い。
「……え?」
手の中に何か収まっていた。
正方形の紙だ。
女の子のイラストが描かれている。
よく見ると女の子の手足には球体間接がある。
……これは、人形?
他の数枚の紙にも同じような人形のイラストが描かれている。
「かわいい。くれるの?」
クマの着ぐるみはじっと私を見つめる。
まるく輝く瞳は吸い込まれそうに無機質でちょっと怖い。
黒いシルエットは私から離れるとどこかへ消えてしまった。
「……はっ」
しばらくぼうっとするも、夕方五時を知らせるアナウンスと供に流れ出すどこか寂しげなメロディーに目が醒めた。
「いけない! 次の電車逃すとバスで帰れなくなる!」
私は急いで改札口に向かった。
◆◆◆
いつもより遅めの帰宅に両親から小言を貰いながら夕食を済ますと、私は部屋で謎の着ぐるみから貰った紙を見ていた。
人形のイラストは六枚ある。
金髪の綺麗な美しい子はフランス人形だ。
おしゃれな洋服を着てるこの子は手に花柄のワンピースと帽子を持っている。着せ替え人形だろうか。
顔が描かれてない背の高いのはマネキン人形で、踊り子の衣装を着ているのは機械人形か。背中にぜんまいが刺さっている。それにクマのぬいぐるみのイラストもある。
「ぬいぐるみは人形なのか……?」
そして最後の一枚を見てぎょっとする。
「なにこれ……藁人形?」
気持ち悪い。
持っていたくないな。
……そもそも、怪しい着ぐるみから貰ったもの事態が気味が悪いかも。
「捨てようかな」
ごみ箱に入れようとすると裏側に文字が書かれている。
『これを貼ると藁人形みたいになれるよ!』
「は?」
思わず捨てようとした紙切れたちを見る。
これ、よく見たらシールだ。
台紙にはそれぞれ絵の人形のようになれるという奇妙な文面が書かれている。
「本当に? 人形みたいになれるの?」
試しに『これを貼るとフランス人形みたいになれるよ!』を身体に貼ってみた。
変化なし。
「ほら嘘っぱち。おもしろくない」
騙された気がして面白くない私はベッドに身を投げ眠った。
◆◆◆
翌朝。
朝食の準備をする母と父が台所に来た私を見て驚いたように言った。
「どうした麻里すごい綺麗になったな」
「え?」
「あなた! 麻里ももう四年生だもの。おしゃれに興味があったっておかしくないわ。それにしても美人になったわね麻里。お母さん鼻が高いわ」
「え、なに急に。二人とも何言ってるの?」
やたら外見を褒められるので洗面所へ行き鏡を見る。
いつもと同じ地味な顔があった。
「あ」
そこで腕にあるものを見て気づく。
昨晩から腕に貼りっぱなしだった『フランス人形』のシールだ。
「まさか、『フランス人形』って、これを貼ったから周りにはフランス人形みたいに美人に見えるってこと?」
そんなバカな。
信じられないまま小学校に登校するも、周りの生徒たちも麻里を見て両親と同じ反応をした。皆道行く麻里を目で追ってくる。
「あいつあんな可愛かったか」
「俺は前から土屋は可愛いと思ってた」
「私も素材は良いと前から思ってたんだよね」
嘘つけ。
シールを剥がしてから同じことが言えるか?
などと悪態をつきたくなるも、シールの効果で皆の反応が普段と百八十度違うことに驚くことが先だった。
(これはすごいシールだ。良いもの貰っちゃった!)
「大したことないよあんな子」
そんな中、刺々しい声が自分にかけられた。
華矢だ。
私への嫌悪が強いせいか普段と反応が変わらない。
「ちょっとあか抜けただけで褒められていいね。持ち上げられたからっていい気になるなよ」
いつもよりも憎悪の増す顔で睨んでくる。
でもその睨みに私も負けじと睨み返す。
私には人形シールがある。
これからは私が輝く番が来たと私は確信した。
◆◆◆
私は残りの人形シールも使うことにした。
『着せ替え人形』を貼れば服に困らない。
憧れのジュニアブランドの新作から高級ブランドの靴やバッグまで、どういう経緯か分からないが私に届く。
『踊り子人形』は運動神経がバツグンになる。どんな競技も一等賞をとれる。姿勢も行儀もよくなり大人からの評判も上がった。
『マネキン人形』は便利だ。授業中どんなに眠っていても注意されない。誰かがダミーになってくれる。
そして一番お気に入りなのが『フランス人形』だ。
美しいのは武器だと思い知った。
美しくしていると皆麻里に親切にしてくれる。少し悲しそうにすれば生徒も教師もとんできてくれる。他の大人からも。
この前だって学校帰りに街を歩いていたら芸能事務所にスカウトされた。
「すごいね麻里ちゃんがスカウトされたのって人気アイドルがたくさん所属してる大手なんだよね」
「今度アイドルオーディション番組に出るんでしょ。私ぜったい麻里ちゃんに投票するから!」
「いいなー。私も麻里みたいになれたらいいのに」
羨望と称賛を一身に受ける。
クラスでは私が中心人物となっており、私の周りには常に人垣が作られた。
華矢の周りにいる友達も今は私の取り巻きになっている。
「まあね。でも私も見えないところで努力してるんだよ?」
そう言う私の身体には『フランス人形』と『踊り子人形』シールが貼られている。
二つ貼ればどちらの効果も得られると知った。
「でもさ、ああいうオーディション番組ってデビューするまでが盛り上がりのピークでしょ。すぐ飽きられてポイだよ」
毒々しい言葉が教室内へ響き渡った。
「代わりがいくらでもいる世界が芸能界だし。私言ってること違う? 土屋さん」
華矢の嫌味は止まらない。
前までの私なら真に受けて落ち込んでいるところだが不思議なことに自分に余裕があると華矢の言葉は負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
「……? どうしたの?」
取り巻きの一人がうつむいているのが見えた。どこか表情が表情が暗い。
声をかけられた彼女は弾かれたように顔をあげ、
「な、なんでもないよっ」
「あれ? シズク昨日と同じ服じゃない。着回し上手なのに珍しいね」
シズクと取り巻きは他の取り巻きたちと会話を始めた。
「……?」
なんとなく、胸騒ぎがした。
◆◆◆
翌日の朝。
私が教室へ入ると室内はしん、と静まり返った。
明らかに自分へ向けられる重い空気に背中に冷たい汗が走る。
「おはよう」
挨拶してもクラスメイトたちの返事はない。それと反して奥にある自分の席の方へ近づくと、啜り泣く声が聞こえてきた。
教室の隅でシズクが泣いていた。
彼女を慰めるように他の取り巻きたちが囲んでいる。
取り巻きたちは私を睨む。
「シズクが学校に着ていく洋服がなくなっちゃったんだって」
「え?」
「シズクのパパとママ、デザイン系の仕事しててファッション関係の仕事にも携わってるから新作とか貰いやすいんだよ。だけどいつも贔屓にしてる業者さんが『これからは土屋さんにお渡しすることになったので』ってくれなくなっちゃったんだよ。意味不明だよね」
「……エンジェルブーケのワンピース、楽しみにしてたのに……っ」
わんわん泣き出すシズク。
シズクの着てる服は昨日と同じものだった。
泣きながら彼女が欲してるエンジェルブーケのワンピースとは今私が着ているものだろう。
昨晩、私宛てに届けられた大箱にはそんなブランドの名前が書かれていた。
「これって麻里ちゃんが関わってるってことだよね」
「し、知らないよ私」
本当に知らなかった。
どこから手に入るかは謎だったけど、次々届くから魔法のようなものだと思ってた。
「服だけじゃない。麻里ちゃんが持ってっちゃうのは全部だよ」
「全部って、何を私が持ってったっていうの?」
「とぼけないでよ!」
私を褒めてくれた彼女らはもういない。
溜めていた不満を吐き出すように糾弾を始める。
「先生だって麻里ちゃんだけ贔屓するし」
「オーディションだって麻里ちゃんが目立ちすぎて他のメンバーの子映る出番とられちゃうし」
「学校周辺でも『人形のように美しすぎる小学生』って面白がってうろつく配信者も増えてるし迷惑だよ」
称賛なんてあっけなく評価は嘘のようにひっくり返った。
みんな身勝手な奴らばかりだ。自分たちから私に群がってたくせに!
「ほら、あんたなんかが調子にのるからこうなるんだよ」
自信がたっぷり含まれた忌々しい声が背後に投げられた。
華矢だ。彼女は満足そうに微笑んで立っている。
「三日天下ご苦労様」
教室内の空気を感じてかいつの間にかギャラリーは華矢の周りに集まっている。
形勢逆転と云わんばかりに彼女は唇を吊り上げ、笑う。
うるさい。
見透かしたような目で見るな。
私はこれで終わりじゃない。私にはまだ切り札がある!
◆◆◆
「話って何?」
華矢を呼び出したのは放課後の図工室だった。
夕日を浴びて橙色に染まる木材の多い部屋は、深夜の森のように静かで、おが屑の甘い匂いと相まってどこか現実離れした世界にいるような錯覚に陥る。
図工室で二人きり、私と華矢は対面し話し合う。
「負け犬の遠吠えでも披露してくれるのかな? それとも不快な思いをさせた謝罪でもしてくれるわけ。華矢としてはあんたの転落劇見せてくれたお礼に引導なら渡してもいいけど」
意地悪そうに口の端を上がる華矢。
「そうね。私もあんたに渡したいと思ってる……この世から消える、引導を」
私は華矢に一枚シールを貼りつけた。
一度も使ったことのない『藁人形』のシールを。
「なにコレ……気持ち悪い!」
腕に貼られたシールを剥がそうとするも、なかなか剥がせないらしい。こちらを見て叫ぶ。
「陰湿すぎじゃない!? だからあんたは見下されるのよ。私にも周りにも!」
私に掴みかかろうとする華矢。
その途端、地響きのような音が図工室を包んだ。どんどん近くなる轟音。足音だ。
大量の足音が図工室まで迫ってくる。
ドタドタドタドタ!
雪崩れるように図工室へ入ってくるのは学校内の生徒たちだった。名前も知らない上級生や下級生もいる。全員虚ろな表情をしている。
彼らは操られた人形のようにゆらり、と華矢の方へ歩いていく。
「ちょっとなに、嫌、こっちに来るなッ!」
青ざめる華矢は後退りする。
勢いで背後の工具箱をひっくり返した。
床に転がる釘や金槌を拾うと彼らに投げつけるも虚しく外れる。
同時に彼らは落ちているソレを拾い上げ、
「まって、助けて」
そして彼女に向かって振り上げた。
甲高い悲鳴が室内に響き渡った。
『藁人形』シールの効果だ。
貼られた対象は藁人形になる。
即ち藁人形のように鈍器で身体を打ちつけられるのだ。
血だまりが広がる床を見て私は震えながら言ってやる。
「華矢がいつも私をコケにするからだよ。あんただって傷つく方を味わえばいいんだ――!」
ドクン。
身体に激痛が走った。
身体が、痺れるように、抉られるように痛い。
痛い痛い痛い痛い!
「どうして……まさか」
白く伸びる血だらけの腕にある藁人形を見る。
藁人形は相手を呪う人形。人形に打ち付けた後は対象の相手に呪いがかかる。
「皆、私に呪いをかけたっていうの?」
お腹が胸が内蔵が千切れそうに痛い。
このままじゃ死んじゃう。
助けて。
誰か助けて!
(……あ)
自分の手の中に一枚だけ残されたシールがある。
『ぬいぐるみ』シールだ。
『これを貼るとぬいぐるみみたいになれるよ!』
使い道がわからなくて『藁人形シール』と同時に放置してたシール。
これでいい。
とにかく貼れば何らかの効果は得られるはず。
私は自分に『ぬいぐるみシール』を貼った。
……抉られるような痛みがなくなった。
同時に温かさを感じる。
「かわいいクマちゃん……ごめんね」
私は名前も知らない生徒に抱えられていた。その場にいた全員もいつの間にか私を見て涙ぐんでいる。
これは……助かった?
取り合えず『ぬいぐるみ』シールの力で『藁人形』の呪いは止められたのか。
「こんなにかわいいのに」
「かわいいのに」
「かわいいのに」
私は愛でられていた。
ぬいぐるみのように。皆が私を撫でようと手を伸ばす。
安心するのはまだだ。
この間に華矢に貼ったシールを剥がさないと同じことが起こるかもしれない。
(あれ?)
立ち上がろうとするも転んでしまった。
おかしい、立てない。足に力が入らない。
這いつくばって華矢のところまで行く。
血濡れた腕のシールに手をかけているのに、剥がせない。
手が、自由に動かせない!
(まさか)
私は『ぬいぐるみシール』の恐ろしさに気づいてしまった。
今まで麻里が使った人形シールには球体関節が描かれていた。
ぬいぐるみには関節や指がない。
「かわいいクマちゃん」
「かわいいね」
「かわいいね」
愛でるのはいいから誰か私のシールを剥がしてよ。
このままずっとぬいぐるみになるなんて嫌!
早く戻して!誰か誰か誰か。
腕の中の温もりに包まれながら私は絶望を迎えていた。




