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09.笑顔の裏側

昼休みになると、窓際の席に自然と友達が集まってくるのはいつものことだった。

弾ける笑い声に包まれて、陽咲も自然に口角を上げる。

友達の輪の中にいるとき、笑顔でいることはもう呼吸みたいなものだ。

けれど、その日の彼女は、ふとした瞬間に自分の声がわずかに上ずっていることに気づいた。

笑っているのに、奥には透明なガラスの膜が張っている。

皆の会話がその膜をすり抜けていくようで、どこか自分だけが少し遠くに置かれている気がする。


「陽咲ってさ、ほんといつも楽しそうだよね。うらやましい!」

友達にそう言われた瞬間、頬に熱が集まった。

――楽しそう。

そう見えるように振る舞っているだけなのに。


笑い合う輪の中で、陽咲はいつも明るい子を演じてきた。

名前に込められた“陽のように咲く“という意味に沿うように、無意識にそうしてきた。

でも、本当の自分はどうだろう。

昨日も、レンとしてSNSに書き込んだときの方が、ずっと自然だった気がする。


「そういえばさ、テスト勉強進んでる?」

話題が飛んで、勉強や進路の話になる。

「全然ー! 数学とかマジ無理!」と誰かが叫ぶ。

「陽咲はどう?」

不意に振られた問いに、一瞬だけ言葉が詰まった。

しっかり者の陽咲としてなら、「まぁまぁかな。」と答えるべきだろう。

でも本当は、頭の中は焦りでいっぱいだ。

心臓が早鐘を打つ中、彼女は微笑んで言った。

「……うん、なんとかなるよ。」

違う。本当は不安で仕方ないのに。

なのに、またひとつ陽咲らしい答えを口にしてしまった。


午後の授業、黒板の文字をノートに写しながらも、心は上の空だった。

(どうして、私はこうなんだろう。)

友達といるとき、笑顔を浮かべていられるのは確かに楽だ。

けれどその笑顔が、どんどん自分を縛りつけていくような気がする。


放課後、友達と校門で手を振り合い、陽咲はひとりで帰り道を歩く。

街のざわめきに溶け込むように足を進めながら、ポケットのスマホを無意識に取り出していた。

画面を開けば、レンとしての自分が息をしている場所がある。

そこでは、不安も弱さも、飾らない言葉で吐き出せる。

「テスト怖い。全然頭に入らない」

レンとして書き込んだ一文は、驚くほど正直だった。

やっぱりこっちの方が、本当の私に近いんじゃないか。

そんな考えが頭をかすめたとき、陽咲は足を止めた。


振り返れば、夕陽に照らされた校舎の屋根が遠くに見える。

友達と笑い合ったあの時間も、確かに自分の一部だ。

けれど、そこに居る自分と、レンとして息をしている自分の間には、亀裂が生まれ始めていた。


陽咲はスマホをぎゅっと握りしめた。

「……どっちが、本当の私なんだろう。」

つぶやいた声は、夕暮れの空に吸い込まれていった。

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