06.素直になれる夜
放課後、教室の喧噪が嘘みたいに静かな自室。
机の上には開いたままの教科書。けれど、ページをめくる手は止まっていた。
陽咲はベッドに寝転び、スマホの画面を見つめている。
レンとして、カケルとやり取りを始めてから、もう一週間ほどが経った。
相変わらず、交わす言葉は短い。
「眠い」「腹減った」「課題多すぎ」
そんなつぶやきの断片。だけど、不思議とそこに安心感があった。
(私も、こんなふうに言っていいんだ。)
陽咲としての自分は、いつも気を張っていた。
明るく、元気で、友達思いで、親の期待に応える“いい子“。
愚痴も弱音もしまい込み、表には出さない。
でも、レンなら違う。ここでは誰も私を知らない。
明るい子でいる必要も、しっかりした娘でいる必要もない。
思い切って、指を動かす。
「勉強したくない。机に座るだけで眠くなる」
送信したあと、少しざわめいた。
──変に思われないかな。
──嫌われないかな。
数分後、スマホに着信が届く。
「……分かる。俺もしょっちゅう寝落ちしてる」
その短い返信に、思わず笑みがこぼれる。
──大丈夫なんだ。受け止めてくれるんだ。
それから、言葉が止まらなくなった。
「数学の公式とか、暗号にしか見えないし」
「わかるw」
「部活もあるし、ほんと時間足りない」
「俺は部活入ってないけど、逆にヒマでしんどい」
気づけば、今まで誰にも言えなかった本音が、指先から流れ出ていた。
レンとしての言葉は、まるで心の奥の鍵を外すみたいに自然だった。
ふと時計を見ると、もう夜の十一時を過ぎている。
「やばい、明日寝坊しそう。」
そう打ち込むと、カケルから即座に返事が来た。
「じゃあ寝ろw」
シンプルすぎる言葉なのに、その言葉が温かく感じる。
スマホを伏せて、ベッドに転がる。
天井を見上げながら、ふと思う。
──こんなふうに、弱い自分を見せられる人がいるなんて。
学校の友達にも、両親にも話せないこと。
でも、レンとしての私は、カケルには言える。
画面の向こうにいる、まだ顔も知らない誰か。
だけど、その誰かが、確かに私を支えてくれている。
「……ありがとう。」
声に出す必要はないのに、ぽつりと呟いてしまう。
画面の向こうの彼に。
そしてようやく、まどろみの中へ落ちていった。




