05.画面越しの鼓動
陽咲は、夕方の帰り道でふとスマホを取り出す。
通知を開くと、カケルからの短い返信がある。
「今日も疲れた」
たったそれだけの文字列。なのに、彼女に波紋が広がる。
彼とやりとりを始めてから数日。
互いの言葉は決して長くない。
「眠い」「課題だるい」「雨やだ」
そんな単語の連なりにすぎないのに、なぜか彼女には心地良かった。
(私だけが、この人の小さな声を拾っている。)
そんな感覚が、陽咲にとって特別に思えた。
けれど、教室に戻ればまた“明るい陽咲“を演じる時間。
友達と笑い合い、恋バナをして、にぎやかな空気に溶け込む。
声を弾ませながらも、心のどこかで思う。
ここには、レンとしての自分を知る人は誰もいない。
その日の夜、机に教科書を広げながらもスマホが気になって集中できない。
カケルからの通知はない。
「……別にいいんだし。」
小さく呟いて自分に言い聞かせる。
だが、思い切って、レンのアカウントを開く。そして、つぶやきを一つ投稿する。
「何となく、誰かと話したい」
送信ボタンを押した瞬間、後悔が押し寄せる。
──重いと思われないかな。
──変に見えないかな。
けれど、数分後、通知が届いた。
「……そういう夜、俺もある」
カケルからの返事。
その短い一文が、陽咲の心を温かく満たす。
画面を見つめながら、自然に頬が緩む。
気づけば、心臓の鼓動が少し速くなっていた。
──どうして、こんなに嬉しいんだろう。
──ただの見知らぬ誰かなのに。
けれど、心の奥では薄々気づいていた。
これはもう、ただのやりとりじゃない。
私にとって、レンとしての言葉を受け止めてくれる唯一の人。
名前を知らない誰かに、自分の心が引き寄せられている。
その夜、布団に入っても眠れなかった。
カケルとの短いやり取りを何度も読み返しながら、画面の向こうにいる彼の姿を思い描く。
声も知らない、顔も知らない、学校も違う。
だけど──確かに存在する誰か。
陽咲は小さく呟いた。
「……また話せるといいな。」
彼女の心は、確かに少しずつ、レンとしての世界に傾いていた。




