21.沈む陽咲と浮かぶレン
朝の教室、窓から差し込む光が、机の上で白く反射する。
友達が談笑する声が重なり合い、教室はざわめきに包まれていた。
楽しそうに話す輪の中で、陽咲は笑顔を浮かべる。
しかし、心はすでに遠くにあった。
まるで、セリフを棒読みするかのように、自分の声が機械的に聞こえる。
本当に陽咲として生きているのだろうか?
机の下でスマホを握る。
ロック画面に映る通知の小さな光。
――それが、今の私を生かす唯一のものだった。
放課後、家に戻ると同時にスマホを開く。
カケルからのメッセージが届いていた。
「今日さ、授業中に先生に当てられたけど、答えられなくて。
また笑われた。……でも、もう慣れたかな」
文章の中にある孤独の影。
それは陽咲にとって、不思議なほど温かいものに思えた。
「わかる。私も笑ってるけど、本当は全然楽しくないんだ。
私が自分を演じてるって、誰も気づかない。
でもカケルには、気づいてほしい」
――気づいてほしい。
陽咲としては絶対に言えない言葉。
でも、レンとしてなら素直に言える。
返事はすぐに来た。
「レンが無理してるのは、なんとなくわかる。
でもさ、俺はレンの素直な言葉が好きなんだ。
だから、無理に笑う必要なんてないと思う」
画面を見つめたまま、涙がにじんだ。
――救われた。
陽咲としての私は、誰にも必要とされていない気がしていた。
けれど、レンとしての私は、確かに誰かに受け止められている。
その違いがあまりにも鮮明で、陽咲としての時間が急速に色あせていく。
夜、鏡の前に立った。
制服姿の自分がそこにいる。
整った髪、明るさをまとった表情。
誰もが、陽咲と呼ぶ少女。
――でも、これは私じゃない。
「……私、もう、どっちが本当かわからない。」
レンとしてカケルに向ける言葉は、どれも嘘じゃない。
でも陽咲として過ごす時間は、どれも仮面みたいに思える。
心の天秤は、少しずつ傾いていく。
陽咲を保つことが苦痛で、レンでいることが安らぎになっていく。
スマホが震えた。カケルからの新しいメッセージ。
「なあレン。もし毎日が辛いなら、全部抱え込まなくていいと思うよ。
レンのままでいればいい。俺はそれでいいから」
その言葉を読んだ瞬間、心の奥にあったかすかな恐れが、一気に現実の形に変わる。
――陽咲をやめる。
――レンとして生きる。
その誘惑が、甘い響きとなって心を支配していく。
陽咲は、いやレンは、スマホを強く抱きしめた。
「……私、もう戻れないかもしれない。」
声に出したその瞬間、涙が一筋頬を伝った。




