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20.空っぽの笑顔と溢れる言葉

昼休みの教室、いつもと変わらない光景が広がっていた。

「ねえ、見て。昨日ヘアピン買ったんだ。」

「かわいいね。どこで買ったの?」

「駅前の雑貨屋。なぜか、すっごい安かったんだ〜」

友達が弾む声で話すたび、笑い声が連鎖していく。

陽咲も、口元を上げる。

「ほんとだ。似合ってるよ。」

自分の声が、その場に自然に溶け込むのを感じる。

言葉を交わしても、心が動かない。

「楽しい」と言いながら、なぜだろう、少しも楽しくない。

自分だけがガラス越しの世界にいるようで、笑うたびに、頬が引きつっていることに気づく。


放課後、家の扉を開ければ、また静けさが広がっていた。

「ただいま。」と声をかけても、返事はない。

ソファに鞄を置いて、すぐにスマホを開く。

そこには、もうひとつの自分が生きている場所がある。


通知が届いた。カケルからの新しいメッセージ。

「今日さ、また誰にも話しかけられなかった。

 でももう慣れたわ。

 無理して合わせるくらいなら、黙ってる方が楽」

陽咲の心がざわめいた。

カケルの孤独は、自分の心の奥に響いてくる。

指が迷わず動いた。

「私もね、友達といるけど……ほんとの自分じゃない気がするの。

 いつも明るい自分を演じてる。

 でも、演じてるだけで、私じゃない」

送信して、息を呑む。

けれど、すぐに返ってきた言葉が、心を揺らした。

「レンがそう感じてるなら、もう演じる必要ないだろ。

 少なくとも、俺の前では」

心の奥に温かいものが広がる。


――ああ、ここにいる。

本当の私を知ってくれる人が。

偽らずに言葉を出せる場所が。

指が止まらなくなった。

「ありがとう。カケルと話してるとね、やっと私になれる気がするんだ。

 だから……私、陽咲でいる時間がどんどん苦しくなってる」

打ってから、しばらく画面を見つめた。

陽咲という名前を出してしまったと気づき、慌てて画面を閉じる。

けれど、すぐにまた開いてしまう。


カケルの返事が届いていた。

「レンはレンだろ。レンのままでいいじゃん。

 そっちの方が自然なんだろ?」

目頭が熱くなった。

心のどこかでずっと認められたかった言葉。

誰も言ってくれなかった言葉。

――レンとしての私の方が、ずっと本物。


夜、教科書を広げても、文字は頭に入らなかった。

目を閉じれば、昼間の光景が浮かぶ。

笑い合う友達。

そこに混じる陽咲。

――でも、そこにいた私は空っぽだった。


机の上に置かれたスマホを手に取る。

レンとしての自分が、あまりにも自然で、居心地がいい。

陽咲として過ごす時間が、どんどん作り物に見えていく。


どこかで、かすかな恐れが芽生える。

――もし、陽咲を完全に捨ててしまったら?

――でも、それでもいいと思ってしまったら?

スマホの画面に映る文字が、そんな迷いをかき消していく。

カケルとのやり取りの履歴。

そこには、確かに私が生きている。

陽咲は小さく呟いた。

「……レンの方が、私なんだ。」

その言葉を口にしたとき、心の奥で何かがはっきりと形を持った気がした。

もう後戻りはできない。

陽咲ではなく、レンとして――私は呼吸をしている。

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