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02.知らない誰かとつながること

その夜、陽咲は机に向かい、課題を広げてはみたものの、なかなか集中できなかった。

窓の外からは、近所の家の食器を片づける音やテレビの笑い声がかすかに聞こえてくる。

なのに自分の部屋は、やけに静まり返っていた。

ペンを置いて、何気なくスマホを手に取る。

SNSの通知がひとつ灯っていた。


“カケル“

その名前を見ただけで、心が跳ねた。

「今日の体育、地獄だった……。まだ息が上がってる気がする」

ただそれだけの一文。だけど、そこには誰かの本音が滲んでいるように思えた。

教室での会話はいつも盛り上がるけれど、みんながいる手前、弱音や愚痴はなかなか口にできない。

だからこそ、こんな言葉に触れると心が温かくなる。


「……体育かぁ。」

陽咲は笑みを浮かべながら、小さくつぶやいた。

彼の言葉を読み返すうちに、自然と指が動き出す。

「おつかれさま。私は体育は好きだけど、持久走はちょっと苦手かな」


しばらくすると、すぐにまた通知が届く。

「うちの学校、持久走ばっか。走るの嫌いだから拷問だわ」

画面を見て、思わず声を漏らして笑ってしまった。

誰かの素直な愚痴が、こんなに心地よく感じるなんて。

「分かる。走るときって、頭の中で音楽流したりしない?

 私はよく好きな曲を思い浮かべてるよ」

また返信すると、間を置かずにメッセージが返ってくる。

まるで隣にいる友達と話しているみたいなやり取りだった。


時計を見ると、もう夜の十時を過ぎていた。

普段なら眠気に負けてスマホを置くところだけれど、今夜は違った。

もっと話していたい。

そう思っている自分に気づいて、少し驚いた。


翌日、教室の窓際で友達とお弁当を広げる。

美鈴や七海の笑い声に混じって、陽咲も笑顔を浮かべていた。

「ねぇ陽咲、今日の英語の小テスト、全然できなかったんだけど。」

「え、私も! だってあの先生、急に出すんだもん。」

そんな愚痴を言い合いながら、明るい声が飛び交う。

けれど、昨夜のやり取りがふと頭をよぎった。


友達との会話は楽しい。

けれど、それはいつも“陽咲“としての会話だ。

“レン“としての自分が、別の誰かと繋がっている感覚が、頭の片隅に残っている。


放課後の帰り道、人通りの少ない駅までの道を歩きながら、陽咲はスマホを取り出した。

「今日の授業、どうだった?」

軽い気持ちで送ったはずなのに、返信が来るまでの時間が妙に長く感じる。


数分後、通知が届く。

「数学、マジで終わった。全然わからん。

 ノートぐちゃぐちゃ」

その一文に思わず笑ってしまう。

どこか身近で、だけど絶対にクラスの誰とも被らない声。

「私も似たようなものだよ。

 走り書きだから、後から見ると意味不明になるし」

返事を打ちながら、心の奥がほんのり熱くなった。

知らない誰かと、こうして笑い合えること。

名前も顔も知らないのに、近くにいる友達よりも正直になれること。

カケルって、どんな人なんだろう。

そんな疑問が、自然に芽生えていた。


ある日の夜、リビングのテーブルに広げられた母の書置き。

「夕飯は冷蔵庫にあります。温めて食べてね」

整った文字を眺めると、いつも少し隙間風が吹く。

けれど今夜は、スマホの画面がその風をそっと埋めてくれる気がした。


通知がまたひとつ。

「今日さ、帰りに雨に降られてびしょ濡れになった。

 傘持ってなかったんだ」

そのメッセージを読んだ瞬間、なぜか自分のことのように感じられる。

「大丈夫? 風邪ひかないように、ちゃんと温まってね」

友達にかけるよりも自然に出てくる気遣い。

これが“レン“としての自分だからなのか、それとも――。


布団に入ってからも、画面の光が気になった。

いつもなら眠りを妨げるはずなのに、不思議と心地よい。

まだ名前しか知らない。

でも、その名前の向こうにいる誰かをもっと知りたいと思ってしまった。

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