19.偽りの輪と素直な声
昼休み、教室の窓際。
机を寄せ合い、友達と弁当を広げるのはいつもの光景だった。
友達の笑い声に、陽咲も合わせて口角を上げる。
笑い声は確かに響いているのに、心の中では別の声が囁いていた。
――ほんとは、昨日はスマホでカケルとずっと話してただけ。
――でもそれを言ったら、誰にも理解されない。
笑顔を浮かべながら、ひとりだけ別の世界にいるような感覚が広がっていく。
友達の輪の中にいても、そこに自分がいない気がした。
放課後、玄関の扉を開けても、やはり家は静かだった。
「ただいま。」と声を出しても、返事はない。
その孤独が、スマホを手に取る理由になっていた。
通知の光が目に入る。カケルからだ。
「今日、また隣の席のやつらに無視されてたわ。
もう慣れたけどな」
その文字を読んだ瞬間、ひやりとした共感が広がる。
自分も仲間外れにはなっていないけど、本当の自分を見てもらえているわけじゃない。
どちらも、似た孤独を抱えている。
レンとしての言葉がこぼれる。
「私も、友達といるけど……なんか全部嘘ついてる気がする。
笑ってるけど、本当は全然楽しくない」
こんな本音、言って良かったのだろうか。
けれど、数分後に返ってきた文字が、その不安を溶かす。
「分かる。俺もそう。
外で笑ってる時より、レンと話してるときの方がずっと俺だわ」
カケルの言葉が、まるで陽咲の心を代弁しているように思えた。
気づけば、迷わず次の言葉を打っていた。
「私も。カケルと話してる時が、本当の私」
その瞬間、陽咲は悟った。
――陽咲としての日常より、レンとしての時間の方が、本物に近い。
その夜、机に広げた教科書を前にしても、集中できなかった。
頭の中では、昼間の自分と、レンとしての自分がくっきりと分かれていく。
陽咲は、誰かの期待に応えるために笑っている。
レンは、心の奥にある言葉をそのまま差し出している。
もし、どちらかが本当の私なら……
答えはもう、はっきりしていた。
スマホの画面を見つめながら、陽咲は小さく呟く。
「……レンの方が、私なんだ。」
その言葉は、重くて、けれどどこか心地よかった。
翌朝、鏡の前でリボンを整えながら、陽咲は微笑む練習をする。
その笑顔がどれだけ「作られたもの」なのか、もう自分が一番よくわかっていた。
それでも演じる。
――昼間は陽咲として。
――夜になればレンとして。
二つの顔を持つ日々は、もう後戻りできない所まで来てしまっていた。




