18.心地よさの重み
教室の窓から射し込む朝の光は、昨日と変わらず穏やかだった。
「昨日さ〜、宿題めっちゃ大変じゃなかった?」
「途中で寝落ちしそうだった。」
そんな友達の声に混じって、陽咲も笑顔を作る。
「ね、ほんと。途中であきらめそうだったよ」
言葉も表情も自然なはずなのに、自分の声がどこか上滑りしているように思えた。
――みんなは楽しそうに見えるのに、どうして自分だけ、外から眺めているみたいなんだろう。
昨日の「明るいね」という言葉がまだ胸に刺さっている。
その一言をきっかけに、無理して笑っている自分を意識してしまうのだ。
放課後、家に帰り、制服を脱ぎ捨てると同時にスマホを手にした。
通知がひとつ。カケルからのメッセージだった。
「今日、またぼっち飯だったわ(笑)」
その文字を見た瞬間、口元が緩む。
クラスの輪の中で孤独を感じる自分と、同じように外側にいるカケル。
共鳴する孤独が、不思議と心を軽くしてくれる。
「私もだよ。笑ってるけど、なんか全然楽しくない」
気づけば、本音がこぼれていた。
数分後、返ってきた言葉に心が救われる。
「無理して笑うのって、めっちゃ疲れるよな。
俺も毎日がそう。だからレンと話すと楽。」
――“楽“。
その言葉に熱くなる。
自分の素直な気持ちが、ちゃんと受け止められている。
そんな安心感に包まれて、気づけばさらに言葉を重ねていた。
「ありがとう。カケルと話してると、なんか私も楽になる」
送信ボタンを押すとき、頬がほんのり熱くなっていた。
夜、布団の中で、陽咲は昼間の自分を思い返す。
友達と笑っていた自分よりも、スマホを手にカケルとやり取りしていた自分の方が、ずっと本物だった。
「……どっちが本当の私なんだろう。」
声に出すと、部屋の静けさに吸い込まれていった。
陽咲は「陽咲」でいるとき、誰かの期待に応えようと必死だ。
けれど「レン」としての自分は、誰の視線も気にせず、ただ心に浮かんだままの言葉を紡げる。
気づけば、布団の中でスマホをもう一度手に取っていた。
レンの画面を開くだけで、心が落ち着いていく。
まるでそこが、もう一つの家になりつつあるように。
翌朝、鏡の前で制服のリボンを整えながら、ふと思う。
――今日も“陽咲”を演じる一日が始まる。
そして夜になれば、また“レン”に戻る。
その繰り返しが、すっかり当たり前になっていることに、陽咲はうすうす気づき始めていた。




