17.はみ出した素顔
昼休み、教室の窓際で弁当を広げる輪の中に、今日も陽咲は座っていた。
昨日よりも暖かい陽気に、誰かが「夏っぽいね!」と言えば、すぐに「海行きたい〜!」と別の声が重なる。
楽しげな空気に包まれながら、陽咲も笑顔を浮かべる。
けれど、どうしてもその輪に入りきれない。
「陽咲ってさ、ほんと明るいよね。」
「え、そんなことないよ!」といつもの調子で返す。
だけど、その一瞬。
(ほんとは違うのに。)
そんな言葉が喉の奥までせり上がってくる。
危うく口を突いて出そうになり、慌てて笑顔を作り直す。
――危なかった。
レンとして吐き出すべき本音を、陽咲の顔で言ってしまうところだった。
友達は気づかず、また別の話題で盛り上がっている。
けれど陽咲だけは、取り残されたようにスプーンを握りしめていた。
放課後、家の玄関を開けると、やはり静けさが広がっていた。
ここには、陽咲を「陽咲」として受け止めてくれる人はいない。
そう思った瞬間、無性に寂しさが込み上げ、制服のままソファに倒れ込んだ。
しばらく天井を見つめたあと、スマホを手に取る。
指が自然にSNSアプリを開いていた。
レンのアイコンが視界に入るだけで、心がふっと軽くなる。
「今日さ、友達の前で“明るいね”って言われた。
笑って返したけど、本当は全然そんな気分じゃなかった」
間もなく、カケルから返信が届く。
「それ、めっちゃ分かる。
俺もよく言われるんだよ、“強そう”とか“平気そう”って。
ほんとは全然なのに」
短い言葉なのに、すとんと落ちてくる。
――あぁ、やっぱりこの人は、私と同じ場所に立っている。
「本当の自分を、みんなの前で隠してる感じがする」
もし、これが陽咲としての言葉だったら、誰も受け止めてくれない。
でも、レンなら、素直に言っていい。
ここでは、誰も笑わないし、否定しない。
布団の中、天井を見上げながら、昼間の出来事を思い出す。
「陽咲って明るいよね。」
その言葉に心が揺れた瞬間を、何度も反芻してしまう。
「……私、もう限界なのかな。」
声に出したら、涙が出そうになった。
陽咲としての自分は、ひび割れている。
でもレンとしての自分は、どんどん色濃く、本物に近づいていく。
“仮面”と“素顔”――どちらが自分なのか。
その境界が、日に日に曖昧になっていくのを、陽咲は確かに感じていた。




