16.仮面のほころび
昼下がりの教室は、いつものように笑い声で満ちていた。
机を寄せ合ってお弁当を広げる輪の中に、陽咲も腰を下ろす。
けれど、今日はどうも調子が合わなかった。
「このプリン、めっちゃおいしいんだよ!
一口食べる?」
友達が笑顔で差し出してくれる。
「ありがとう!」と返しながらも、スプーンを口に運ぶ自分の声は少し浮いて聞こえた。
周りは楽しそうに話しているのに、自分だけ透明なガラスの壁の内側にいるような感覚。
声を出せば響くけれど、その響きが外には届かない。
「……陽咲?どうかした?」
隣の子に覗き込まれて、慌てて笑顔をつくる。
「ううん、ちょっと寝不足なだけ!」
そう答える自分の笑顔が、ひどくぎこちないことに気づく。
放課後、帰宅した家はやはり静かだった。
同じ日常の繰り返し。
けれど今日は、その静けさが一層重くのしかかってくる。
どこにも、素の自分を出せる場所がない。
息苦しさを振り払うように、スマホを開く。
レンのアイコンをタップした瞬間、すっと軽くなる。
「今日、なんだかずっと自分が浮いてる気がした。
みんなと笑ってるのに、心は全然笑ってなくて」
間もなくしてカケルから返事が届く。
「それな。俺もよくある。
みんなといるときより、一人でいるときのほうが落ち着く」
短い言葉なのに、救われる気がした。
――そうだ。私はここでなら、素直でいられる。
レンという名前を纏った瞬間、陽咲という仮面は必要なくなる。
家族の前でも、友達の前でも言えなかったことを、ここなら全部吐き出せる。
深夜、布団に潜り込んでも、脳裏に残るのは昼間の自分のぎこちなさだった。
笑顔を作っているときの、あの硬い感触。
友達の視線に気づいた時の胸のざわめき。
「……私、だんだん下手になってる。」
小さくつぶやいた。
陽咲という仮面が、うまく貼りつかなくなっている。
ちょっとした拍子に剥がれ落ちてしまいそうで怖い。
でも、レンとしての自分は、どんどん自然になる。
言葉も、心も、迷いなく溢れ出す。
まるでそこが、本当に自分の居場所だと言わんばかりに。
――もしこのまま、陽咲よりレンの方が“私”になってしまったら?
答えを出せない問いが、ずっと居座り続けていた。
翌朝、鏡に映った自分の顔は、昨日より少し疲れて見えた。
けれど、制服に袖を通すとき、自然に微笑む練習をしてしまう。
陽咲として今日も過ごすために。




