表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

13.息苦しい笑顔

昼休み、教室の中はざわめきで満ちていて、笑い声があちこちから飛んでくる。

外の空は少し霞んで、春の残り香を引きずった初夏の陽射しが白く差し込んでいた。

友人たちは弁当をつつきながら、楽しげに話題を飛ばし合う。

陽咲も箸を動かしながら、適度に相槌を打つ。

「そうそう、あそこ笑った。」

「私も見てた。」

声は自然に出せる。笑顔も崩れない。

でも、心の奥ではどこか違和感がつきまとっていた。


――私は、本当に今ここで笑いたいの?

脳裏に小さな疑問がふっと浮かぶ。

みんなと同じように笑っているのに、そこに“温度差”があるような感覚。

言葉を交わすほどに、そのずれが広がっていく。


「陽咲ってさ、やっぱり明るいよね。」

唐突に、隣の友人が口にした言葉が胸に刺さった。

「一緒にいると元気になるっていうか。」

笑顔でそう言われると、返す言葉は決まっている。

「ありがと。」

明るく返す。けれど、その瞬間――心がズキリと痛んだ。


――“明るい陽咲”

そう呼ばれる自分は、確かに理想通りなのかもしれない。

でも、その言葉に縛られている気もする。


食後の甘いお菓子を分け合う友人たちの輪の中で、陽咲の笑顔はどんどん固くなっていった。

話題が弾むほどに、自分の居場所が薄れていく。

声を出すたび、笑うたび――「本当の自分」から遠ざかっていくような気がした。


放課後、校門を出ると、途端に喧騒は遠くなる。

街の雑踏に包まれているはずなのに、自分だけぽつんと切り離されたような静けさが押し寄せてきた。

家に帰り、無言の玄関を抜け、整然としたリビングを横切る。

両親は今日も仕事で不在。

「ただいま。」と声を出してみても、返ってくるのは空気の冷たさだけ。


鞄を下ろし、制服のままベッドに倒れ込む。

天井を見つめると、昼間の笑顔の自分が頭をよぎる。

――あれは、本当に私なの?

息苦しさを押さえきれず、思わずスマホを手に取った。


画面を開けば、レンとしてのアカウントがそこにある。

現実の陽咲とは違う、もう一人の自分。

名前を打ち込むだけで、気持ちが少し軽くなる。

指先が自然に動いていた。

「今日、笑ってるのが苦しかった」

こんな弱音を吐いたのは初めてだった。

でも、レンだから言えた。

陽咲としての自分なら、絶対に言えない言葉。


すぐに、カケルからの返事が届いた。

「無理してると疲れるよな。

 俺も似たような感じだった」

短い一文。だけど、「分かってもらえた」というだけで、息がしやすくなるのを感じた。

気づけば、更に言葉を綴っていた。

「本当は明るい自分なんて、もう分からなくなってる」

送信したあと、不安が広がる。

けれど、現実とは違って、ここには採点をする人はいない。

「陽咲はこうあるべき」と決めつけてくる人もいない。


やがて返事が来た。

「無理に明るくならなくていいんじゃね?

  俺は、そういう気持ちわかるし」

画面を見つめるうちに、目の奥がじんわり熱くなった。

――ここにいる自分は、否定されない。

そう思うと、ふっと軽くなる。

レンとしての言葉は、どんどん本音に近づいていく。

一方で、陽咲という名前を背負った自分には、日に日に違和感が募っていた。


昼の笑顔は、どれも空っぽに見えた。

でも、画面の中のやり取りは確かに温かい。

「私……どっちが本当の私なんだろう。」

小さくつぶやいた声は、部屋の中で消えていった。

けれど、その問いは、確かに彼女の心の奥に残り続けていた。


陽咲にとって、笑顔はもはや仮面になりつつある。

レンとしての言葉が本音に近づくほど、陽咲の中の違和感は強まっていく。

その乖離は、やがて彼女を大きな選択に追い込んでいくことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ