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12.名前に縛られる私

放課後の教室、窓の外に沈みかけた陽が、黒板を朱に染めている。

友人たちを横目に見ながら、陽咲はゆっくりと帰り支度を始めた。

声をかけられれば、反射的に笑顔を返す。

明るく応えるのが、正しい自分。

けれど、そのたびに、陽咲という名前が肩にのしかかってくる。


――陽のように咲く子であれ

親が願いを込めてくれた名前。その期待を裏切らないように、ずっと演じてきた。

でも本当に私は、そんなに明るい存在なんだろうか。

「陽咲」と呼ばれる度に、どこかに小さなひびが入っていく気がした。


夜、机に突っ伏したままスマホを開く。

通知が一つ。カケルからだった。

「今日の授業、マジで集中できなかった」

思わず吹き出す。

なんてことのない、たった一文。

だけど、その素朴さに救われる。

レンとしての自分なら、気を遣わずに返せる。

「分かる。私も黒板を三回くらい見逃した(笑)」

すぐに既読がつき、返信が返ってきた。

「それはヤバいな。俺より重症じゃん」

スマホの画面を見ながら、陽咲の口元に小さな笑みが浮かぶ。

誰かに明るさを演じる必要がない。

名前に縛られることもない。


レンとして話すときの自分は、陽咲よりずっと軽やかだ。

――もしかして、これが本当の私なんじゃないか。

陽咲としての自分は偽物なのか。

レンとしての言葉にだけ救われる私は、友達や家族に嘘をついているのではないか。


返信を待ちながら、画面の灯りに照らされた自分の指先を見つめる。

レンとしての言葉が増えるほどに、陽咲としての自分が薄れていく。

それが心地よくもあり、怖くもあった。


次の日、教室で友人に呼ばれた。

「陽咲、なんか昨日元気なかった?大丈夫?」

笑顔を返そうとするけれど、うまく頬が動かない。

――本当は元気なんかじゃない。

でも、陽咲なら、笑って答えなければ。

「大丈夫、ちょっと眠かっただけだよ。」

その瞬間、二つの声が響いた。

陽咲として守った仮面の声と、レンとして解放されたい本音の声。

その境界線は、日に日に曖昧になっていった。

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