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11.ふたつの顔のあいだで

スマホの画面に浮かぶ文字を見て、思わず笑みが漏れた。

「それ、俺も同じこと思った」

カケルからの短い返事。

どうしてこんなに素直で、肩の力の抜けた言葉が心にすっと入ってくるのだろう。

レンとして彼とやり取りを重ねる時間は、私にとって唯一「自分を隠さなくていい」ひとときになっていた。


思ったことをそのまま言葉にしても、変に浮くこともない。

励まそうともしないし、無理に笑わせようともしない。

ただ「そうだね」と受け止めてくれるだけ。

けれど、その何気なさが私の心を柔らかく包んでいた。


ふと現実に戻る。昼休み、いつもの明るい話題に、私も笑顔を添える。

口角を上げ、声のトーンを少し高くして、賑やかな輪に溶け込む。

でも、その笑い声の隙間に、自分の声が空っぽに響いているような気がした。


レンなら、こんな時

「正直あんまりおもしろくなかった。」

って言ってしまうかもしれない。

でも、陽咲の私は、それを言えない。

明るい子、みんなと一緒に楽しめる子。

そうでなければ、輪の中にいる資格がないと、どこかで思い込んでいる。


「陽咲ってほんとポジティブだよね。」

友達がそう笑いかけてくる。

私はとっさに「そうかな?」と笑い返した。


家に帰ってリビングに入ると、やはり誰もいない。

いつもと変わらない光景なのに、今日は妙に冷たく感じられた。

「ただいま。」と口にしてみても、空気は応えない。

ソファに腰を下ろし、スマホを手に取る。

指が自然とレンのアカウントを開いていた。

カケルからの未読の通知はなかった。

けれど、画面を見ているだけで落ち着く気がする。


――陽咲としての私。

――レンとしての私。

同じはずなのに、どうしてこんなに違うのだろう。

レンでいるときは、寂しさを隠さなくてもいい。

弱音を吐いたって、誰も「しっかりしなよ。」とは言わない。

ただ「そうなんだね。」と受け止めてもらえる。

その安心感に甘える自分が、確かにいる。


けれど、陽咲の私はどうだろう。笑顔を崩せない。

「ポジティブだよね。」と言われれば、その役割を守らなきゃいけない。

“陽のように咲く”という名前に縛られて、私はいつも正しい顔をしていなければならない。


――レンの私が本当なのか。

――陽咲の私が本当なのか。

その境目が、だんだんと分からなくなってきていた。


ベッドに横たわり、天井を見つめる。

名前って、なんだろう。

人を縛るものなのか、それとも解き放つものなのか。

陽咲という名前は、私を明るい子に縛りつける。

けれど、レンという名前は、私を自由な子にしてくれる。

本当の私は、どこにいるのだろう。

その問いに答えは出ないまま、再びスマホを開いた。

「今日は、ちょっと疲れた」

自分でも驚くくらい素直な言葉を打ち込む。


返事はまだ来ない。

けれど、画面を見つめながら、私は少しだけ呼吸が楽になっていた。

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