10.仮面の裏側
放課後の廊下を歩く靴音が、自分の存在をやけに大きく響かせていた。
昼間は友達と笑い合い、いつも通り“明るい陽咲”を演じきったはずなのに、その仮面を外した途端、心に残るのはしんとした虚しさだった。
「ただいま。」
家に帰って声を出しても、返事は返ってこない。
まるで誰も住んでいない家みたいに冷たく、静まり返っている。
笑顔を作っても、受け止めてくれる人はいない。
机に突っ伏したまま目を閉じたら、そのまま泣いてしまいそうで、慌ててスマホを取り出した。
タイムラインを開く。
レンという名前の、もうひとりの自分。
そこにしか居場所を感じられない時がある。
画面を見つめながら、心の奥にしまっていた言葉を打ち込んだ。
――笑うのが苦しいときがある。
――ほんとは楽しいのに、楽しいフリをしてる気がする。
――みんなの前で笑ってないと、居場所がなくなるのが怖い。
誰かに伝わらなくてもいい。
ただ吐き出すことで、ほんの少しだけ呼吸ができる気がした。
しばらく画面を伏し目がちに眺めていると、通知が届く。
カケルからの返信だった。
「……分かる。無理して笑うのって、すごくしんどいよな。
でも、笑わなきゃって思う時点で、本当は頑張りすぎてるんだと思う」
彼は、私の名前も、顔も、何も知らない。
なのに、どうしてこんなに心に響くのだろう。
再び指が動き出す。
「笑うのは好きなはずだった。
でも気づいたら、笑わなきゃいけないに変わってた。
本当の私はどっちなんだろう」
送信したあと、画面を見つめながら、涙が滲んだ。
ずっとひとりで抱えていたことを、ようやく言葉にできた気がする。
数分も経たずに、カケルからの返事が届いた。
「どっちでもいいんじゃないか。
好きで笑うのも、無理して笑うのも、両方が君なんだろ?
ただ、無理してるときは休んでいいと思う」
「休んでいい」
その言葉が、じんわりと広がっていった。
誰からも言われたことがなかった。
明るい子であることを求められるのが当たり前で、それに応えられない自分は駄目だと思っていた。
けれど、彼は違った。
レンとして吐き出した弱音を、ありのままに受け止めてくれる。
名前も顔も知らない相手だからこそ、余計な期待や評価がなく、ただ言葉だけがまっすぐに届く。
「ありがとう。ちょっと泣きそうになった」
勇気を出してそう返すと、すぐにスマホが震えた。
「泣いてもいいじゃん。
泣けるときに泣いた方が、強がるよりずっといいと思う」
画面が滲んで見えなくなった。
誰もいない部屋で、声を殺しながら涙を流す。
陽咲としては絶対に見せられない涙。
でも、レンとしてなら流してもいい。
涙が頬を伝い落ちるたび、少しずつ心が軽くなるのを感じた。
深いため息の後、わずかに笑みが零れた。
明日もまた、笑わなければならないのだろう。
でも、今夜だけはレンとしての自分を許してあげよう。
そう思ったら、少しだけ眠れそうな気がした。




