01.明るい陽咲
陽咲には、笑い合える友達がいる。
昼休みになれば、教室の窓際に集まってお弁当を広げるのがいつもの習慣だった。
窓から差し込む光は、春の名残をわずかに帯びていて、初夏の匂いを予感させる。机を寄せ合い、色とりどりの弁当を見せ合いながら、話題はあっちへ飛んだり、こっちへ跳ねたり――笑い声は止まらない。
他愛もない会話が、時間を軽やかに押し流していく。
陽咲も笑った。頬が自然にゆるみ、声を合わせることは決して苦ではない。
――“明るい陽咲”
その名前に込められた願いどおり、自分は明るく、みんなを照らす存在でいなきゃいけない。そう思えば思うほど、笑顔は板についた。
けれど、ふとした瞬間に気づいてしまう。
輪の中で笑いながらも、頬がこわばっていることを。
授業が終わり、夕暮れの道をひとり歩く。
友達と別れたあとの帰り道は、昼の賑やかさが嘘みたいに静かだった。
広い家の玄関を開ければ、整然とした空気が迎えてくれる。
母の靴も、父の靴もない。リビングは片づきすぎていて、人の気配はどこにもなかった。
「ただいま。」と口にしても、返ってくるのは自分の声だけ。
陽咲という名前の自分は、友達の前では“明るい子”。
家庭では“しっかりした娘”。
でも、そのどちらも本当の自分かどうか、時々わからなくなる。
だからこそ、もうひとりの自分をつくった。
――“レン“という名前。
本名じゃない。けれど、どこか自分に近い響きが気に入った。
「連なる」「繋がる」。そんな意味を思い浮かべると、ほんの少しだけ気持ちが軽くなる気がした。
レンとして発する言葉は、誰も採点しない。
無理に笑わなくてもいいし、期待に応える必要もない。
陽咲が抱え込んでいる空白を埋めてくれるのは、レンの存在だった。
けれど、SNSに作ったその名前で繋がるのは、どこか上辺だけのやり取りばかり。
短い言葉で交わしては、すぐに終わってしまう。
レンのことを、本当に見てくれる人はいないのか――そんな寂しさが夜ごと胸をかすめる。
そんなある日、画面に新しい通知が届いた。
カケルという名前の見知らぬアカウントからの、一言。
「今日の授業、すごく疲れた」
ただのつぶやき。何の変哲もない言葉。
でもその瞬間、なぜか心の奥がふっと揺れた。
気まぐれで返してみる。
「わかる……。私も今日は勉強で頭がパンクしそう」
だが、返信を書いては消してしまう。
どうせ、すぐに終わってしまうと思うから。
だが、なぜか今回は違った。返事がなくても構わない。
そう思いながら、返信を打ち込む。
不思議なことに、そのやり取りはそこで終わらなかった。




