名前のない島
亮、環、悠は湯場を出て、島の真ん中にある建物にいた。
椅子に座り、テーブルにはお茶と饅頭が出ていた。
「ここは守紋の里のひとつ、“名前のない島”と呼ばれている。ここの温泉を私たち林家が代々ここを守っている。妹…環のお母さんもここで暮らしていたんだよ」
亮がゆっくりとした口調で続けて話した。
「十数名がここで暮らしている。今はちょうど春の森の手入時期で皆そこに行っているんだ」
「守紋の里っていうのはどんなところなんですか?」
環が訪ねた。
「古から守紋たちが養生する“家”のようなところかな。傷を癒したり、赤ちゃんを産んだりしている」
「あ、そうだ。これを――」
環がポケットから千鳥の電子守紋を取り出しテーブルの上に置いた。
「雪輪兎がこれを“電子守紋”と呼んでいました。中を少し調べてみたんです」
「どうだった?」
亮が環に言った。
「守紋を見つけて攻撃するプログラムがされている…ようなんです」
環が悠の方を見て言った。
「さっきは、攻撃って言ったんだけど」
一瞬、言い淀んで続けて言った。
「――抹殺しようとしてるみたいなんだ」
悠は言葉も出ず、環の目を見た。
「どうして、こんなことになっているか何か分かりますか?」
環は亮に尋ねた。
「これまで電子守紋が出てくることはなかった。恐らく、ソラクア、ユニア、コードノヴァの三つの世界が“再生の日”で繋がったことがきっかけだとは思うが……。コードをよく知る人が森の手入で出ているんだ。夕方には帰ってくるはずだ」
亮はそう答えた。
(――似ている)
亮は、環の目を見ながら妹“栞”のことを思い出していた。
亮と栞は双子だったせいか、いつも同じ守紋を持っていた。
波千鳥も牡丹蝶も、色違いで二人とも持っていた。
名前のない島は、結界が張られ、外部から遮断されていた。
守紋たちの安らぎの場所でもあるので、
いつもリラックスして守紋たちと過ごすことができた。
亮も栞も千鳥や蝶が楽しく飛ぶ姿を見るのが好きだった。
いろんな守紋たちが湯場で養生していくのも見た。
守紋たちが湯場に来る様子を思い出しながら
(大事なことを忘れているような……)
と、亮は胸騒ぎがして
何かを思い出さなくてはいけない気持ちになった。
――そういえば、麒麟の守紋を初めて見た時だった。
赤い炎を身にまとい威風堂々とした姿に
『見惚れる』という言葉通りただ立って麒麟を見ていた。
私と違って、栞は確か二言三言、
麒麟と何か言葉を交わしていたような……。
あの時、栞が何か言っていた。
(大事なことを忘れているような……)
確かあの後すぐ、栞は結婚が決まり、奈国へ行くことになったんだった。
私よりも、栞の方がここを守っていくことに長けていたと思ったが、
栞は私が守っていくことに一点の曇りもなかった。
そして栞が奈国へ行く日、お互いの牡丹蝶を交換した。
(あの時、栞はなんて言っていたんだ……)