08
「おはようございます」
私は司書の前に赤い本を投げた。
「なんなんだ。この本は」
私にこの本を渡した司書は、なんてことない顔で本を読んでいる。
赤い本は供儀に呼ばれたところで終わっていた。こんなところで終わらせられると気になって仕方がない。
「私の姉の日記です」
「続きは? この後どうなったんだ」
「続きはないです」
司書は本を閉じ、私の目を見返す。
「私の姉は、行方不明になりました。その日記を残して」
「……奇遇だな。私の妻も行方不明だ、あんたは何を知ってる」
そういうと、初めて司書は私を見た。
「すみません。分かりません。ですが、供儀が何かを知っているのは確かです。私は、姉の行方を知りたい」
司書は赤い日記を胸に抱くと、悲痛の中絞り出すようにそう言った。
「……どうして私にこの日記を渡したんだ」
「偶々です……偶々。本当に偶然、日記と同じくこの町には全く降らないはずの雨が降った日に、この町について調べている人がいたので」
「雨が降らないってどういうことだ?」
「知らないんですか? この近辺は雨がほとんど降らないって、近所じゃ有名ですよ? だからこそ先日の雨は特に印象に残ってて」
「知らないぞそんな話……もしや伝承と関係あるのか?」
「伝承?」
がちゃんと音が鳴る。図書館の扉が開いて老人が入ってきた。ストンと窓際の椅子に座ると、ぼーっと外を眺め始めた。
「……ここではアレです。閉館後にまた話しませんか?」
「……分かった。時間になったらまた来る」
図書館を出る。外は晴れやかで、雨が降る様子は微塵もなかった。
薄暗くなった午後。私は図書館の前に立っていた。
入口で靴の泥を落とし、中に入る。
「あ、すみません。もうすぐ終わるので、座って待ってて下さい」
閉館後の作業をしてるらしい。私は窓際の椅子に座った。
「お待たせしました。どこで話しましょうか」
「この図書館はダメなのか? 誰も来ないだろう?」
「えっと、まぁ問題ないですけど」
司書は私の前に座った。黒縁眼鏡を直してこほんと咳をした。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は霖雨皐月。あの日記を書いた人の妹です」
「私は深谷龍池、民族学者です」
差し出された手を握って握手を交わす。
「皐月さん。今日の天気予報は見られましたか?」
「いえ、深谷さんも知っているでしょう? この町で雨が降ることは――」
そのとき、窓をポツッとなにかが叩いた。
「私はさっき見ましてね。今日も明日も明後日も、この近辺だけびっくりするくらいの快晴でしたよ」
ポツポツから、ダダダダッと、窓を叩く音はどんどんと強く激しくなっていく。
「病院の近くに池があるのは知ってますか?」
「姉から聞いたことがあります、危ないから立ち入り禁止だと」
「池の真ん中にある岩に石を投げると龍が怒って雨を降らす。という伝承はご存じですか?」
「いえ、そんな話が……でも、それと今の話になんの関係が――」
「儀式には必ず意味があるんです。雨乞いにも色々な方法があります。主なのは供物を渡して降らせてもらう方法ですが、ごみや腐ったものを投げて神を怒らせる方法もあります。私が聞いた伝承はこっちですね」
「それが、どうしたんですか?」
「この町は昔から洪水の多い地域だったそうです。そんな場所でわざわざ雨乞いの伝承があると思いますか? 龍の伝承は雨乞いではなく、災害の伝承だったのではないでしょうか。そして災害を鎮めるには、必ず必要になるものがあります」
「……もったいぶらないでください。私はあなたの生徒じゃないんですよ」
「失礼、仕事柄つい。簡潔に言うと、生贄です。人柱や、人身御供ともいいますね」
ゴロゴロと雷が鳴り、ピカッと外が光った。
「そんな、現代ですよ?」
「えぇ、普通なら饅頭や人形を使います。ですが、これまで起きたことを合わせると可能性は捨てきれません。なので、試してみることにしました」
「試すって、もしかして――」
「はい。待ってる間暇だったので石、投げて来ました」
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