05
若干の眠気と共に目を覚ました。すぐに支度を済ませて家を出た。空は快晴。雲ひとつない青空だ。
土手を歩いて病院へ向かう。川が反乱してる様子はない。やはり迷信だったか。
一応今から向かうと連絡をしておこう。携帯を取り出し海に電話を掛ける。
出ない……。急いで出たから海の電話は家だ。それに気付いて、私は病院に電話をかけ直したが誰も出ない。
仕方なく携帯を仕舞うと、正面から女性が歩いて来た。梓さんだ。今日は着物ではなく茶色のコートを羽織っている。
「こんにちは、昨日は大丈夫でしたか?」
「っは、はい。お陰様で……」
私を見るなり、引き攣る表情。傍目から見てもわかるくらい顔色が悪い。
「今日は着物じゃないんですね」
「え、えぇ、もう晴れてますし」
「そういえば、あそこの病院にお勤めなんですね? 一昨日から私の妻がお世話になってるんですが、電話に出なくて……今から迎えに行っても大丈夫ですかね?」
昨日図書館で調べた資料に彼女の名前と顔写真が載っていた。なんとあの病院で最年少の医者だ。
「えっと、すみません。急いでいるので」
私の話を聞くと、顔をさっと青ざめて俯き、早歩きで行ってしまった。
なにか、気に障ることでもしてしまったのだろうか。あぁ、休日にまでわざわざ職場の話など聞きたくもないといったところか。
私が一人納得していると、正面から子どもが走ってきた。
小学校中学年くらいだろうか。この時期に半袖短パンと、なんとも小学生らしい格好の少年は、私に気が付くとピタッと足を止めた。
「キョウジュ! 出たよ!」
「出た?」
まさか河童が?
私の跳ねる心臓とは裏腹に、少年は笑顔でいった。
「ツチノコ! ツチノコ出た!」
「ツチノコ?」
ふっと肩から力が抜ける。ツチノコか――。
ツチノコは普通の蛇より胴が短く太いのが特徴だ。後は、瞼があるとか足が生えてるとか……。
色々と諸説はあるが、他の種の蛇との見間違いだったりが常だ。少年のいうツチノコも、アオダイショウあたりが昨日の雨に驚いて活発化したのだろう。
ツチノコは幸運の象徴でもある。ゲン担ぎには丁度良い。
毒蛇の可能性もあるし、子どもだけでは心配だ。一応見に行くとしよう。
「どこに出たんだい?」
「こっち!」
少年は私の手を取って走り出した。全力で走る少年に連れていかれた先には他にも小学生らしき少年が二人いた。兄弟だろうか、背格好は違えどその雰囲気はどことなく似ていた。
「見てこれ! ツチノコだよね?」
川の端に集まる少年たちの間に入る。川の流れに抗って岸に流れ着いていたのは、泥に汚れたずんぐりむっくりとしたなにか。
大きさと形は確かにツチノコのように見える。しかし、それは明らかにツチノコではないし蛇でもないようにみえる。ゴミが流れついたか?
私は流れ着いたそれを持ち上げる。優しく、両手で包み上げるように持ち上げた。
ふにゃりとした感触。凍えるほど冷たい水がぼたぼたと落ちる。
「三人とも。離れてなさい」
自身の想像より冷たく、震えた声。そんな私の声に驚いてか、少年たちは何も発さずに離れた。
布が何かを包んでいる。泥で茶色く汚れた布。その中にあるのは。
私は。その布を剥いで川で優しく洗う。
水が茶色く濁り土の取れた布には、アジサイの花が刺繍されていた。布をポケットに仕舞うと、泥に塗れていたそれを抱え、何も語らずその場を後にした。
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