02
道中拾っておいた石をポケットから取り出す。
河童には色々と諸説あるが、子供の水死体という説が有名だろう。石を投げると河童が現れる。それは、子供があの岩に石を投げれる距離まで池に近づくと、池に落ちて溺れてしまうという、この池の危険性を伝える伝承なのではないだろうか。
例えば神隠し。全国に伝わる人が消える伝承だが、その正体は山での迷子や滑落だったり、家出した子どもであることがほとんどだ。
例えば鬼火。こちらも全国に伝わるものだ。その中でも場所や条件の固定された不知火だったりセントエルモの火は、屈折や雷雨による放電が原因だ。
こういう伝説は危険を知らせるものであることが多い。石を投げるという行為自体は重要ではなく、それによって何が起こるか。誰が起こすのか。それが重要なのだ。
石を振りかぶって池に投げる。池の中央に浮かぶ岩は思っていたよりも遠い。大人の私がしっかりと振りかぶってやっと当たる距離だ。子供や女性ではススキに入って、池のぎりぎりから投げないと届かないだろう。
コンッと音が鳴り、石は池にぽちゃんと落ちた。しばらく、耳を澄ましてみるが、池に生き物の気配はしない。
結局、川に現れたという河童も、川に流れた子供の遺体の見間違いだったのだろう。……この閉鎖された円形の池からどう流れたのかは疑問だが、それはまた追々調べればいい。
私は納得と若干の落胆を胸に来た道を引き返した。これ以上は夜になってしまう。晩御飯に遅れると河童などよりよっぽど怖い女性を怒らせてしまう。
「ただいま」
玄関でつなぎを脱ぐと、ぱたぱたとスリッパの音が近付く。
「おかえり! 今日はカレーだよ」
海が私の背中をポンっと押し、いたずらっぽい笑顔で私を出迎える。白と黒の縞模様の服に、茶色い髪は散切りのショートカットだ。腹部は不自然なまでにぽっこりと膨れ上がっている。
「カレーか。体は大丈夫かい?」
「うん。予定日は過ぎてるけど、今のところはね」
膨らんだお腹をなでる。彼女が妊娠して今日でちょうど十ヶ月だ。いつ破水してもおかしくない。
私は海が倒れないよう、支えながらリビングに向かった。
カレーの臭いが鼻孔をくすぐる。炊きあがって湯気を出す米を大皿によそい鍋からルーを掬う。二人分のカレーライスを持って机に向かい合わせで置いた。
「いただきます」
「私も、いただきます!」
向かい合って座りカレーを口に運ぶ。ほどよい辛さに、野菜の甘みが口いっぱいに広がる。これこそ我が家の味だ。
「今日はどうだった?」
「あぁ、河童の出る池に行ったけど、池が危なそうなだけで、本物の河童には会えなかったよ」
「そっか~ここら辺、いろいろ噂あるし、案外すぐ会えるかと思ったんだけどなー」
海とは大学時代にオカルト研究サークルで出会った。元々妖怪に興味があったもの同士、サークルの飲み会で意気投合し、私が大学卒業するのを機に付き合いはじめた。この家も結婚を機に購入したものだ。
「明日はどうするの?」
「うーん。特に予定もないけど……」
「ならさ! 私も行ってみたいな、その池!」
目をキラキラと輝かせて云った。そんな目で見るのはやめてほしい。自身が妊娠中なのを忘れてるのだろうか。
「かなり急な坂だったし、危ないぞ?」
「むぅ。じゃあさ、赤ちゃん産まれたら――」
そこで、彼女の言葉が止まった。
椅子から勢いよく立ち上がった途端。腹部を抑えてその場にうずくまる彼女。私は慌てて彼女の側に寄った。
「どうした? 大丈夫か?」
「やばい、産まれそ」
顔を青くした彼女が、苦しそうにへへと声を出して笑う。私は慌てて掛かりつけの病院に電話した。
「すぐ救急車来るからな」
震える手で携帯を机に置き、玄関まで肩を貸して歩く。毛布で身体を包んで救急車を待つ。我が家には車もなく病院は今日行った池のさらに山奥。歩いていくのは不可能だ。
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