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「ちょっと、なによこれ!」
浅見が足元を見て叫ぶ。彼女の右足には泥が纏わりついており、彼女がいくらそれを振り払おうともがいても剥がれることはない。
浅見がこちらに逃げようとしたとき、池からまたも泥の塊、いや、泥を被ったナニカが出てきた。
そうか、泥が纏わりついているんじゃない。あれは手だ。泥に塗れたナニカが、浅見を掴んでいるんだ。
泥の中から、ギラリと目が光る。
「た、助けっ」
浅見は這いつくばって、必死に池から離れようとするが、どんどん池に引き込まれていく。
池から現れ人を引き摺り込もうとするそれは、まるで都市伝説の河童だ。
トプン。トプン。と何体もの泥を被った河童が現れ、浅見を掴んで引き摺り込む。
「ちょっと! 助けなさい! はやく!」
もう足は池に浸かっている。メイクも崩れ、泥だらけの般若のような形相の浅見から私は目を逸らす。
「嫌っ! 死にたくない!」
その言葉を最後に、浅見は完全に池に呑み込まれた。
一瞬の静寂の後、思い出した様にザーっと雨が降り出した。
気付けば池から顔を覗かせていた河童たちは、一匹を除いて全て消えていた。
残った一つの頭も、私を少しの時間じっと見つめると、池の中に静かに沈んだ。
「なんだったの?」
浅見が引き摺り込まれてからどれくらいの時間が過ぎただろうか。身体は雨で冷えきり、服の中まで水が浸透してやっと私は口を開いた。
「さぁ、僕たちを助けてくれたんじゃないですかね?」
「そんな、都合の良いことある?」
「都合良くても結構。僕たちは助かったんだからさ。それに、あんな超常現象、考えても仕方ないよ」
私の復讐は、またも呆気なく終わってしまった。
山を下ると、あんなに降っていた雨が電源を落としたみたいにすぅっと止んだ。
久しぶりに地面を照らす太陽、見上げるとその横には綺麗な虹が掛かっていた。




