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「実は旦那さんのご遺体のほうから指輪が見つかりまして、シルバーリングの内側にイニシャルが彫られたものです」
「そりゃあ、結婚してるんだもの、旦那が指輪持ってるのは普通でしょう? なに? そんなのが証拠なんて言うんですか?」
堰を切ったようにまくし立てる供儀に、小岩は淡々と返す。
「その指輪が深谷さんの遺体からも発見されました」
「な……どうして」
「両手で包み込むように大事に持っていましたよ。もちろん、イニシャルも斎士さんの指輪と同じでした」
「そ、そんなの、その男が盗んだのよ! 私は被害者だわ!」
明らかに狼狽した供儀は傘を落としてまくしたてる。紫の綺麗な色が泥で汚れてしまう。
「そんなものがなんの証拠になるのよ! 私が犯人? でたらめもいい加減にしてよね!」
「証拠としては不十分かもしれませんが、あなたを重要参考人として連行するには十分です」
小岩の声に感情は一切ない。市役所で書類を提出するときの会話のように無機質な言葉が流れ出す。
「そしたらきっと色々と見つかるでしょうね。例えば……深谷さんの背中に付着していた指紋とか」
それを聞くと、先ほどまであれだけ喚いていた供儀の口がぴたりと止まった。
「か、観念したの?」
「観念? なんで私が?」
浅見はくすくすと笑い、だんだんと口を開いて大きな声で笑い始めた。
「確かに私があの男を落としたわ」
「……どうしてそんなこと!」
「彼には感謝してるわ。あの女狐を殺してくれたんだもの」
これがさっきまでと同じ人間なのか?
穏やかな表情は消え去り、憎悪で醜悪に歪んだ女がそこには立っていた。
浅見は自分の計画をべらべらと話す。まるで仕事の成果を友人に自慢するような自然な態度で。
「最初はあの教授とか言われてる男を川に呼んだの。それで池に誘導した。そしたら翌日には雨が降ってたわね。あの女狐が生贄にされる名は分かっていたから、あの日は最高だったわ」
身体をくねらせ恍惚とした表情で笑う。
「別人が生贄にされたのは予想外だったけれども、でも流石教授と言われるだけあるわね。勝手に動いて勝手に殺してくれて。そこから先はあの女狐の死体を池に投げてあの男を池に突き落とすだけ。病院の経営なんかよりよっぽど簡単な仕事だったわ」
爪のネイルをつまらなさそうに見て話を終えた。
私はなにも言い返せない。浅見の話には、たったの一瞬だって殺人に対する葛藤や後悔はなかった。
狂っている。
こんな人間が実在することに、私は言いようのない恐怖を覚えていた。
「随分と素直にしゃべるな」
「えぇ。だってどうせあなたたちに私を逮捕するのは不可能だもの」
「なにそれ、今更強がり?」
「本当よ。隣の彼に聞いてみなさい」
「そんなわけないよね?」
小岩は私からさっと目線を逸らして答えない。
「……え? どうして!? 自供までしたんだよ!」
「……実は最初から犯人の目星はついていたんです。でも無理だった。上からの圧力で、事件はもうなかったことにされてるんです」
「――そんな」
「わかった? そういうことだから、分かったら帰って二人で慰めあってなさい」
「……だったら私が!」
怒りのまま浅見に殴りかかろうとするも小岩に腕をつかまれる。
「離して! 落としてやる! このクソ女!」
「やめてください! 皐月さんまでそちら側に行かないでください!」
「あっはははは! ほんっと、その顔、滑稽でたまらないわ。それじゃ。私はもう帰るから――」
――トプン。
轟々と振る雨の中、その音はあまりにも綺麗に聞こえた。雨音にかき消されるような微かな音のはずなのに。
その瞬間だけ雨が止んだと錯覚するほどに、その音は私たちの耳に溶けるように響いた。




