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泥に塗れたそれは  作者: 天空 浮世
泥に塗れたナニカ

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「ねぇ、ちょっと待って」

 傘を差して山道を進むと、小岩(こいわ)が池に続く道の前で止まった。

「どうしたの?」

「これ見て」

 足元を指差す。傘を持って覗くも、朝と変わらずぐちゃぐちゃになった地面しかない。

「なに? なにもないけど」

「この足跡、今朝はなかったはず。しかも行きしかない」

「え〜?」

 小岩が指差す場所をじっと見ても、やはり分からない。適当話してるようにしか私には思えなかったが、その表情は至って真剣だ。

「私には分からないけど、この先に誰か居るってこと?」

「多分……」

 私たちは顔を見合わせて池に歩き始めた。

 土砂降りの雨の中、グチュグチュと鳴る地面を歩く。会話はなく、緊張で背中がピリピリと痺れる。


 誰かが居る。池を懐中電灯で照らすと、高級そうな紫の傘を差した人が池を眺めていた。

「どちら様? ここは立ち入り禁止ですよ」

 私たちの気配に気付いて振り返る。垂れ目で穏やかそうな見た目で、横から吹きつける豪雨の中だが、その声はまるで耳元で囁かれているかのように透き通り、その反面、心臓に釘を刺されているような不気味さがあった。


「こんばんは、供犠浅見(くぎあざみ)さん。旦那さんと深谷竜次(ふかやりゅうじ)さんのことでお話があるのですが、よろしいですか?」

「えぇ、私にお答え出来ることがあればですが」

「ここの池の話を深谷さんにしましたか?」

「……さぁ? この池になにかあるんですか?」

 小首を傾げて手を口元に持っていく、あくまで知らぬ存ぜぬを通すらしい。

「しらばっくれないでよ!」

「しらばっくれるもなにも……」

 目尻をしゅんと下げて困り顔で私を見る浅見。私の直感はそれが演技臭くて仕方がないと、怒りの警鐘を鳴らしていた。

「では、昨日の朝方はどこにいらっしゃいましたか?」

「昨日の朝は病院で旦那の私物を貰いに来てましたよ。看護師にでも確認すれば分かるかと」

「そうですか……」

「はい。ですので、川で亡くなった彼らになにかするのは不可能です」

 

 いや、むしろ逆だ。供犠斎士(さいし)は確かにこの池に落ちた。なら、深谷さんもこの池に落ちてあそこまで流れたはずだ。

「ふざけないで! あなたが深谷さんを殺したんでしょ!」

「ふざけてるのはそちらでしょう。私がいつ、どうやって殺したというのですか」

「この池に落とされたら、あの川に流れて行くの! あなたが深谷さんを!」

「そんなこと知ってる貴女の方が怪しいんじゃなくて?」

「っ!」

 言われて黙ってしまう。供儀が落とされた現場にいたのは事実。とっさに言い返すことができなかった。

「警察さん、私よりそこの彼女の方を逮捕したほうがよろしいんじゃなくて?」

 私が押し黙ったのをいいことに、供犠浅見はくすくすと左手を口に当てて笑う。

「供犠さん。指輪はどうされたんですか?」

 供犠浅見の笑いが止まる。口に添えられた左手には、確かに指輪はついていない。

 「最近無くしただけですけど、それが何か?」

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