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地面に敷かれたススキを踏みしめて、ライトの光に反射するそれを取りに行った。
「……! これって」
池に落ちないよう慎重にそれを拾い、泥を手で払う。鍵だ。家内安全のお守りが付いた鍵。大きさ的に家の鍵だろう。
「鍵……そういえば、深谷さんの持ち物に、家の鍵が無かったはず」
「じゃあ、これ……」
「試す価値は十分です」
ドクンと心臓が跳ねる。空から降って湧いた証拠に、私たちは顔を見合わせ頷くと、すぐに池を後にして深谷さんの家に向かった。
「一応、住所をメモしておいて良かった」
白い二階建ての住居、表札には『深谷』と書かれている。
「じゃあ、挿すよ?」
鍵穴はじゃりっと若干の泥による抵抗をしつつも鍵を受け入れると、ガチャリと扉が開いた。
「おじゃまします」
誰にでもなく声をかける。玄関で靴を脱ぎ廊下を進むと、異臭が鼻を突く。
「なに? この臭い」
嗅いだことのない異臭。思わず顔をしかめて服で鼻を覆う。
「この臭い……皐月さん。俺が先に行くよ」
小岩がすっと私を横に押しのけて前に出る。リビングの扉を開けると臭いが一気に強くなった。
「ちょっと、どうしたの? 進んでよ――」
リビングの扉を開けたまま、立ち止まって動かない小岩の肩越しに、部屋に置かれた机の上を見て絶句した。
濡れた布から茶色く粘性のある液体が、ぽたぽたと床に滴り落ちていた。
「ひどい臭い」
生理的に忌諱したくなる、吐き気を催す腐敗臭。買ってきた肉をそのまま放置したのか、ドロドロに溶けたそれに私は顔を顰めた。
「あれは置いておこう……リビングには何もなさそうだし、他の部屋を見ていこう」
腐敗臭の染み付いたリビングを通り抜けて別室に入ると、四方を覆う本棚が目に入った。
本棚に挟まれるように置かれたデスクの上には、起動したままのノートパソコンが置かれていた。
私は本の匂いを肺いっぱいに吸い込む。少し日に焼けた本の匂いが、先ほどの悪臭を掻き消してくれる。
「これは運が良いな。なにか残ってるかも」
パソコンの中のファイルを手当たり次第に開いていくが、『ヒトダマ』や『オニ』といった関係のない伝承について調べた資料や、深谷さんと奥さんらしき綺麗な女性の写った写真しか見つからない。
「パソコンはなさそうです……ね」
「待って、このファイル」
私はパソコンから顔を上げた小岩の襟を掴む。カーソルを合わせたファイルの名前は『リュウ』
ファイルを開くと、中には無題のメモが一つだけ置かれていた。
メモにはレポート調で池について書かれていたが、途中から記号やアルファベットが乱雑に並び始めて、明らかに言葉としての体裁を保っていなかった。
そこまでの内容から推測するに、彼が初めて図書館に来た日の翌日。奥さんが亡くなった日からおかしくなっていた。
「これは……こんな精神状態だった人と一緒にいて大丈夫だったんですか?」




